各航空機運航差止等請求事件 最高裁判所第一小法廷平成27年(行ヒ)第512号,平成27年(行ヒ)第513号 平成28年12月8日判決

       主   文

1 平成27年(行ヒ)第512号上告人らの上告を棄却する。
2 原判決中,平成27年(行ヒ)第513号上告人敗訴部分を破棄し,同部分につき第1審判決を取り消す。
3 前項の部分につき平成27年(行ヒ)第512号上告人らの主位的請求をいずれも棄却する。
4 第2項の部分に係る平成27年(行ヒ)第512号上告人らの予備的請求に係る訴えをいずれも却下する。
5 訴訟の総費用は平成27年(行ヒ)第512号上告人らの負担とする。

       理   由

第1 本件の事実関係等の概要
1 本件は,神奈川県内に所在し,海上自衛隊及びアメリカ合衆国海軍(以下「米海軍」という。)が使用する施設である厚木海軍飛行場(以下「厚木基地」という。)の周辺に居住する平成27年(行ヒ)第512号上告人ら・同第513号被上告人ら(以下「第1審原告ら」という。)が,自衛隊及びアメリカ合衆国軍隊(以下「米軍」という。)の使用する航空機(以下,それぞれ「自衛隊機」,「米軍機」という。)の発する騒音により精神的及び身体的被害を受けていると主張して,平成27年(行ヒ)第512号被上告人・同第513号上告人(以下「第1審被告」という。)に対し,行政事件訴訟法に基づき,主位的には厚木基地における一定の態様による自衛隊機及び米軍機の運航の差止めを,予備的にはこれらの運航による一定の騒音を第1審原告らの居住地に到達させないこと等を求めている事案である。
2 原審の適法に確定した事実関係等の概要は,次のとおりである。
(1)厚木基地の概要
ア 厚木基地は,神奈川県大和市,綾瀬市及び海老名市の一部に所在する総面積約507万平方メートルの施設であり,その中心に南北方向に延びる長さ2438m,幅45mの滑走路等から成る厚木飛行場(以下「本件飛行場」という。)がある。
イ 厚木基地は,昭和16年頃から我が国の旧海軍が使用していたが,同20年9月,アメリカ合衆国陸軍に接収され,同25年12月以降は米海軍の航空基地として使用されるようになり,同27年4月28日以降は「日本国とアメリカ合衆国との間の安全保障条約」及び「日本国とアメリカ合衆国との間の安全保障条約第三条に基く行政協定」に基づき,同35年6月23日以降は「日本国とアメリカ合衆国との間の相互協力及び安全保障条約」及び「日本国とアメリカ合衆国との間の相互協力及び安全保障条約第六条に基づく施設及び区域並びに日本国における合衆国軍隊の地位に関する協定」(以下「日米地位協定」という。)に基づき,米軍の使用する施設及び区域として米国に提供されていた。
ウ 昭和46年6月30日に我が国と米国との間で締結された政府間協定により,同年7月1日以降,厚木基地のうち,〔1〕第1審判決別紙3の本件飛行場管理区分図(以下「本件区分図」という。)の黄色部分(117万8779平方メートルの土地及び同土地上の建物等)は,日米地位協定2条4項(a)に基づき,海上自衛隊と米軍の共同使用部分とされ,また,〔2〕本件区分図の青色部分は,同条1項(a)に基づき引き続き米国に提供され,米軍に使用されるものとされた。他方,〔3〕本件区分図の赤斜線部分(滑走路及び管制塔を含む厚木基地の飛行場部分)は,海上自衛隊の管轄管理する施設とされ,同部分に自衛隊の飛行場施設である本件飛行場が設置されたが,同条4項(b)の規定の適用のある施設及び区域として米軍にも引き続き使用を認めることとされた。その後,平成23年7月13日に,上記〔2〕の部分の一部につき共同使用とする旨が決定されたほかは,現在まで,厚木基地の管理区分等に変更はない。
(2)厚木基地における自衛隊の活動等
