建物明渡等請求事件 最高裁判所第三小法廷平成24年(受)第2280号 平成25年4月9日判決

       主   文

1 原判決中,上告人敗訴部分を破棄する。
2 前項の部分につき,被上告人の控訴を棄却する。
3 控訴費用及び上告費用は被上告人の負担とする。

       理   由

 上告代理人安藤順一郎,同安藤秀男の上告受理申立て理由第8について
1 本件は,建物の地下1階部分を賃借して店舗を営む上告人において,同建物の所有者の承諾の下に同建物の1階部分の外壁等に同店舗のための看板等を設置していたところ,同建物全部を譲り受けた被上告人が,上告人に対し,所有権に基づき,地下1階部分の明渡し及び賃料相当損害金の支払を求めるとともに,上記看板等の撤去をも求める事案である。
 なお,原判決中,地下1階部分の明渡請求及び賃料相当損害金の支払請求をいずれも棄却すべきものとした部分は,被上告人が不服申立てをしておらず,当審の審理判断の対象となっていない。
2 原審の適法に確定した事実関係の概要等は,次のとおりである。
(1)原判決別紙物件目録記載1の建物(以下「本件建物」という。)は,渋谷駅周辺の繁華街に位置する地上4階,地下1階の建物である。
(2)Aは,昭和34年から本件建物を所有していた。
(3)上告人は,昭和39年頃から本件建物の地下1階部分(以下「本件建物部分」という。)でそば屋(以下「本件店舗」という。)を営業しており,遅くとも平成8年9月までに本件建物部分についての賃借権を得た。
(4)上告人は,本件店舗の営業開始以降,Aの承諾を得て,本件店舗の営業のために,原判決別紙看板目録記載の看板,装飾及びショーケース(以下「本件看板等」という。)を設置した。その設置箇所は,本件建物の1階部分の外壁,床面,壁面等であり,いずれも地下1階の本件建物部分へ続く階段の入口及びその周辺に位置していた(なお,記録によれば,本件看板等の一部は本件建物に固定されているが,分離は可能であるものとうかがわれる。)。
(5)Aは,平成22年1月,本件建物をBに売却した。
(6)Bは,平成22年4月,本件建物を被上告人に転売した。その際に作成された売買契約書には,本件建物の賃借権の負担等が被上告人に承継されること,本件建物に看板等があることなどが記載されていた。
3 原審は,本件建物部分の賃借権には本件看板等の設置権原は含まれていないとした上で,被上告人による本件看板等の撤去請求が権利の濫用に当たるような事情は見受けられないとして,同請求を認容した。
4 しかしながら,権利の濫用に関する原審の上記判断は是認することができない。その理由は,次のとおりである。
 前記事実関係によれば,本件看板等は,本件建物部分における本件店舗の営業の用に供されており,本件建物部分と社会通念上一体のものとして利用されてきたということができる。上告人において本件看板等を撤去せざるを得ないこととなると,本件建物周辺の繁華街の通行人らに対し本件建物部分で本件店舗を営業していることを示す手段はほぼ失われることになり,その営業の継続は著しく困難となることが明らかであって,上告人には本件看板等を利用する強い必要性がある。
 他方,上記売買契約書の記載や,本件看板等の位置などからすると,本件看板等の設置が本件建物の所有者の承諾を得たものであることは,被上告人において十分知り得たものということができる。また,被上告人に本件看板等の設置箇所の利用について特に具体的な目的があることも,本件看板等が存在することにより被上告人の本件建物の所有に具体的な支障が生じていることもうかがわれない。
 そうすると,上記の事情の下においては,被上告人が上告人に対して本件看板等の撤去を求めることは,権利の濫用に当たるというべきである。
5 以上と異なる原審の判断には,判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。論旨は理由があり,原判決中,上告人敗訴部分は破棄を免れない。そして,以上説示したところによれば,被上告人の本件看板等の撤去請求は理由がなく,これを棄却した第1審判決は是認することができるから,上記部分に関する被上告人の控訴を棄却すべきである。
 よって,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。なお,裁判官田原睦夫の補足意見がある。

 裁判官田原睦夫の補足意見は,次のとおりである。

 私は法廷意見に与するものであるが,原判決が被上告人の本件看板等の撤去請求を認容するに当たり示した借地借家法31条の解釈には俄に賛成し難く,また,本件につき仮執行宣言を付した点についても問題があると考えるので,上告受理決定の論旨外ではあるが,以下のとおり補足的な意見を述べることとする。
1 借地借家法31条に関して
 原判決は,法廷意見2(4),(6)に記載のとおり上告人がAの承諾を得て本件看板等を設置し,Bから被上告人への本件建物の売買契約書には看板等があることが記載されていたことを認定したうえで,「本件のようにビルディングの区分した建物部分を賃貸の目的とする賃貸借契約において,借地借家法31条にいう建物の範囲は,区分された建物部分及びこれと構造上一体として利用される範囲の全体として独立性を有する部分に限られると解されるところ」,本件看板等は,上記部分に設置されたものではなく,その設置箇所は,本件建物1階の外壁等いずれも本件建物の躯体部分であって,同条の建物には含まれないとして,上告人は被上告人に対し本件看板等について同条による対抗力を主張することができないと判示する。
 上記原判決の判示のうち、同条の「建物」の範囲が,原則として上記の範囲に止まるものであることについては異論はない。しかし,多数のテナントが入っているビル等において,例えば1階のホールにテナント名を表示した看板が掲げられていたり,各テナントの共用部分の廊下の壁面にテナント名を表示することができ,あるいは,ビルに入居するテナントを表示する外部看板が設置され,テナントは別途の負担なくその看板にテナント名を表示することができる場合や,また多数の飲食店が入居する雑居ビルで,共用の廊下や階段に特別の負担なく各店舗の看板が設置されているような場合には,それら看板への表示は,当該建物賃貸借契約書に明示されていなくても,同賃貸借契約の内容をなしているものということができる。 
 従って,借家人が同条により第三取得者に対して借家権を対抗することができる場合には,上記の看板等に表示する権利も当然に対抗することができるものというべきであって,それらの看板等が借家人の独立の占有部分に存しないとの一事をもって同条の適用を否定する原判決の解釈には賛同することはできない。
 なお,借家人の看板等の設置につき別個の契約がなされていたり,当該借家人が他のテナントとは異なる看板を設置していて,当該看板の設置が建物の賃貸借契約の内容に含まれないと解されるような場合には,同条の保護の対象外であることは言うまでもない。
2 仮執行宣言について
 判決に仮執行宣言を付するか否かは,事実審の裁量に委ねられている。しかし,本件では,法廷意見にても指摘するとおり,被上告人において,本件看板等の設置箇所の利用について特に具体的な目的があることも,本件看板等が存在することにより被上告人の本件建物の所有に具体的な支障が生じていることも窺えず,他に本件看板等撤去部分のみについて,その請求につき,その確定を待たずに仮執行により早期に実現すべき特段の利益は何ら認められない。他方,上告人においては仮執行により本件看板等が撤去される場合には,法廷意見にても指摘するとおりその営業活動に重大な支障が生じることからすれば,原審が本件において仮執行宣言を付したことは,裁量権の行使を誤ったと評さざるを得ないと考えられる。
 仮執行宣言を付するか否かにつき,その裁量権の行使には慎重を期すべきである(なお,本件においては,当審にて仮執行宣言付きの原判決を債務名義とする強制執行の停止を命じている。)。
(裁判長裁判官 岡部喜代子 裁判官 田原睦夫 裁判官 大谷剛彦 裁判官 寺田逸郎 裁判官 大橋正春)