戸籍訂正許可申立て却下審判に対する抗告棄却決定に対する許可抗告事件 最高裁判所第三小法廷平成25年(許)第5号 平成25年12月10日決定

       主   文

原決定を破棄し,原々審判を取り消す。
本籍東京都新宿区▲▲,筆頭者X1の戸籍中,A(生年月日平成21年11月▲日)の「父」の欄に「X1」と記載し,同出生の欄の「許可日 平成24年2月▲日」及び「入籍日 平成24年3月▲日」の記載を消除し,「届出日 平成24年1月▲日」,「届出人 父」と記載する旨の戸籍の訂正をすることを許可する。

       理   由

 抗告代理人山下敏雅ほかの抗告理由について
1 本件は,性同一性障害者の性別の取扱いの特例に関する法律(以下「特例法」という。)3条1項の規定に基づき男性への性別の取扱いの変更の審判を受けた抗告人X1及びその後抗告人X1と婚姻をした女性である抗告人X2が,抗告人X2が婚姻中に懐胎して出産した男児であるAの,父の欄を空欄とする等の戸籍の記載につき,戸籍法113条の規定に基づく戸籍の訂正の許可を求める事案である。
2 記録によれば,本件の経緯等は次のとおりである。
(1)抗告人X1は,生物学的には女性であることが明らかであったが,特例法2条に規定する性同一性障害者であったところ,平成16年に性別適合手術を受け,平成20年,特例法3条1項の規定に基づき男性への性別の取扱いの変更の審判を受けた者である。抗告人X1の戸籍には戸籍法13条8号及び戸籍法施行規則35条16号により同審判発効日の記載がされた。
 抗告人X1は,平成20年4月▲日,女性である抗告人X2と婚姻をした。
(2)抗告人X2は,夫である抗告人X1の同意の下,抗告人X1以外の男性の精子提供を受けて人工授精によって懐胎し,平成21年11月▲日にAを出産した。
(3)抗告人X1は,平成24年1月▲日,Aを抗告人ら夫婦の嫡出子とする出生届を東京都新宿区長に提出した。これに対し,戸籍事務管掌者である同区長は,Aが民法772条による嫡出の推定を受けないことを前提に,出生届の父母との続柄欄等に不備があるとして追完をするよう催告したが,抗告人X1がこれに従わなかったことから,平成24年2月▲日,東京法務局長の許可を得て,同年3月▲日,Aの「父」の欄を空欄とし,抗告人X2の長男とし,「許可日 平成24年2月▲日」,「入籍日 平成24年3月▲日」とする旨の戸籍の記載(以下「本件戸籍記載」という。)をした(戸籍法45条,44条3項,24条2項)。
(4)抗告人らは,Aは民法772条による嫡出の推定を受けるから,本件戸籍記載は法律上許されないものであると主張して,筆頭者抗告人X1の戸籍中,Aの「父」の欄に「X1」と記載し,同出生の欄の「許可日 平成24年2月▲日」及び「入籍日 平成24年3月▲日」の記載を消除し,「届出日 平成24年1月▲日」,「届出人 父」と記載する旨の戸籍の訂正の許可を求めている。
3 原審は,次のとおり判断して,本件申立てを却下すべきものとした。
 嫡出親子関係は,血縁を基礎としつつ,婚姻を基盤として判定されるものであって,民法772条は,妻が婚姻中に懐胎した子を夫の子と推定し,婚姻中の懐胎を子の出生時期によって推定することにより,家庭の平和を維持し,夫婦関係の秘事を公にすることを防ぐとともに,父子関係の早期安定を図ったものであることからすると,戸籍の記載上,夫が特例法3条1項の規定に基づき男性への性別の取扱いの変更の審判を受けた者であって当該夫と子との間の血縁関係が存在しないことが明らかな場合においては,民法772条を適用する前提を欠くものというべきである。
4 しかしながら,原審の上記判断は是認することができない。その理由は,次のとおりである。