ア 海上自衛隊は,厚木基地に航空集団司令部,第4航空群,第51航空隊,第61航空隊,航空管制隊等を駐留させており,自衛隊の航空機としては対潜哨戒機のほか,多用機,輸送機,哨戒ヘリコプター等が配備されている。航空集団司令部は,自衛艦隊の主力である航空集団の中枢として全国各地に所在する航空部隊を一元的に指揮しており,本件飛行場に離着陸する自衛隊機の大部分は同司令部の指揮下の第4航空群のものである。第4航空群は,〔1〕我が国周辺海域における哨戒任務である対潜航空活動を中心とし,〔2〕災害派遣等の民生協力活動,〔3〕海賊対処等の国際貢献,〔4〕教育訓練等を行っている。第51航空隊は航空機の運用についての調査研究等を,第61航空隊は人員及び貨物の輸送業務を,航空管制隊は海上自衛隊の航空機運航に必要な航空情報の通報,飛行計画の申請及び承認に関する連絡事務,運航管制に関する教育指導等を担当している。
 海上自衛隊は,海上に容易に進出し得る位置にあることから,本件飛行場を関東地方における最も重要な飛行場と位置付けている。
イ 米海軍は,現在,厚木基地を米海軍厚木航空施設として使用しており,厚木基地に厚木航空施設司令部,西太平洋艦隊航空司令部,第5空母航空団,第51対潜ヘリコプター飛行中隊等を駐留させ,戦闘攻撃機,電子戦機,早期警戒機,輸送機,対潜ヘリコプター,救難ヘリコプター等を配備し,航空機の整備,補給,支援業務のほか,空母艦載機の操縦士のための飛行訓練等を行っている。厚木基地は,我が国にある米海軍の航空基地の中でも主要な役割を担っている。
ウ 本件飛行場における離着陸回数は,米軍機によるものが自衛隊機によるものを上回っており,航空機騒音の多くは米軍機の発するものが占めている。また,著しく大きな騒音を発する大型ジェット機は全て米軍機である。
(3)本件飛行場における航空機騒音の状況及び第1審原告らの被害等
ア 航空機騒音は,騒音のピークレベルが工場騒音や自動車騒音といった他の発生源による騒音と比較してはるかに高く,しかも広範囲に及ぶこと,エンジンの影響により特定の周波数に偏った特異な音質を有すること,継続時間が数秒から数十秒の間欠音であること等の特性がある。このような特性を考慮した航空機騒音の評価指標として,我が国では,WECPNL(国際民間航空機関が昭和46年に提案した騒音の評価指標である加重等価継続感覚騒音レベル)という評価指標が用いられてきた(以下,WECPNLの値を「W値」という。)。
 公害対策基本法9条1項及び環境基本法16条1項に基づく「航空機騒音に係る環境基準について」(昭和48年環境庁告示第154号。平成19年環境省告示第114号による改正前のもの)は,生活環境を保全し,人の健康の保護に資する上で維持することが望ましい航空機騒音に係る基準について,専ら住居の用に供される地域につきW値70以下,それ以外の地域であって通常の生活を保全する必要がある地域につきW値75以下としていた。
イ 自衛隊機等には,一般の航空機と異なる特殊の性能,運航及び利用の態様等が要求されるため,自衛隊法(平成27年法律第67号による改正前のもの。以下同じ。)107条1項及び4項等により,航空機の航行の安全又は航空機の航行に起因する障害の防止を図るための航空法の規定の適用が大幅に除外されている。自衛隊機等のうち,特にジェット機の騒音のピークレベルは極めて高く,その騒音には高周波成分が多く含まれ,耳慣れない金属的な音を生ずる。また,プロペラ機やヘリコプターの騒音のピークレベルはジェット機よりも低いものの,その騒音には低周波音が強く感じられることがある。
