供託金払渡認可義務付等請求事件 最高裁判所第一小法廷平成27年(行ヒ)第374号 平成28年3月31日判決

       主   文

1 原判決を破棄し,第1審判決を取り消す。
2(1)上告人が平成25年9月20日付けでした第1審判決別紙2供託目録記載の供託金の取戻請求に対し,東京法務局供託官が同年10月1日付けでした却下決定を取り消す。
(2)東京法務局供託官は,上告人が平成25年9月20日付けでした第1審判決別紙2供託目録記載の供託金の取戻請求につき,払渡認可決定をせよ。
3 訴訟の総費用は被上告人の負担とする。

       理   由

 上告代理人水野泰孝,同尾谷恒治,同加藤由利子の上告受理申立て理由について
1 本件は,平成10年3月31日をもって宅地建物取引業(以下「宅建業」といい,宅建業を営む者を「宅建業者」という。)の免許の有効期間が満了した上告人が,宅地建物取引業法(以下「宅建業法」という。)25条1項に基づき供託した営業保証金(以下「本件保証金」という。)につき,同25年9月20日,同法30条1項に基づき取戻請求をしたところ,東京法務局供託官から,本件保証金の取戻請求権(以下「本件取戻請求権」という。)の消滅時効が完成しているとして,上記取戻請求を却下する旨の決定(以下「本件却下決定」という。)を受けたため,被上告人を相手に,本件却下決定の取消し及び上記取戻請求に対する払渡認可決定の義務付けを求める事案である。
2 原審の適法に確定した事実関係等の概要は,次のとおりである。
(1)宅建業法27条1項は,宅建業者と宅建業に関し取引をした者は,その取引により生じた債権に関し,宅建業者が供託した営業保証金について,その債権の弁済を受ける権利(以下「還付請求権」という。)を有する旨規定する。
 宅建業法30条1項前段は,宅建業の免許の有効期間(同法3条2項)の満了など所定の事由があるときは,宅建業者であった者又はその承継人(以下「宅建業者であった者等」という。)は,当該宅建業者であった者が供託した営業保証金を取り戻すことができる旨規定する。
 宅建業法30条2項本文は,同条1項の営業保証金の取戻しは,当該営業保証金につき還付請求権を有する者に対し,6か月を下らない一定期間内に申し出るべき旨を公告し(以下,この公告を「取戻公告」という。),その期間(以下「公告期間」という。)内にその申出がなかった場合でなければ,これをすることができない旨規定し,同条2項ただし書は,営業保証金を取り戻すことができる事由(以下「取戻事由」という。)が発生した時から10年を経過したときは,この限りでない旨規定する。
(2)ア 上告人は,平成元年3月31日付けで,東京都知事から,宅建業法3条1項に基づき宅建業の免許を受け,同年6月13日付けで,東京法務局において,第1審判決別紙2供託目録記載のとおり,同法25条1項に基づき1000万円の営業保証金(本件保証金)を供託した。
イ 上告人の宅建業の免許の有効期間は,平成10年3月31日をもって満了した。その後,上告人は本件保証金につき取戻公告をせず,また,本件保証金に対して還付請求権が行使されることもなかった。
ウ 上告人は,平成25年9月20日,東京法務局供託官に対し,本件保証金につき,供託原因消滅を理由として取戻請求を行った。
 これに対し,同供託官は,同年10月1日付けで,上告人に対し,本件取戻請求権の消滅時効が完成していることを理由に,本件却下決定をした。
3 原審は,上記事実関係等の下において,要旨次のとおり判断し,上告人の本件却下決定の取消請求を棄却し,本件保証金の払渡認可決定の義務付けの訴えを却下すべきものとした。
 宅建業者であった者等は,取戻公告をし,その公告期間が経過したことに加え,公告期間内の申出に係る還付請求権が不存在であるか又は消滅したことにより,営業保証金の取戻請求権を法律上行使することができる。そして,取戻事由が発生した時点では,宅建業者としての取引は行われており,還付請求権の存否は既に法律上確定しているものというべきであるから,上記申出に係る還付請求権が存在しない場合には,取戻事由が発生し,最短の公告期間である6か月が満了した時点で,営業保証金の取戻請求権の行使は法律上可能になると解されるのであり,その時から同請求権の消滅時効は進行するものと解される。なお,宅建業法30条2項は,宅建業者であった者等に取戻公告をすることを義務付けるものではないが,このことは上記判断を左右するものではない。
 したがって,本件取戻請求権の消滅時効の起算点は,本件保証金の取戻事由が発生した平成10年4月1日から6か月が経過した時であり,上告人が本件保証金の取戻請求をした時点では,上記起算点から既に10年が経過しているから,本件取戻請求権の消滅時効が完成している。
4 しかしながら,原審の上記判断は是認することができない。その理由は,次のとおりである。
(1)宅建業法に基づく営業保証金の供託は,民法上の寄託契約の性質を有するものであることから,その取戻請求権の消滅時効は,同法166条1項により「権利を行使することができる時」から進行し,同法167条1項により10年をもって完成するものと解される(最高裁昭和40年(行ツ)第100号同45年7月15日大法廷判決・民集24巻7号771頁参照)。そして,宅建業法30条1項前段所定の取戻事由が発生した場合において取戻公告がされなかったときは,宅建業者であった者等は,同条2項の定めによれば,取戻事由が発生した時から10年を経過するまでの間,上記取戻請求権を行使することはできないこととなるのであるから,上記の間,上記取戻請求権の行使について法律上の障害があることは明らかである。