(1)特例法4条1項は,性別の取扱いの変更の審判を受けた者は,民法その他の法令の規定の適用については,法律に別段の定めがある場合を除き,その性別につき他の性別に変わったものとみなす旨を規定している。したがって,特例法3条1項の規定に基づき男性への性別の取扱いの変更の審判を受けた者は,以後,法令の規定の適用について男性とみなされるため,民法の規定に基づき夫として婚姻することができるのみならず,婚姻中にその妻が子を懐胎したときは,同法772条の規定により,当該子は当該夫の子と推定されるというべきである。もっとも,民法772条2項所定の期間内に妻が出産した子について,妻がその子を懐胎すべき時期に,既に夫婦が事実上の離婚をして夫婦の実態が失われ,又は遠隔地に居住して,夫婦間に性的関係を持つ機会がなかったことが明らかであるなどの事情が存在する場合には,その子は実質的には同条の推定を受けないことは,当審の判例とするところであるが(最高裁昭和43年(オ)第1184号同44年5月29日第一小法廷判決・民集23巻6号1064頁,最高裁平成8年(オ)第380号同12年3月14日第三小法廷判決・裁判集民事189号497頁参照),性別の取扱いの変更の審判を受けた者については,妻との性的関係によって子をもうけることはおよそ想定できないものの,一方でそのような者に婚姻することを認めながら,他方で,その主要な効果である同条による嫡出の推定についての規定の適用を,妻との性的関係の結果もうけた子であり得ないことを理由に認めないとすることは相当でないというべきである。
 そうすると,妻が夫との婚姻中に懐胎した子につき嫡出子であるとの出生届がされた場合においては,戸籍事務管掌者が,戸籍の記載から夫が特例法3条1項の規定に基づき性別の取扱いの変更の審判を受けた者であって当該夫と当該子との間の血縁関係が存在しないことが明らかであるとして,当該子が民法772条による嫡出の推定を受けないと判断し,このことを理由に父の欄を空欄とする等の戸籍の記載をすることは法律上許されないというべきである。
(2)これを本件についてみると,Aは,妻である抗告人X2が婚姻中に懐胎した子であるから,夫である抗告人X1が特例法3条1項の規定に基づき性別の取扱いの変更の審判を受けた者であるとしても,民法772条の規定により,抗告人X1の子と推定され,また,Aが実質的に同条の推定を受けない事情,すなわち夫婦の実態が失われていたことが明らかなことその他の事情もうかがわれない。したがって,Aについて民法772条の規定に従い嫡出子としての戸籍の届出をすることは認められるべきであり,Aが同条による嫡出の推定を受けないことを理由とする本件戸籍記載は法律上許されないものであって戸籍の訂正を許可すべきである。
5 以上と異なる原審の判断には,裁判に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。論旨はこの趣旨をいうものとして理由があり,原決定は破棄を免れない。そして,前記説示によれば,抗告人らの本件戸籍記載の訂正の許可申立ては理由があるから,これを却下した原々審判を取消し,同申立てを認容することとする。
 よって,裁判官岡部喜代子,同大谷剛彦の各反対意見があるほか,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり決定する。なお,裁判官寺田逸郎,同木内道祥の各補足意見がある。

 裁判官寺田逸郎の補足意見は,次のとおりである。

1 現行の民法では,「夫婦」を成り立たせる婚姻は,単なる男女カップルの公認に止まらず,夫婦間に生まれた子をその嫡出子とする仕組みと強く結び付いているのであって,その存在を通じて次の世代への承継を予定した家族関係を作ろうとする趣旨を中心に据えた制度であると解される。嫡出子,なかでも嫡出否認を含めた意味での嫡出推定の仕組みこそが婚姻制度を支える柱となっており,婚姻夫婦の関係を基礎とする家族関係の形成・継承に実質的な配慮をしていると考えられるのである(注1)。戸籍上女性とされていた性同一性障害者の性別を男性に変更することを認める特例法が,婚姻し,夫となることを認める限りでの適用に限定せず,民法の適用全般について男性となったものとみなすとして(4条),嫡出推定に関する規定を含めた嫡出子の規定の適用をあえて排除していないのも,このように婚姻と強く結び付く嫡出子の仕組みの存在をもふまえてのことであると解される。