ウ 防衛施設周辺の生活環境の整備等に関する法律(以下「環境整備法」という。)は,自衛隊等の行為又は防衛施設の設置若しくは運用により生ずる障害の防止等のため防衛施設周辺地域の生活環境等の整備につき必要な措置を講ずることなどにより関係住民の生活の安定及び福祉の向上に寄与することを目的として(1条),障害の程度に応じて第一種区域から第三種区域を指定し,区域ごとに講ずべき必要な措置を定めている。同法は,自衛隊等の航空機の離着陸等の頻繁な実施により生ずる音響に起因する障害が著しいと認められる区域を第一種区域に指定し,住宅の防音工事の助成の措置を行うものとし(4条),第一種区域のうち障害が特に著しいと認められる区域を第二種区域に指定し,建物所有者に対する移転の損失補償等(5条)を行うものとし,第二種区域のうち障害の新たな発生防止などの観点から定める区域を第三種区域に指定し,緑地帯の整備(6条)等を行う旨を定めている。
エ 現在,本件飛行場の周辺においては,平成15年度及び同16年度に行われた航空機騒音度調査の結果に基づき,所定の算定方法によりW値が75以上とされる区域が第一種区域に,W値が90以上とされる区域が第二種区域に,W値が95以上とされる区域が第三種区域に指定されている。上記の指定を受けた第一種区域(同区域には第二種区域及び第三種区域も含まれる。以下同じ。)の面積は約1万0500ヘクタールに,同区域内の世帯数は約24万4000に上っている。
オ 第1審原告らは,いずれも本件飛行場周辺の第一種区域内に居住しており,本件飛行場に離着陸する航空機の発する騒音により,〔1〕睡眠妨害,〔2〕会話,電話,テレビ視聴等の聴取妨害や,読書,勉強等の精神的作業の妨害,〔3〕不快感,健康被害への不安等を始めとする精神的苦痛を反復継続的に受けている。特に,上記〔1〕の睡眠妨害の程度は相当深刻であり,第一種区域内のかなりの部分において,第1審原告らは,夜間に健康に対する悪影響が心配される程度に強い騒音にさらされている。
 第1審原告らは,本件訴えと並行して,第1審被告に対し,本件飛行場の航空機騒音につき国家賠償法2条1項に基づく損害賠償を求める民事訴訟を提起している。
(4)本件飛行場における騒音の軽減を図るための対策等
ア 現在,自衛隊機(第4航空群)の運航については,自主規制が行われている。すなわち,厚木飛行場規則(平成19年3月15日第4航空群達第2号)は,訓練飛行については,原則として,全ての航空機につき,日曜日は終日,月曜日から土曜日までは午後10時から午前6時までを規制時間とし,地上試運転については,原則として,ジェット機につき,日曜日は終日,月曜日から土曜日までは午後6時から午前8時まで(ジェット機以外の航空機については,日曜日は終日,月曜日から土曜日までは午後10時から午前6時まで)を規制時間とすることや,場周経路内における連続離着陸訓練機及び連続離着陸訓練回数を制限すること等を定めている。また,「厚木航空基地における航空機騒音の軽減に関する規制措置について(通知)」(平成10年11月4日4空群運第835号)は,同一時間に離着陸機が集中しないように離着陸訓練時間を調整する旨などを定めている。
 なお,午後10時から午前6時までの時間帯における自衛隊機の離着陸回数は,平成25年度は合計83回(1か月当たり平均約6.9回)であり,同26年度は合計53回(1か月当たり平均約4.4回)であった。
 厚木基地における米軍機の運航については,かねてから,日米合同委員会により,航空機騒音の規制に関し諸種の措置を設けることが合意されている。
イ 第1審被告は,本件飛行場周辺に居住する住民の生活の安定又は福祉の向上等のため,種々の騒音対策を講じてきた。その内容は,〔1〕環境整備法4条等に基づく住宅防音工事に対する助成措置,〔2〕同法3条2項各号等に基づく学校や病院の防音工事等に対する助成措置,〔3〕同法5条等に基づく移転補償,買入れ等に係る措置,〔4〕テレビ受信料の助成,基地交付金の助成,特定防衛施設周辺整備調整交付金の助成等のその他の周辺対策であり,以上の措置等に要した費用は,総額1兆0440億円を超えるものであった。
