債券償還等請求事件 最高裁判所第一小法廷平成26年(受)第949号 平成28年6月2日判決

       主   文

原判決を破棄し,第1審判決を取り消す。
本件を東京地方裁判所に差し戻す。

       理   由

 上告代理人江尻隆ほかの上告受理申立て理由(ただし,排除されたものを除く。)について
1 本件は,いずれも銀行である上告人らが,外国国家である被上告人が発行したいわゆるソブリン債である円建て債券を保有する債権者らから訴訟追行権を授与された訴訟担当者であるなどと主張して,被上告人に対し,当該債券の償還及び約定利息等の支払を求める事案である(以下において,「債券」の語を当該債券に表示されるべき権利の意味で用いることがある。)。
2 原審が確定した事実及び記録によって認められる事実関係の概要は,次のとおりである。
(1)被上告人は,平成8年12月から平成12年9月にかけて,4回にわたり,円建て債券を発行した(これらは被上告人にとって第4回目から第7回目までの発行に係るものであり,以下,各発行に係る債券を順次「本件第4回債券」などといい,総称して「本件債券」という。)。
(2)上記(1)の各発行の際,被上告人は、債券の内容等をそれぞれ「債券の要項」(以下,各発行に係るものを総称して「本件要項」という。)で定めた上,本件第4回債券につき上告人ら(いずれも当時は合併等の前の会社であり,以下,合併等の前後を通じて「上告人ら」という。同様に,上告人X1銀行についても,合併等の前後を通じて「上告人X1銀行」という。)との間で,上告人らを債券の管理会社として,また,本件第5回債券から本件第7回債券までにつき上告人X1銀行との間で,同上告人を債券の管理会社として,それぞれ管理委託契約(以下,各発行に係るものを総称して「本件管理委託契約」という。)を締結した。本件管理委託契約には,契約から生ずる権利義務に係る準拠法を日本法とする旨の定めのほか,次のような定めがあった。
ア 被上告人は,本件債券の債権者(以下「本件債権者」という。)のために,本件債券に基づく弁済の受領,債権の保全その他本件債券の管理を行うことを債券の管理会社に委託し,債券の管理会社はその委託を受ける。 
イ 債券の管理会社は,本件債権者のために本件債券に基づく弁済を受け,又は債権の実現を保全するために必要な一切の裁判上又は裁判外の行為をする権限及び義務を有するものとする(以下,この条項を「本件授権条項」という。)。
ウ 債券の管理会社は,本件債権者のために公平かつ誠実に本件要項及び本件管理委託契約に定める債券の管理会社の権限を行使する。
エ 債券の管理会社は,本件債権者のために善良な管理者の注意をもって本件要項及び本件管理委託契約に定める債券の管理会社の権限を行使する。
 なお,本件授権条項は,平成17年法律第87号による改正前の商法(以下「旧商法」という。)309条1項の規定に倣ったものであった。
(3)本件要項は,本件債券の内容のほか,債券の管理会社の権限等についても定めており,本件授権条項の内容をも含むものであった。本件要項は,本件管理委託契約の内容となっていたほか,発行された本件債券の券面裏面にその全文が印刷され,本件債権者に交付される目論見書にも本件授権条項を含めその実質的内容が記載されていた。なお,昭和40年代後半に証券取引審議会の専門委員会によって策定された円建て外債に係る「債券の要項」のモデル試案には,本件授権条項とほぼ同旨の条項が含まれており,本件債券と類似する円建てのソブリン債に係る「債券の要項」の多くもこれに倣ったものであった。
(4)本件債券は,証券会社によって引受けがされ,当該証券会社を通じて販売された。
(5)被上告人は,平成14年3月以降,本件債券につき順次到来した各利息支払日に利息を支払わず,本件第4回債券及び本件第5回債券の各償還日に元金の支払をしなかった。また,上告人X1銀行は,平成15年12月,本件第6回債券及び本件第7回債券について,被上告人が少なくとも本件第5回債券に係る元金の支払を遅滞していることを理由に,債券の管理会社として,期限の利益を喪失させた。
(6)上告人らは,平成21年6月,被上告人に対し,本件債権者のうち,第1審判決別紙1-1から同4-5までに記載の債券又は利札の保有者(以下「本件債券等保有者」という。)のために本件訴訟を提起した。
3 原審は,上記事実関係の下において,要旨次のとおり判断し,上告人らが,本件訴訟について,本件債券等保有者からその意思に基づき訴訟追行権を授与されたいわゆる任意的訴訟担当の要件を満たさず,原告適格を有するとはいえないから,本件訴えは不適法であるとして,これを却下すべきものとした。