 特例法3条の規定により,戸籍上女性とされていた性同一性障害者が性別を男性に変更することが認められ,同法4条の規定により夫となる資格を得た場合においても,その夫婦にとって,夫の直接の血縁関係により妻との間で嫡出子をもうけ,その存在を通じて次の世代への承継を予定した家族関係を作ることはおよそ望むべくもない。そのような立場にある者にもあえて夫としての婚姻を認めるということは,そのままでは上記で示した前提をおよそ欠いた夫婦関係を認めることにほかならない。そのような意義づけを避けるとするなら(注2),当該夫婦が,血縁関係とは切り離された形で嫡出子をもうけ,家族関係を形成することを封ずることはしないこととしたと考えるほかはない。つまり,「血縁関係による子をもうけ得ない一定の範疇の男女に特例を設けてまで婚姻を認めた以上は,血縁関係がないことを理由に嫡出子を持つ可能性を排除するようなことはしない」と解することが相当である(注3)。そして,民法が,嫡出推定の仕組みをもって,血縁的要素を後退させ,夫の意思を前面に立てて父子関係,嫡出子関係を定めることとし,これを一般の夫に適用してきたからには,性別を男性に変更し,夫となった者についても,特別視せず,同等の位置づけがされるよう上記の配慮をしつつその適用を認めることこそ立法の趣旨に沿うものであると考えられるのである(注4)。
(注1)婚姻し,夫婦となることの基本的な法的効果としては,その間の出生子 が嫡出子となることを除くと,相互に協力・扶助をすべきこと,その財産関係が特別の扱いを受けること及び互いの相続における相続人たる地位,その割合があるが(民法752条,755条以下,768条,890条,900条),これらは,本質的には,とりわけ強く結び付いた共同生活者であるがゆえの財産関係の規整であり,扶養の必要性の反映であると解される(婚姻していないカップルなどにも事情に応じて夫婦に準じた扱いを当てはめるべきであるとする解釈論があることが,このことを裏付ける。)。男女カップルに認められる制度としての婚姻を特徴づけるのは,嫡出子の仕組みをおいてほかになく,その中でも嫡出推定は,父子関係を定める機能まで与えられていることからも中心的な位置を占める。また,嫡出子とされることにより未成年の間は自動的に夫婦の共同親権に服することとなること(同法818条1項,3項)は,まさに婚姻と嫡出子との結び付きを明らかにするものであるし,嫡出子は夫婦の氏を称することとされていて(同法790条1項本文),夫婦に同氏を称するよう求められる仕組み(同法750条)の下でいずれかの氏を選択することが,実質的には嫡出子の氏を決める意味を持つことも見逃せないところである。
 なお,本文を含めた以上の説明は,嫡出子とそのもととなる婚姻との関係についての現行法における理解を示したものであり,異なる制度をとることを立法論として否定するものではなく,これを維持するか修正するかなどは基本的にすべて憲法の枠内で国会において決められるべきことであることはいうまでもない。
(注2)かねてから,相続人たる地位を与えるためにのみ婚姻届がされた場合を はじめとして,婚姻の形式は踏んではいるものの一部の効果だけを志向してされた行為について,法の定める婚姻制度の枠内で個々の当事者の意思をどこまで尊重し,婚姻としての効果をどこまで与えるべきかが論ぜられており,これらの一部を類型化し,婚姻に準じた扱いをすることを排除しない方向での見解が示されたりしている。レベルの違う議論であるとはいえ,特例法のような立法がこのような議論に支えられている部分があることは否定できまい。その観点からすれば,「生来の嫡出子がおよそ考えられず,妻が懐胎し,子を生んだとしても,その子が嫡出でない子となるしかないような範疇のカップルには婚姻の効果を与えない」とするところから脱却した考え方に立った立法がされることはあり得ることであるとはいえる。しかし,そのような考え方に立った立法であるならば,婚姻の直接・間接の効果を一括して与えるというのではなく,より厳密な形で個々的な効果を与えるかどうかを検討した上での規律がされるべきであろう。また,仮に,特例法を婚姻による出生子がおよそあり得ない場合にも婚姻自体の効果を限定的に与えることを認める趣旨であると解するならば,なぜそこで認められた対象カップルに限ってそのような関係が認められるのかという別の次元の議論に直面することになろう。