(5)日米安全保障協議委員会が平成18年5月に承認した「再編実施のための日米のロードマップ」中には,「厚木飛行場から岩国飛行場への空母艦載機の移駐」の項目が設けられており,同委員会は,同25年10月,米海軍第5空母航空団の岩国飛行場への移駐について同29年頃までに完了することを認識する旨表明した。現在,岩国飛行場及びその周辺において,移駐のために必要な整備計画が進められている。
3 原審は,上記事実関係等の下において,要旨次のとおり判断して,第1審原告らの自衛隊機に関する主位的請求(運航差止請求)に係る訴えについては,行政事件訴訟法37条の4第1項の定める差止めの訴えの要件である「重大な損害を生ずるおそれ」があると認められるとした上で,同請求につき,防衛大臣は,平成28年12月31日までの間,やむを得ない事由に基づく場合を除き,本件飛行場において,毎日午後10時から午前6時まで,自衛隊機を運航させてはならないとする限度で一部認容すべきものとした。
(1)第1審原告らは,本件飛行場に離着陸する航空機の発する騒音により,睡眠妨害やその他の生活妨害を受け,その人格的利益が大きく損なわれており,特に睡眠妨害の程度は相当深刻である。第1審原告らに生じているこのような損害の性質及び程度,損害回復の困難の程度を踏まえると,本件飛行場における自衛隊機の運航に公共性や公益性の高いものが多いことなど処分の内容,性質を考慮しても,第1審原告らの上記訴えについては,行政事件訴訟法37条の4第1項の,当該処分がされることにより「重大な損害を生ずるおそれ」があると認められる。
(2)第1審原告らは,〔1〕毎日午後8時から午前8時までの間の自衛隊機の運航,〔2〕訓練のための自衛隊機の運航,〔3〕第1審原告らの居住地におけるそれまでの1年間の一切の航空機騒音がW値で75を超えることとなる場合の当該自衛隊機の運航の差止めを求めるところ,上記〔1〕のうち,毎日午後10時から午前6時までの間の運航は,その騒音により周辺住民の睡眠を妨害し健康被害に直接結び付き得るものであり,これにより第1審原告らに与える被害が行政目的と対比して過大というべきであるから,原則として,防衛大臣に与えられた運航統括権限の範囲を逸脱し又は濫用するものであって,行政事件訴訟法37条の4第5項の要件を充たすものと認められる。もっとも,上記時間帯における自衛隊機の運航であっても,自衛隊法3条に掲げられた任務を遂行するために同法第6章に規定された防衛出動,治安出動等の行動として行う場合やそれに準ずる必要性,緊急性がある場合など,客観的にやむを得ない事由に基づく場合には,上記権限の行使を違法ということはできない。また,厚木基地に駐留する米海軍第5空母航空団については,平成29年頃に岩国飛行場への移駐が決定されており,同移駐後は航空機騒音の発生状況に相当の変化が生ずると見込まれるから,差止めを命ずる終期は同28年12月31日とするのが相当である。
第2 平成27年(行ヒ)第513号上告代理人定塚誠ほかの上告受理申立て理由第4について
1 行政事件訴訟法37条の4第1項の差止めの訴えの訴訟要件である,処分がされることにより「重大な損害を生ずるおそれ」があると認められるためには,処分がされることにより生ずるおそれのある損害が,処分がされた後に取消訴訟等を提起して執行停止の決定を受けることなどにより容易に救済を受けることができるものではなく,処分がされる前に差止めを命ずる方法によるのでなければ救済を受けることが困難なものであることを要すると解するのが相当である(最高裁平成23年(行ツ)第177号,第178号,同年(行ヒ)第182号同24年2月9日第一小法廷判決・民集66巻2号183頁参照)。