(2)原審は,本件取戻請求権の消滅時効の起算点について前記3のとおり判断するところ,この判断は,宅建業者であった者等は取戻事由が発生すれば直ちに公告期間を最短の6か月と定めて取戻公告をすることができるから,取戻事由の発生時から6か月を経過すれば,取戻公告をしていないからといって,そのような法律上の障害を理由として営業保証金の取戻請求権に係る消滅時効の進行が妨げられるものではないとの解釈を前提としているものと解される。
 しかし、宅建業法の定める営業保証金の制度は,営業上の取引による債務の支払を担保するための営業保証金を供託させることによって,その取引の相手方を保護すること等を目的とするものである(最高裁昭和36年(オ)第496号同37年10月24日大法廷判決・民集16巻10号2143頁参照)。そして,同法30条2項は,営業保証金の取戻請求ができる場合として,同項本文所定の場合と共に,同項ただし書所定の場合を定めている。同項本文は,宅建業者であった者等が早期に営業保証金を取り戻す利益とその取引の相手方の保護の必要性との調整を図るため,宅建業者であった者等が取戻事由の発生時から10年の経過を待たずして営業保証金の取戻請求をする場合に,6か月以上の公告期間を定めて取戻公告をするよう要求し,さらに,同公告期間内に還付請求権者からの申出がないか,又は,同公告期間内に申出があったが,その申出に係る権利につきその不存在若しくは消滅を書面により証明するか(同条3項の委任に基づく宅地建物取引業者営業保証金規則10条1号,2号参照),いずれかの要件を充足することを求めることにより,取引の相手方に対して還付請求権を行使する機会を確保することを目的とするものと解される。他方,同項ただし書所定の場合に取戻公告をしないで取戻請求ができることとされているのは,取戻事由の発生時から10年を経過した後は,その還付請求権を行使する機会を特に確保するまでの必要性がないことによるものと解される。 
 以上のような営業保証金及び取戻公告の制度趣旨等に照らすと,宅建業法30条2項の規定は,取戻請求をするに当たり,同項本文所定の取戻公告をすることを義務的なもの又は原則的なものとする趣旨ではなく,取戻公告をして取戻請求をするか,取戻公告をすることなく同項ただし書所定の期間の経過後に取戻請求をするかの選択を,宅建業者であった者等の自由な判断に委ねる趣旨であると解するのが相当である。
 そうすると,取戻公告をすることなく取戻請求をする場合に,宅建業者であった者等は取戻事由が発生すれば直ちに公告期間を最短の6か月と定めて取戻公告をすることができることを理由として,取戻事由の発生時から6か月を経過した時から取戻請求権の消滅時効が進行すると解することは,上記の選択を宅建業者であった者等の自由な判断に委ねた宅建業法30条2項の趣旨に反するといわざるを得ない(最高裁平成17年(受)第844号同19年4月24日第三小法廷判決・民集61巻3号1073頁,最高裁平成20年(受)第468号同21年1月22日第一小法廷判決・民集63巻1号247頁等参照)。このことは,原審が前提とする上記のような解釈によれば,宅建業者であった者等が取戻公告をすることなく取戻請求をすることとした場合,取戻請求権を行使し得る期間は同項ただし書所定の期間経過後の僅か6か月間に限定され,その取戻請求権の行使につき重大な制約が課され得ることになることからも明らかである。
(3)以上によれば,宅建業法30条1項前段所定の取戻事由が発生した場合において,取戻公告がされなかったときは,営業保証金の取戻請求権の消滅時効は,当該取戻事由が発生した時から10年を経過した時から進行するものと解するのが相当である。
(4)これを本件についてみるに,前記事実関係等によれば,上告人につき宅建業の免許の有効期間が満了し本件保証金の取戻事由が発生したのは平成10年4月1日であるところ,その後上告人は取戻公告をしていないため,本件取戻請求権の消滅時効は同日から10年を経過した時から進行し,本件保証金の取戻請求がされたのはその約5年6か月後である同25年9月20日であるから,本件取戻請求権の消滅時効が完成していないことは明らかである。
5 以上と異なる見解の下に,本件却下決定の取消請求を棄却すべきものとし,本件保証金の払渡認可決定の義務付けの訴えを却下すべきものとした原審の判断には,判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。論旨は以上と同旨をいうものとして理由があり,原判決は破棄を免れない。そして,以上説示したところによれば,本件却下決定は取り消されるべきものであり,上記義務付けの訴えは適法であって,東京法務局供託官が本件保証金の払渡認可決定をすべきであることも明らかであり,上告人の請求はいずれも理由があるから,上記取消請求を棄却し上記義務付けの訴えを却下した第1審判決を取消した上,その請求をいずれも認容することとする。
 よって,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 大谷直人 裁判官 櫻井龍子 裁判官 山浦善樹 裁判官 池上政幸 裁判官 小池裕)