(注3)特例法により女性とみなされることとなった者がする婚姻についても, 嫡出子を持つことをおよそ否定することは,同じく原理的には相当ではない。ただし,この場合には,男性の場合の嫡出推定による規律と異なり,一般的な女性との関係で,嫡出以前の母子関係自体が,婚姻の効果とは結び付けられることなく,出産(分娩)という事実関係により生ずるという原則が現在採られているということの制約は受けざるを得ない。特例法は,民法の適用上,その対象者であるがゆえに不利な扱いを受けることを避けようとしているに止まり,一般の男女に認められることを超えた特別の優遇策を施そうとするものではないと解される。特例法により男性とみなされることとなった者がした婚姻における出生子についても,多数意見4(1)に引用されている当審判例に示されるごとく事実上の離婚をして夫婦の実態が失われているなどの事情が存する場合には,民法772条の規定による推定が及ぶことはないわけである。
(注4)本件の事例とは離れた一般論であるが,特例法により男性とみなされる こととなった結果実現した婚姻が解消された後には,相手方の女性について再婚禁止期間の規定(民法733条)が適用されることについても,嫡出推定に関する規定の適用があるとしてこそ理解されやすいといえよう。
2 1のような結論に対しては,夫=父親の意思を重んじることで嫡出子とされてしまうことについての子の福祉の観点から批判があり得るのであって,これには傾聴すべきところがある。しかし,それは,本件のような立場の子の場面に限らず,嫡出推定を当てはめるのに相応の疑義があるにもかかわらず同規定の適用によって夫の子とされる他の場合にも生じている問題であり,法が嫡出否認の訴えができる者を父に限っていること(民法774条)に由来するところが大きいわけであって,その仕組みを改めるかどうかとして広く議論をすべきものであろう。ただし,上記1の解釈は特殊な場合に即して夫=父親(副次的には妻=母親)の意思に比重を置いた結果としての家族形成を認める特例法の考え方から導かれるのであり,この特例法による仕組みにおいても,子の立場に立てば親の意思に拘束されるいわれはない度合いが強いと考える余地はあろうから,法整備ができるまでの間は,民法774条の規定の想定外の関係であるとして,子に限って親子関係不存在確認請求をすることができるとする解釈もあり得なくはないように思われる。

 裁判官木内道祥の補足意見は,次のとおりである。

1 私は,多数意見に賛同するものであるが,以下のとおり私の意見を補足して述べる。
2 民法772条の推定の趣旨
 母子関係は,婚姻の有無にかかわらず分娩により定まることが判例上確定した解釈である。分娩は外形的にも第三者にも明らかな事実であり,それによって,一義的に明確な基準によって一律に母子関係が確定されることになる。父子関係は,分娩に該当するような外形的にも第三者にも明らかな事実が存在しないため,民法772条という婚姻による推定の制度が設けられている。この推定は,嫡出否認の訴えによらなければ覆すことができないものであり,証拠法則上の推定に留まるものではない。
 民法772条が出生時の母の夫を父とするのでなく,婚姻成立の200日後,婚姻の解消等の300日以内の出生をもって婚姻中の懐胎と推定し,婚姻中の懐胎を夫の子と推定したのは,親子関係が血縁を基礎に置くことと子の身分関係の法的安定の要請を調整したものと解される。夫婦の間の子の父子関係については,同条の定めによる出生に該当するか否かをもって父子関係の成立の推定を行うことにより,血縁関係との乖離の可能性があっても,婚姻を父子関係を生じさせる器とする制度としたものということができる。
 このような嫡出推定の制度によって,嫡出否認の訴え以外では,夫婦の間の家庭内の事情,第三者からはうかがうことができない事情を取り上げて父子関係が否定されることがないことが保障されるのである。
3 推定の及ばない嫡出子
 民法772条の解釈として,婚姻成立の200日後,婚姻の解消等の300日以内に出生した子であっても,嫡出推定が及ばないとされる場合があることは従来の判例の認めるところである。