2 前記事実関係等によれば,第1審原告らは,本件飛行場に係る第一種区域内に居住しており,本件飛行場に離着陸する航空機の発する騒音により,睡眠妨害,聴取妨害及び精神的作業の妨害や,不快感,健康被害への不安等を始めとする精神的苦痛を反復継続的に受けており,その程度は軽視し難いものというべきであるところ,このような被害の発生に自衛隊機の運航が一定程度寄与していることは否定し難い。また,上記騒音は,本件飛行場において内外の情勢等に応じて配備され運航される航空機の離着陸が行われる度に発生するものであり,上記被害もそれに応じてその都度発生し,これを反復継続的に受けることにより蓄積していくおそれのあるものであるから,このような被害は,事後的にその違法性を争う取消訴訟等による救済になじまない性質のものということができる。
3 以上によれば,第1審原告らの主張する前記第1の3(2)〔1〕から〔3〕までの自衛隊機の運航により生ずるおそれのある損害は,処分がされた後に取消訴訟等を提起することなどにより容易に救済を受けることができるものとはいえず,本件飛行場における自衛隊機の運航の内容,性質を勘案しても,第1審原告らの自衛隊機に関する主位的請求(運航差止請求)に係る訴えについては,上記の「重大な損害を生ずるおそれ」があると認められる。原審の前記第1の3(1)の判断は是認することができ,論旨は採用することができない。
第3 平成27年(行ヒ)第512号上告代理人中野新ほかの上告受理申立て理由第6点及び同第513号上告代理人定塚誠ほかの上告受理申立て理由第5について
1 行政事件訴訟法37条の4第5項は,裁量処分に関しては,行政庁がその処分をすることがその裁量権の範囲を超え又はその濫用となると認められるときに差止めを命ずる旨を定めるところ,これは,個々の事案ごとの具体的な事実関係の下で,当該処分をすることが当該行政庁の裁量権の範囲を超え又はその濫用となると認められることを差止めの要件とするものと解される(前掲第一小法廷判決参照)。
2(1)自衛隊法3条1項は,自衛隊は,我が国の平和と独立を守り,国の安全を保つため,直接侵略及び間接侵略に対し我が国を防衛することを主たる任務とし,必要に応じ,公共の秩序の維持に当たる旨を定める。また,同条2項は,自衛隊は,同条1項に定めるもののほか,我が国周辺の地域における我が国の平和及び安全に重要な影響を与える事態に対応して行う我が国の平和及び安全の確保に資する活動等であって,別に法律で定めるところにより自衛隊が実施するものを行うことを任務とする旨を定める。
 そして,同法第6章は,自衛隊の行動として,防衛出動,国民保護等派遣,命令による治安出動,海上における警備行動,海賊対処行動,災害派遣,領空侵犯に対する措置,在外邦人等の輸送,後方地域支援等の各種の行動を定めている。また,これらの行動に必要な情報の収集,隊員の教育訓練も,自衛隊の行動に含まれる(防衛省設置法(平成27年法律第66号による改正前のもの)4条4号、9号参照)。
(2)防衛大臣は,自衛隊の隊務を統括する権限を有するところ(自衛隊法8条),この権限には自衛隊機の運航を統括する権限も含まれる。防衛大臣は,自衛隊機の具体的な運航の権限を「航空機の使用及び搭乗に関する訓令」(防衛庁訓令第2号)2条6号に定める航空機使用者に与えるとともに,同訓令3条において,航空機使用者が所属の航空機を使用することができる場合として,自衛隊法第6章の規定により自衛隊が行動する場合において,航空機を使用する必要があるとき(1号),教育訓練に関し航空機を使用する必要がある場合(3号),偵察,連絡,観測等のために航空機を使用する必要がある場合(5号)等を挙げている。 
 また,自衛隊機の運航にはその性質上必然的に騒音の発生を伴うところ,自衛隊法107条1項及び4項は,航空機の航行の安全又は航空機の航行に起因する障害の防止を図るための航空法の規定の適用を大幅に除外しつつ,同条5項において,防衛大臣は,自衛隊機の安全性及び運航に関する基準,自衛隊が設置する飛行場及び航空保安施設の設置及び管理に関する基準等を定め,その他航空機による災害を防止し,公共の安全を確保するため必要な措置を講じなければならない旨を定めている。