 上告人らと被上告人との間の本件管理委託契約は,第三者である本件債券等保有者のためにする契約と解されるところ,本件債券等保有者が,上告人らにおいて償還等請求訴訟を提起することがあり得ると具体的に理解した上で本件債券を購入したと推認することは困難であり,本件債券等保有者による受益の意思表示があったとはいえず,訴訟追行権の授与があったとは認められない。また,本件債券等保有者が個別に訴えを提起することを妨げる事情はないことや,上告人らと本件債券等保有者との間に利益相反関係が生ずるおそれもあることなどからすると,本件において任意的訴訟担当を認める合理的必要性があるとはいえない。
4 しかしながら,原審の上記判断は是認することができない。その理由は,次のとおりである。
 任意的訴訟担当については,本来の権利主体からの訴訟追行権の授与があることを前提として,弁護士代理の原則(民訴法54条1項本文)を回避し,又は訴訟信託の禁止(信託法10条)を潜脱するおそれがなく,かつ,これを認める合理的必要性がある場合には許容することができると解される(最高裁昭和42年(オ)第1032号同45年11月11日大法廷判決・民集24巻12号1854頁参照)。
 前記事実関係によれば,被上告人と上告人らとの間では,上告人らが債券の管理会社として,本件債券等保有者のために本件債券に基づく弁済を受け,又は債権の実現を保全するために必要な一切の裁判上又は裁判外の行為をする権限を有する旨の本件授権条項を含む本件管理委託契約が締結されており,これは第三者である本件債券等保有者のためにする契約であると解される。そして,本件授権条項は,被上告人,上告人ら及び本件債券等保有者の間の契約関係を規律する本件要項の内容を構成し,本件債券等保有者に交付される目論見書等にも記載されていた。さらに,後記のとおり社債に類似した本件債券の性質に鑑みれば,本件授権条項の内容は,本件債券等保有者の合理的意思にもかなうものである。そうすると,本件債券等保有者は,本件債券の購入に伴い,本件債券に係る償還等請求訴訟を提起することも含む本件債券の管理を上告人らに委託することについて受益の意思表示をしたものであって,上告人らに対し本件訴訟について訴訟追行権を授与したものと認めるのが相当である。
 そして,本件債券は,多数の一般公衆に対して発行されるものであるから,発行体が元利金の支払を怠った場合に本件債券等保有者が自ら適切に権利を行使することは合理的に期待できない。本件債券は,外国国家が発行したソブリン債であり,社債に関する法令の規定が適用されないが,上記の点において,本件債券は社債に類似するところ,その発行当時,社債については,一般公衆である社債権者を保護する目的で,社債権者のために社債を管理する社債管理会社の設置が原則として強制されていた(旧商法297条)。そして,社債管理会社は,社債権者のために弁済を受け,又は債権の実現を保全するために必要な一切の裁判上又は裁判外の行為をする権限を有することとされていた(旧商法309条1項)。そこで,上告人ら及び被上告人の合意により,本件債券について社債管理会社に類した債券の管理会社を設置し,本件債券と類似する多くの円建てのソブリン債の場合と同様に,本件要項に旧商法309条1項の規定に倣った本件授権条項を設けるなどして,上告人らに対して本件債券についての実体上の管理権のみならず訴訟追行権をも認める仕組みが構築されたものである。
 以上に加え,上告人らはいずれも銀行であって,銀行法に基づく規制や監督に服すること,上告人らは,本件管理委託契約上,本件債券等保有者に対して公平誠実義務や善管注意義務を負うものとされていることからすると,上告人らと本件債券等保有者との間に抽象的には利益相反関係が生ずる可能性があることを考慮してもなお,上告人らにおいて本件債券等保有者のために訴訟追行権を適切に行使することを期待することができる。
 したがって,上告人らに本件訴訟についての訴訟追行権を認めることは,弁護士代理の原則を回避し,又は訴訟信託の禁止を潜脱するおそれがなく,かつ,これを認める合理的必要性があるというべきである。
 以上によれば,上告人らは,本件訴訟について本件債券等保有者のための任意的訴訟担当の要件を満たし,原告適格を有するものというべきである。
5 以上と異なる見解の下に,本件訴えを却下すべきものとした原審の判断には,判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。論旨は上記の趣旨をいうものとして理由があり,原判決は破棄を免れない。そして,第1審判決を取消し,更に審理を尽くさせるため,本件を第1審に差し戻すべきである。
 よって,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 小池裕 裁判官 櫻井龍子 裁判官 山浦善樹 裁判官 池上政幸 裁判官 大谷直人)