 「実質的には同条の推定を受けない事情」と多数意見が総称する事情とは,多数意見においては,夫婦の実態が失われ,又は遠隔地に居住していたことが明らかなことであり,反対意見においては,夫婦間に性的関係を持つ機会がないことが明らかなこととされている。二つの意見が相違するのは,父子の血縁関係を一方の極に置きつつ,血縁関係の不存在が何をもって明らかであれば嫡出推定を及ぼさない事由となるのかという点においてである。
 血縁の不存在の確定的な証明があれば嫡出推定が及ばないとする見解があるが,これは,結局,血縁のみによって父子関係を定めるということであり,民法772条の推定の趣旨に反し,賛同できない。
 本件は夫が特例法の審判により男性とみなされる者であるから嫡出推定が及ばないとするのが,反対意見であり,これは,特例法の審判(ないしその審判が認定した事実)の存在によって血縁の不存在が明らかであることを嫡出推定を排除する事由とするものである(なお,この審判が戸籍に記載されるのは戸籍法施行規則の定めによるものであり,戸籍記載をもって明らかであることを民法772条による推定排除の理由とするべきではない)。
 特例法は,元の性別の生殖腺がないこと等を要件としているが,このことは,客観的に確実であっても,第三者にとって明らかなものではない。特例法で性別の変更をした者の元の性別も,必ずしも第三者にとって明らかなものではない。
 前記のとおり,民法772条による推定の趣旨は,嫡出否認の訴えによる以外は夫婦の間の家庭内の事情,第三者からはうかがうことができない事情を取り上げて父子関係が否定されることがないとすることにあるのであるから,血縁関係の不存在が明らかであるとは第三者にとって明らかである必要があるが,夫が特例法の審判を受けたという事情は第三者にとって明らかなものではなく,嫡出推定を排除する理由には該当しない。従来の判例において嫡出推定が及ばないとされたのは,事実上の離婚をして別居し,その後まったく交際を絶っていた事案(最高裁昭和43年(オ)第1184号同44年5月29日第一小法廷判決・民集23巻6号1064頁),懐胎当時,夫が出征していた事案(最高裁平成7年(オ)第2178号同10年8月31日第二小法廷判決・裁判集民事189号497頁)であり,いずれも,第三者にとって明らかであることを嫡出推定を排除する理由としたものである。
4 子の利益の観点から
 子の利益という場合,抗告人らの子にとっての利益だけでなく,今後に生まれるべき子にとっての利益を考える必要がある。「実親子関係が公益及び子の福祉に深くかかわるものであり,一義的に明確な基準によって一律に決せられるべきである」(最高裁平成18年(許)第47号同19年3月23日第二小法廷決定・民集61巻2号619頁参照)というのもその趣旨と解される。
 子の立場からみると,民法772条による嫡出推定は父を確保するものであり,子の利益にかなうものである。嫡出推定が認められないことは,血縁上の父が判明しない限り,父を永遠に不明とすることである。夫がその子を特別養子としたとしても,そのことは変わらないし,出生後に夫婦間に意思の食い違いが生ずると子が特別養子となることも期待できない。
 子にとって血縁上の父をもって法律上の父とする方法がないことが子の利益にとってマイナスに作用することがありうるであろうが,この点は,父を確保することとの衡量を制度上にどのように反映するかという問題であり,今後の立法課題である。
 また,血縁関係がない夫が子の法律上の父とされることから,血液型・DNA検査などにより,偶然に,子が父と血縁がないことを知るという事態が生じ、子にとって不本意な葛藤を与えることがありうるが,これは,特例法による夫婦の登場によって生じたものではなく,民法772条の推定から不可避的に生ずるものであり,生殖補助医療の発達により,さまざまな場面であらわれていたことでもある。戸籍上の記載を現行制度から改めたとしても,近時の血縁関係の判定手法の発達普及を考慮すると(血縁関係の判定を法律上で禁止することができるのであれば別として),意図せざる判明の可能性は高まるばかりであり,この点についての子の利益は,子の成育状態との関係で適切な時期,適切な方法を選んで親がその子の出自について教示することにより解決されることという他ない。
