不当利得返還請求事件 最高裁判所第一小法廷平成27年(受)第1394号 平成28年12月19日判決

       主   文

1 原判決中上告人敗訴部分を破棄する。
2 前項の部分に関する第1審判決中上告人敗訴部分を取り消す。
3 前項の取消部分に関する被上告人の請求を棄却する。
4 第1項の部分に関する被上告人の控訴を棄却する。
5 訴訟の総費用は被上告人の負担とする。

       理   由

 上告代理人武田彩香,同松井秀樹の上告受理申立て理由第2について
1 本件は,主債務者から信用保証の委託を受けて上告人と保証契約を締結し,主債務者の借入金債務を上告人に代位弁済した被上告人が,主債務者は一定の業種に属する事業を行う中小企業者の実体を有する者でなく,被上告人は,このような場合には保証契約を締結しないにもかかわらず,そのことを知らずに同契約を締結したものであるから,同契約は要素の錯誤により無効であると主張して,上告人に対し,不当利得返還請求権に基づき,代位弁済金4925万9245円の返還及び遅延損害金の支払を求める事案である。
2 原審の適法に確定した事実関係等の概要は,次のとおりである。
(1)上告人と被上告人は,昭和38年9月,約定書と題する書面により信用保証に関する基本契約(以下「本件基本契約」という。)を締結した。本件基本契約には,上告人が「保証契約に違反したとき」は,被上告人は上告人に対する保証債務の全部又は一部の責めを免れるものとする旨が定められていたが(以下,この定めを「本件免責条項」という。),保証契約締結後に主債務者が中小企業者の実体を有しないことが判明した場合等の取扱いについての定めは置かれていなかった。
(2)上告人は,牛乳等の小売業(以下「本件事業」という。)を営んでいた有限会社A(以下「本件会社」という。)から,平成16年から平成17年にかけて,4回にわたり融資の申込みを受け,いずれも被上告人にそれらの信用保証を依頼し,本件会社から保証委託を受けた被上告人との間でそれぞれ保証契約を締結して,本件会社に合計6930万円を貸し付けた。
(3)上告人は,平成20年8月,本件会社から融資の依頼を受け,審査した結果,上記(2)の借入金の借換え及び追加融資として5000万円の貸付け(以下「本件貸付け」という。)を適当と認め,同年12月11日頃,被上告人に対し,本件貸付けについて信用保証を依頼した。これを受けて,本件会社と被上告人は,保証委託契約を締結した。上記信用保証については,セーフティネット保証制度(以下「本件制度」という。)が利用されることとなった。
 本件制度は,全国的に業況の悪化している一定の業種に属する事業を行う中小企業者に対し,通常の信用保証とは別枠で信用保証を行う制度であり,上記の中小企業者に該当することについては,市町村長等の認定を受けるものとされている。本件会社は,平成20年12月16日,a市長から本件事業を行う者として上記認定を受けた。
(4)本件会社は,平成20年12月26日,Bに対し,本件事業を譲渡した。しかし,上告人及び被上告人は,そのことを,後記(5)の保証契約の締結及び後記(6)の本件貸付けの時点で知らなかった。
(5)被上告人は,平成20年12月29日,上告人との間で,本件制度を利用して,本件貸付けに基づく本件会社の債務を連帯して保証する旨の契約(以下「本件保証契約」という。)を締結した。本件保証契約においても,契約締結後に主債務者が中小企業者の実体を有しないことが判明した場合等の取扱いについての定めは置かれていなかった。
(6)上告人は,平成21年1月9日,本件会社に対し,本件貸付けを行った。
(7)本件会社は,平成21年6月,上告人を含む債権者に対し,破産手続開始の申立ての準備を始めた旨を通知し,その翌月以降,上告人に対する約定に従った弁済をしなかった。
(8)被上告人は,平成22年3月,上告人の請求により,本件保証契約に基づく保証債務の履行として,上告人に対し,4925万9245円を代位弁済した。
3 原審は,上記事実関係の下において,次のとおり判断して,被上告人の請求を,遅延損害金請求の一部を除いて認容した。
 本件会社が本件事業を行う中小企業者であることは,被上告人が本件制度を利用した保証契約を締結するための重要な要素であるところ,本件保証契約の締結及び本件貸付けの時点では,本件会社は事業譲渡によって本件事業を行う中小企業者としての実体を失っていたにもかかわらず,被上告人は,本件会社が本件事業を行う中小企業者であると誤信して本件保証契約を締結したと認められるから,被上告人の本件保証契約の意思表示には要素の錯誤がある。