(3)以上の自衛隊法等の定めによれば,防衛大臣は,我が国の防衛や公共の秩序の維持等の自衛隊に課せられた任務を確実かつ効果的に遂行するため,自衛隊機の運航に係る権限を行使するものと認められるところ,その権限の行使に当たっては,我が国の平和と安全,国民の生命,身体,財産等の保護に関わる内外の情勢,自衛隊機の運航の目的及び必要性の程度,同運航により周辺住民にもたらされる騒音による被害の性質及び程度等の諸般の事情を総合考慮してなされるべき高度の政策的,専門技術的な判断を要することが明らかであるから,上記の権限の行使は,防衛大臣の広範な裁量に委ねられているものというべきである。
 そうすると,自衛隊が設置する飛行場における自衛隊機の運航に係る防衛大臣の権限の行使が,行政事件訴訟法37条の4第5項の差止めの要件である,行政庁がその処分をすることがその裁量権の範囲を超え又はその濫用となると認められるときに当たるか否かについては,同権限の行使が,上記のような防衛大臣の裁量権の行使としてされることを前提として,それが社会通念に照らし著しく妥当性を欠くものと認められるか否かという観点から審査を行うのが相当であり,その検討に当たっては,当該飛行場において継続してきた自衛隊機の運航やそれによる騒音被害等に係る事実関係を踏まえた上で,当該飛行場における自衛隊機の運航の目的等に照らした公共性や公益性の有無及び程度,上記の自衛隊機の運航による騒音により周辺住民に生ずる被害の性質及び程度,当該被害を軽減するための措置の有無や内容等を総合考慮すべきものと考えられる。
3 そこで,以上の見地に立って検討する。
(1)前記事実関係等によれば,厚木基地に駐留する海上自衛隊の第4航空群は,我が国周辺海域における哨戒任務である対潜航空活動を中心とし,災害派遣等の民生協力活動,国際貢献,教育訓練等を行ってきたものであり,本件飛行場における自衛隊機の運航は,我が国の平和と安全,国民の生命,身体,財産等の保護の観点から極めて重要な役割を果たしているものというべきであるから,このような自衛隊機の運航には,高度の公共性,公益性があるものと認められる。訓練のための自衛隊機の運航についても,その時々の内外の情勢に応じて自衛隊の任務を確実かつ効果的に遂行するためには,平素からの訓練が必要不可欠なものというべきであって,直ちに公共性,公益性が低いということはできない。これらの点は,夜間における自衛隊機の運航についても,同様に妥当するものである。
(2)次に,前記事実関係等によれば,第1審原告らは,本件飛行場に係る第一種区域内に居住し,本件飛行場に離着陸する航空機の発する騒音により,睡眠妨害,聴取妨害及び精神的作業の妨害や,不快感,健康被害への不安等を始めとする精神的苦痛を反復継続的に受けているところ,上記騒音によって第1審原告らが主張するような心筋梗塞等の循環器系疾患や胃炎等の消化器系疾患といった具体的な健康被害が生じたものとは認定されていないものの,特に上記睡眠妨害の程度は相当深刻であるなど,上記被害は第1審原告らの生活の質を損なうものであり,軽視することができない。
 もっとも,前記事実関係等によれば,本件飛行場における航空機騒音は,米軍機の発するものが多くを占めているが,自衛隊機の運航についてみると,第4航空群は,防衛大臣の前記権限の下,厚木飛行場規則による自主規制を行い,毎日午後10時から午前6時までの時間帯においては,原則として,訓練飛行も地上試運転も行わないものとしており,その結果,上記時間帯における自衛隊機の離着陸回数は,平成25年度は合計83回(1か月当たり平均約6.9回),同26年度は合計53回(1か月当たり平均約4.4回)にとどまっている。