5 特例法と民法の関係
 特例法は,性別の取扱いの変更の審判によって民法上でも性別が変更されたものとみなすというものであるところ,民法が想定する婚姻・親子,特例法が想定する婚姻・親子がどういうものであるかについて意見が分かれることは,本件の各意見にあらわれているとおりである。 
 特例法の想定の範囲はともかく,民法についていえば,高度化する生殖補助医療など立法当時に想定しない事象が生じていることはいうまでもない。それに備えてきめ細かな最善の工夫を盛り込むことが可能であるのは立法による解決であるが,そのような解決の工程が予測できない現状においては,特例法および民法について,解釈上可能な限り,そのような事象も現行の法制度の枠組みに組み込んで,より妥当な解決を図るべきであると思われる。

 裁判官岡部喜代子の反対意見は,次のとおりである。

 私は多数意見とその結論を異にするので,以下理由を述べる。
 抗告人X1は,特例法3条1項による審判を受けた者として同法4条1項により男性とみなされ,その結果法令の適用について男性として取り扱われる。したがって,抗告人X1は民法の規定に従って婚姻することができ,また父となることができる。しかし,現実に親子関係を結ぶことができるかどうかは親子関係成立に関する要件を満たすか否かによって決定されるべき事柄である。特例法は親子関係の成否に関して何ら触れるところがないのであって,これは親子関係の成否についてはそれに関する法令の定めるところによるとの趣旨であると解するほかはない。本件において妻の産んだ子の父が妻の夫であるか否かは嫡出親子関係の成立要件を充足するか否かによるのであって,子を儲ける可能性のない婚姻を認めたことによって当然に嫡出親子関係が成立するというものではない。
 嫡出子とは,本来夫婦間の婚姻において性交渉が存在し,妻が夫によって懐胎した結果生まれた子であるところ,当該子が夫によって懐胎されたか否かが明確ではないので,民法は772条1項,2項の二重の推定によって夫の子であることを強力に推定しているのである。ところが,特例法3条1項の規定に基づき男性への性別の取扱いの変更の審判を受けた者は,従前の女性としての生殖腺は永続的に欠いているが(同項4号),生物学上は女性であることが明らかである者であり,性別の変更が認められても,変更後の男性としての生殖機能を現在の医学では持ち得ない以上,夫として妻を自然生殖で懐胎させることはあり得ないのである。その意味で特例法は同法に基づき男性への性別変更審判を受けた者と女性との婚姻において遺伝上の実子を持つことを予定していないといえる。抗告人らは,特例法4条1項の「みなす」との文言により変更後の性別である男性としての生殖能力のないことの証明を禁じていると主張するが,特例法自身が生物学的には女性であることを要件としているのであるから,証明の問題ではなく特例法の適用を受けたこと自体によって男性としての生殖能力のないことが明らかなのである。
 以上述べたところからすれば,本件はそもそも推定を論ずるまでもなく実親子関係を結ぶことはできないと解することも不可能ではないが,民法は父性の推定と嫡出性の付与とを区別せずに同法772条において子の父が妻の夫であるか否かを嫡出推定の存否にかからしめているから,夫が特例法に基づき性別変更審判を受けた者である場合にも民法772条により嫡出の推定が及ぶか否かによって夫の子といえるか否かを検討しなければならないであろう。
 嫡出推定の及ばない場合として当審が従前より認めているのは,多数意見の述べるとおり,事実上の離婚,遠隔地居住など夫婦間に性的関係を持つ機会のなかったことが明らかであるなどの事情のある場合であるところ,本件もまた夫婦間に性的関係を持つ機会のなかったことが明らかな事情のある場合であって,上記判例の示すところに反するものではない。抗告人らは,夫が特例法に基づき性別変更審判を受けた者であるか否かは社会生活上の外観からは不明のことであるというが,特例法に基づき性別変更審判を受けた者であること自体は明らかな事実であり,その者には妻を懐妊させる機会がないこともまた明らかである。