再審請求棄却決定に対する即時抗告の決定に対する特別抗告事件 最高裁判所第一小法廷平成28年(し)第639号 平成29年3月31日決定

       主   文

原決定を取り消す。
本件を札幌高等裁判所に差し戻す。

       理   由

 本件抗告の趣意は,判例違反をいう点を含め,実質は単なる法令違反,事実誤認の主張であって,刑訴法433条の抗告理由に当たらない。
 しかしながら,所論に鑑み,職権をもって調査すると,本件について再審を開始した原決定には,審理不尽の違法があり,取消しを免れない。その理由は,次のとおりである。
1(1)請求人は,「平成24年5月21日午後11時頃,札幌市豊平区内の自宅において,当時の被告人の妻Aに対し,その鼻部付近を手のひらで押し,同人を転倒させて臀部を床に打ち付ける暴行を加え,よって,同人に加療約5日間を要する左臀部挫傷,鼻部打撲の傷害を負わせた」との事実で起訴され,同年9月25日,札幌簡易裁判所において,罰金15万円に処する旨の略式命令を受け,同略式命令は,同年10月16日に確定した(以下,同略式命令を「本件確定裁判」という。)。
(2)請求人は,平成28年5月2日,無罪を言い渡すべき明らかな証拠をあらたに発見したとして,本件確定裁判に対する再審を請求し,新証拠として,Aの陳述書(以下「本件陳述書」という。)等を提出した。本件陳述書の内容は,実際には暴行を受けていないし,けがもしていないが,請求人との離婚を有利に進めるため,医師に頼んで診断書を書いてもらい,虚偽の被害届を出したというものであ
る。
(3)原々審は,検察官,請求人双方の意見を聞いた上,同年9月6日,本件陳述書等の新証拠は,捜査段階におけるAの供述を覆すに足るものではなく,無罪を言い渡すべき明らかな証拠をあらたに発見したときに該当するものとはいえないとして,請求人からの再審請求を棄却する旨の決定(原々決定)をした。
(4)請求人からの即時抗告を受けた原審は,同年10月24日,要旨以下のとおり説示して,原々決定を取り消し,本件について再審を開始する旨の決定(原決定)をした。
 本件陳述書の内容は,全般的に相当に具体的なものであり,それ自体容易に排斥できるようなものではない上,Aが実際に請求人と離婚したことや,第三者の陳述書等によって裏付けられている。Aが請求人に対し虚偽の被害申告によって損害を与えたことについての和解金として100万円を支払う旨の調停を成立させていることも,本件の被害申告が虚偽でなければ説明が付かない行動といえる。請求人がAに対し本件陳述書を作成するよう強要したことをうかがわせるような事情も見当たらない。本件陳述書の信用性は相当に高いものがあると考えられ,このような新証拠を基にすると,Aの従前の供述や請求人の捜査官に対する自白は,信用するに足りるものとはいえない。そうすると,本件陳述書等の新証拠は,本件について請求人に対し無罪を言い渡すべき新規かつ明白な証拠に当たるものと評価でき,本件再審請求は,理由がある。
2(1)しかしながら,本件確定裁判に際しては,Aの司法警察員に対する供述調書のほか,医師の診断書,請求人(当時は被告人)の司法警察員及び検察官に対する各自白調書等,本件確定裁判に係る犯罪事実を認定するのに十分な証拠書類が提出されていた。また,検察官は,原々審に対し,本件再審請求に関する意見書の添付資料として,請求人が,捜査機関から取調べを受けるより前である平成24年5月25日にAの実家を訪ね,Aの父親に対し,「1回ドツイて暴力を振るってしま」ったことを認めて謝罪する内容の手紙を手渡したことなどを内容とする捜査報告書等を提出していた。同捜査報告書は,Aの司法警察員に対する供述調書や請求人の司法警察員及び検察官に対する各自白調書の信用性を補強するものということができる。
(2)これに対し,本件陳述書におけるAの陳述内容は,「私が彼(請求人)に詰め寄ったときに,彼が手を私の方に差し出し,その手が私の鼻の右側あたりに触れたように思います。私は急に手が出てきたことに驚いてのけぞったのですが,そのとき長いスカートをはいていたこともあり,足がからまって後ろへ倒れ込んで尻もちをついてしまいました。」「尻もちをついたこと自体がショックで私の中で,もう離婚するしかない,という思いが強まり,この翌日,私は子供を連れて室蘭の実家へ帰りました。」などというものであって,「Aが請求人との離婚を有利に進めるために事件をねつ造した」とする請求人の主張とは必ずしも整合していない。また,Aは,上記のとおり陳述する一方で,「去年(平成27年)の9月に調停で数年ぶりに彼(請求人)と顔を合わせ,当時の話になったときに,暴行や傷害が嘘であったことを認め素直にお詫びしました。また私は,自分の嘘が原因で彼に迷惑をかけ前科まで負わせてしまったことへのお詫びとして100万円を支払うことを約束しました。」と陳述し,それに沿う内容の調停が成立していることが認められるものの,両者間では平成27年9月当時まで子の養育費をめぐって争いが続いていたことを踏まえると,いかにも唐突で不自然な感を免れないところがある。さらに、本件陳述書中には,「医師からは最初,何も異常がないので診断書に書くことが無いというようなことを言われました。ですが私は,この時,どうしても診断書が欲しいと思っていましたので医師に離婚のために使いたいということを伝えて,何とかして診断書を書いてくれるよう頼んだところ,結局裁判でも使われた診断書を作ってもらうことができました。」とする点など,裏付けのないままではたやすく信用し難い内容が含まれている。
3 それにもかかわらず,Aの証人尋問や請求人の本人尋問等を行わないまま,本件陳述書の信用性は相当に高いなどと評価し,本件陳述書等の新証拠を基にすると,Aの従前の供述や請求人の捜査官に対する自白は信用するに足りるものとはいえないと断定して,新証拠が請求人に対し無罪を言い渡すべき明らかな証拠に当たると判断した原審の手続には,新証拠の信用性,とりわけ本件陳述書の作成経緯・過程の吟味を怠った点において,審理不尽の違法があるといわざるを得ない。本件確定裁判において認定された犯罪事実に係る上記2(1)の証拠関係に鑑みれば,その違法が決定に影響を及ぼすことは明らかであり,原決定を取り消さなければ著しく正義に反するというべきである。 
 よって,刑訴法411条1号を準用し,同法434条,426条2項により,原決定を取消した上,特別抗告申立書添付の資料(Aの検察官に対する平成28年10月28日付け供述調書2通等)も踏まえて新証拠の信用性を吟味し直し,なお再審を開始するに足りる明白性があるといえるかどうかを判断させるため,本件を原審である札幌高等裁判所に差し戻すこととし,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり決定する。
(裁判長裁判官 池上政幸 裁判官 大谷直人 裁判官 小池裕 裁判官 木澤克之 裁判官 山口厚)