(3)また,前記のとおり,自衛隊機の運航にはその性質上必然的に騒音の発生を伴うところ,本件飛行場における自衛隊機の運航による騒音被害を軽減するための措置の有無やその内容についてみると,前記事実関係等のとおり,第4航空群は,本件飛行場における自衛隊機の運航につき一定の自主規制を行うとともに,第1審被告は,これまでに総額1兆0440億円を超える費用を支出して住宅防音工事に対する助成,学校や病院の防音工事等に対する助成,移転補償,買入れ等に係る措置等の周辺対策事業を実施してきたというのであるから,これらによれば,第1審原告らを含む本件飛行場の周辺住民らに生ずる上記被害を軽減するため,相応の対策措置が講じられているということができる。
(4)以上のような本件飛行場において継続してきた自衛隊機の運航やそれによる騒音被害等に係る事実関係を踏まえると,前記第1の3(2)〔1〕から〔3〕までの自衛隊機の運航には高度の公共性,公益性があるものと認められ,他方で,本件飛行場における航空機騒音により第1審原告らに生ずる被害は軽視することができないものの,周辺住民に生ずる被害を軽減するため,自衛隊機の運航に係る自主規制や周辺対策事業の実施など相応の対策措置が講じられているのであって,これらの事情を総合考慮すれば,本件飛行場において,将来にわたり上記の自衛隊機の運航が行われることが,社会通念に照らし著しく妥当性を欠くものと認めることは困難であるといわざるを得ない。
 したがって,本件飛行場における前記第1の3(2)〔1〕から〔3〕までの自衛隊機の運航に係る防衛大臣の権限の行使が,行政事件訴訟法37条の4第5項の行政庁がその処分をすることがその裁量権の範囲を超え又はその濫用となると認められるときに当たるということはできないと解するのが相当である。
4 以上によると,第1審原告らの自衛隊機に関する主位的請求(運航差止請求)は,理由がないから棄却を免れないところ,以上と異なる原審の前記第1の3(2)の判断には,判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。第1審被告の論旨はこの趣旨をいうものとして理由があり,原判決中,第1審原告らの上記主位的請求の認容部分は破棄すべきである。一方,第1審原告らの論旨は,その前提を欠くことが明らかであって,採用することができない。
 なお,第1審原告らの自衛隊機に関する予備的請求に係る訴えは,いずれも上記主位的請求に係る訴えと実質的に同内容のものを当事者訴訟の形式に引き直して予備的に併合提起したものにすぎず,このような訴えを許容することは相当でないから,上記予備的請求に係る訴えのうち,原判決における上記主位的請求の認容部分と予備的併合の関係にある部分は,いずれも不適法として却下すべきものである。
5 第1審原告らのその余の請求に関する上告については,上告受理申立て理由が上告受理の決定において排除されたので,棄却することとする。
第4 結論
 以上の次第で,第1審原告らの上告を棄却し,第1審被告の上告に基づき,原判決中,第1審被告敗訴部分を破棄し,同部分につき,第1審判決を取消した上,第1審原告らの主位的請求をいずれも棄却し,同部分に係る第1審原告らの予備的請求に係る訴えをいずれも却下することとする。
 よって,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。なお,裁判官小池裕の補足意見がある。

 裁判官小池裕の補足意見は,次のとおりである。

 私は,法廷意見に賛同するものであるが,第1審原告らの自衛隊機に関する主位的請求(運航差止請求)に係る訴えの訴訟要件及び本案要件に関する考え方について,若干の意見の補足をしたい。