嫡出性の推定は通常夫婦間でのみ性交渉が行われるという蓋然性と夫婦間でのみ行われるべきであるという当為によって根拠づけられる。そうであれば,夫婦間に性交渉が行われる機会がないこと,夫による懐胎の機会がないことが既に明らかとされている本件のような場合は,社会生活上の外観以上に性的関係を持つ機会のないことが明らかな場合といえる事情である。さらにその事情は特例法2条によって明らかにされているのである。そのことが戸籍に記載されているか否かは結論に関係しない。多数意見は,婚姻することを認めながらその主要な効果である民法772条による嫡出推定の規定の適用を認めないことは相当ではないと述べる。しかし,民法772条の推定は妻が夫によって懐胎する機会があることを根拠とするのであるから,その機会のないことが生物学上明らかであり,かつ,その事情が法令上明らかにされている者については推定の及ぶ根拠は存在しないといわざるを得ない。抗告人らの指摘するように,血縁関係は存在しないが民法772条によって父と推定される場合もあるが,それは夫婦間に上記の意味の性的関係の機会のある場合つまり推定する根拠を有する場合の例外的事象といい得るのであって,本件の場合と同一に論じることはできない。以上の解釈は,原則として血縁のあるところに実親子関係を認めようとする民法の原則に従うものであり,かつ,上述した特例法の趣旨にも沿うものである。
 以上のとおり,実体法上抗告人X1はAの父ではないところ,同抗告人が特例法3条1項の規定に基づき男性への性別の取扱いの変更の審判を受けた者であることが戸籍に記載されている本件においては,形式的審査権の下においても戸籍事務管掌者のした本件戸籍記載は違法とはいえない。
 なお,本反対意見は,非配偶者間人工授精によって生まれた子,配偶者の生殖不能にもかかわらず妻の産んだ子,母の夫との間に血液型等遺伝上明らかな背馳のある子などにおける嫡出推定の可否については何ら触れるものではないことを念のため付言する。

 裁判官大谷剛彦の反対意見は,次のとおりである。

1 特例法4条1項は,性別の取扱いの変更を受けた者は,民法その他の法令の規定の適用については,法律に別段の定めがない限り他の性別に変わったものとみなす旨規定しているが,その民法の規定について解釈上の問題があるとすれば,その点については,特例法の制度目的や制度設計の理解の上に立った民法の解釈に従って適用が図られる趣旨と解される。
 そして,特例法2条の性同一性障害者の定義規定や特例法3条1項4号の性別取扱いの変更について生殖腺を欠くこと等の要件の規定,及び現在の生殖医療技術を踏まえれば,特例法の制度設計においては,性別取扱いの変更を受けた者が遺伝的な子をもうけることが想定されていないことは,否定できないところと考えられる。
 なお,性別取扱いの変更は家事審判手続によって認められ,戸籍法13条8号,同法施行規則35条16号は性別取扱いの変更に関する事項を戸籍への記載事項とすることを規定している。
 以上のような特例法の制度設計を前提として現在の民法を解釈すると,本件の抗告人らの子の地位は,父子関係の推定が及ばない,いわゆる「推定の及ばない嫡出子」の範疇にあると考えざるを得ないので,私は,岡部裁判官の反対意見に賛同し,その理由については同意見に述べられているとおりと考えるものである。
2 若干敷衍すると,民法は,第4編の親族の編において,第2章として婚姻法制を定め,第3章として親子法制(実子制度と養子制度)を定め,それぞれその成立,解消,権利義務関係を規定し,夫婦関係と親子関係を家族法制の中核に置いている。特例法による性別取扱いの変更が,両性の身分的結合の法制である婚姻関係に直接的に及び,その主要な効果である夫婦間の相互扶助,財産関係,相続関係等に適用されることは明らかである。一方,民法の親子に関する法制は,実親子関係と養親子関係に分け,実親子関係は血縁に基礎を置いて,そのうちの母子関係については,客観的に明らかな懐胎,出産という事実により法律上の母子関係を成立させ,一方,父子関係については,従来客観的又は外形的な事実からの判定が困難なところから,婚姻という制度的事実を根拠に民法772条以下の父性の推定規定及び否認権の制限規定により,強力な推定効果をもって法律上の父子関係(この場合嫡出父子関係)の成立を認めるところである。