4 しかしながら,原審の上記判断は是認することができない。その理由は,次のとおりである。
(1)信用保証協会は,中小企業者等に対する金融の円滑化を図ることを目的とし(信用保証協会法1条),中小企業者等が金融機関に対して負担する債務の保証等を業務としている(同法20条1項)。したがって,信用保証協会が保証契約を締結し,金融機関が融資を実行した後に,主債務者が信用保証の対象となるべき中小企業者でないことが判明した場合には,信用保証協会の意思表示に動機の錯誤があるということができる。意思表示における動機の錯誤が法律行為の要素に錯誤があるものとしてその無効を来すためには,その動機が相手方に表示されて法律行為の内容となり,もし錯誤がなかったならば表意者がその意思表示をしなかったであろうと認められる場合であることを要する。そして,動機は,たとえそれが表示されても,当事者の意思解釈上,それが法律行為の内容とされたものと認められない限り,表意者の意思表示に要素の錯誤はないと解するのが相当である(最高裁平成26年(受)第1351号同28年1月12日第三小法廷判決・民集70巻1号1頁等参照)。
(2)本件についてこれをみると、本件保証契約の締結前に,本件会社が事業譲渡によって本件制度の対象となる中小企業者の実体を有しないこととなっていたことが判明していた場合には,これが締結されることはなかったと考えられる。しかし,金融機関が相当と認められる調査をしても,主債務者が中小企業者の実体を有しないことが事後的に判明する場合が生じ得ることは避けられないところ,このような場合に信用保証契約を一律に無効とすれば,金融機関は,中小企業者への融資を躊躇し,信用力が必ずしも十分でない中小企業者等の信用力を補完してその金融の円滑化を図るという信用保証協会の目的に反する事態を生じかねない。そして,上告人は融資を,被上告人は信用保証を行うことをそれぞれ業とする法人であるから,主債務者が中小企業者の実体を有しないことが事後的に判明する場合が生じ得ることを想定でき,その場合に被上告人が保証債務を履行しないこととするのであれば,その旨をあらかじめ定めるなどの対応を採ることも可能であったにもかかわらず,本件基本契約及び本件保証契約等にその場合の取扱いについての定めは置かれていない。これらのことからすれば,主債務者が中小企業者の実体を有するということについては,この点に誤認があったことが事後的に判明した場合に本件保証契約の効力を否定することまでを上告人及び被上告人の双方が前提としていたとはいえないというべきである。このことは,主債務者が本件制度の対象となる事業を行う者でないことが事後的に判明した場合においても異ならない。 
 もっとも,金融機関は,信用保証に関する基本契約に基づき,個々の保証契約を締結して融資を実行するのに先立ち,主債務者が中小企業者の実体を有する者であることについて,相当と認められる調査をすべき義務を負うというべきであり,上告人がこのような義務に違反し,その結果,中小企業者の実体を有しない者を主債務者とする融資について保証契約が締結された場合には,被上告人は,そのことを主張立証し,本件免責条項にいう金融機関が「保証契約に違反したとき」に当たるとして,保証債務の全部又は一部の責めを免れることができると解するのが相当である(前掲最高裁平成28年1月12日第三小法廷判決参照)。
 以上によれば,本件会社が中小企業者の実体を有することという被上告人の動機は,それが表示されていたとしても,当事者の意思解釈上,本件保証契約の内容となっていたとは認められず,被上告人の本件保証契約の意思表示に要素の錯誤はないというべきである。
5 以上と異なる原審の判断には,判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。論旨は理由があり,原判決中上告人敗訴部分は破棄を免れない。そして,以上説示したところによれば,被上告人の請求は理由がないから,上記破棄部分に関する第1審判決中上告人敗訴部分を取消した上,上記取消部分に関する被上告人の請求を棄却し,かつ,上記破棄部分に関する被上告人の控訴を棄却すべきである。
 よって,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 大谷直人 裁判官 櫻井龍子 裁判官 池上政幸 裁判官 小池裕 裁判官 木澤克之)