1 行政事件訴訟法37条の4に基づき自衛隊機の運航の差止めの訴えを提起するためには,自衛隊機の運航によって同条1項に定める「重大な損害を生ずるおそれ」があることが必要である。第1審原告らは,本件飛行場に離着陸する米軍機及び自衛隊機の発する騒音により軽視し難い程度の睡眠妨害や精神的苦痛を反復継続して受けている状況にあるといえる。上記騒音による被害の発生には自衛隊機の運航が寄与しており,自衛隊機の離着陸が行われるたびに騒音が発生するものであるところ,自衛隊機の離着陸に係る運航を行政処分(防衛大臣の権限行使)と捉えると,自衛隊機の離着陸に伴い処分が完結するため,事後的に処分の違法を争い取消訴訟等によって上記状況を解消する救済を得る余地は認め難い。このような上記騒音による被害の程度,自衛隊機の運航の特質等に照らすと,上記差止めの訴えについては,同項に定める「重大な損害を生ずるおそれ」があるといえ,訴訟要件を充足するというべきである。
 上記訴訟要件が充足されることから,防衛大臣の権限行使の内容及び性質等を踏まえ,裁量権の範囲の逸脱又はその濫用の有無(本案要件)について判断することになるが,自衛隊機の運航に伴う上記騒音による被害は,本案要件の判断において防衛大臣の権限行使の内容及び性質等の点と併せて総合考慮すべき要素となる。
2 国の平和と安全は,国民が享受すべき自由,人権等を確立するために不可欠な基盤であり,国民にとってかけがえのない利益である。法廷意見が述べるとおり,自衛隊の任務を担う防衛大臣は,自衛隊機の運航に係る権限を行使するに当たって,このような利益を守るため,我が国の平和と安全,国民の生命,身体,財産等の保護に関わる内外の情勢等に応じて,我が国周辺海域における哨戒活動,災害派遣等の民生協力活動,教育訓練等を行うことが求められる。もとより防衛等に関わる活動は,直接侵略及び間接侵略等に緊急的に対峙するだけでなく,自衛隊の任務を果たすため,常にその活動の水準を維持し,整備された体制に伴う効果を保つなどして,内外の情勢等に臨機応変に対処することが必要となるものである。そのため,自衛隊機の運航に係る防衛大臣の権限の行使は,内外の情勢,自衛隊機の運航の目的及び必要性等に関する諸般の事情を総合考慮してなされるべき高度の政策的,専門技術的な判断を要するといえ、あらかじめ一定の必要性,緊急性等に関する事由によって判断の範囲等を客観的に限定することが困難な性質を有し,防衛大臣の広範な裁量に委ねられているというべきである。
3 法廷意見が述べるとおり,防衛大臣及び第1審被告は,本件飛行場の周辺地域における上記騒音による被害の防止及び軽減のために相応の措置を講じてきたものといえる。しかしながら,自衛隊機の運航にはその性質上必然的に騒音の発生を伴うことから,本件飛行場の周辺地域の住民は自衛隊機の運航に伴う騒音により軽視し難い被害を受け,そのような被害に対して損害賠償が認められてきた経緯がある。このように,自衛隊の任務を遂行する中で,自衛隊機の運航に係る防衛大臣の権限行使によって国民全体に関わる利益を守ることと,本件飛行場の周辺地域における自衛隊機の運航に伴う騒音による被害の発生という不利益を回避することは,その対応と調整に困難を伴う事柄であって,具体的な対応については,関連する状況の内容,程度等に応じて様々な態様をとるべきものと考えられる。 
 前述した事情等に照らすと,上記の二つの要請が作用する中で,本件飛行場において上記騒音による被害の防止又は軽減のための相応の措置を講じつつ自衛隊機を運航する行為が,社会通念に照らして著しく妥当性を欠くものと認めることは困難であり,防衛大臣の上記権限行使に裁量権の範囲の逸脱又はその濫用があるものと認めることはできないというべきである。
(裁判長裁判官 小池裕 裁判官 櫻井龍子 裁判官 池上政幸 裁判官 大谷直人 裁判官 木澤克之)