しかし,夫婦が婚姻関係にあっても,明らかに客観的かつ外形的に血縁的な親子関係が生じないような事情がある場合,すなわち性的関係をもつ機会を持ち得ないなど遺伝的な子をもうけることがあり得ないような事情がある場合には,子が実質的には民法772条の父子関係の推定を受けないとされることが当審の判例とされ(多数意見4(1)),講学上「推定の及ばない嫡出子」とされている。このように親子法制においては,婚姻はそれ自体が実親子関係を成立させるものではなく,法律上の親子関係形成の推定の根拠として位置付けられている。
 上記1で述べたとおり,特例法の制度設計において,性別取扱いの変更を受けた者が遺伝的な子をもうけることは想定されておらず,このことは手続的制度とも相俟って,客観的かつ外形的に明らかといえるのであり,上記の民法の解釈からすれば,実質的に父子関係,実親子関係の推定が及ばない場合と解せざるを得ないと考えられる。
3 生物学的に性別が明らかである者が,自らの意思で性別取扱いの変更を受けたとしても,なお変更後の性別で自らの子を持ちたいという願望をも持つことは理解できる。夫婦間で遺伝的な子をもうけることができないとしても,生殖補助医療の一環として,夫婦以外の者の精子又は卵子を用いて,夫婦の一方の遺伝的な子を生じさせることが可能であり,実際にも相当広く行われていることは公知といえる。特例法による夫婦間においても,夫婦の一方の遺伝的な子を生じさせることは(そのことが想定されていたかどうかはともかく)この生殖補助医療として可能である。このうち,男性であった者が性別変更の取扱いを受けて女性となり妻となった場合は,夫に生殖能力があるにしても,妻の懐胎,分娩はあり得ず,民法772条の解釈及び代理懐胎に関する最高裁判例からすると,やはり法律上の母子関係を成立させることはできないと解される。性別取扱いの変更を受けた者同士の婚姻においても,同様である。一方,女性であった者が性別取扱いの変更を受けて男性となり夫となった場合は,生殖能力のある妻が夫以外の精子提供によって懐胎,分娩することにより,母子関係の成立はもちろんのこと,民法772条を文言どおりに適用すれば,法律上の父子関係(嫡出子関係)もその推定により成立すると解することが可能となる。
 この場合,生殖補助医療による法律上の親子関係の形成の問題にもなるところ,この問題は,本来的には,生命倫理や子の福祉を含む多角的な検討の上,親子関係を認めるか否か,認めるとした場合の要件や効果,その際の制度整備等について立法によって解決されるべきものであることは,判例においてつとに指摘されてきたところであるが,なお,立法に向けた議論は十分に煮詰まっていないように思われる。
4 このような状況の下,本件申立ては,戸籍法113条に基づき区長の前記多数意見2(3)の取扱いが法律上許されないものか否かが問われているところ,これを許されないとする場合,現在の戸籍法制を前提とすると,子が登載される戸籍の子の欄に「父」として記載される者(実父,同法13条4号)について,同じ戸籍の父とされる者の欄には,その当否はともかくとして上記1のとおり特例法による者であることが記載されていることになり,一見するところ特例法の制度設計からは整合しない記載となるのであって,身分関係を公証する戸籍事務を管掌する者としては,そのような取扱いを容認し難く,また黙認し難いことも理解できるところである。
5 なお,民法772条以下の父性の推定規定は,父子の血縁関係を客観的又は外形的に判定することが困難であることが前提にあって,上記2のような趣旨で設けられたものであるが、遺伝的な親子の判定手段に著しい進歩が見られ,また家族観にも変化が見られる中で,嫡出推定の規定と推定の及ばない嫡出子に関する解釈とその適用について,改めて本質的な議論が提起されてきている。
 特例法は,正に民法の特例を定めるが,その適用は特例法の制度趣旨や制度設計を踏まえた民法の解釈に委ねられているところ,上記のような制度設計の理解からすると,特例法による婚姻関係において,性別取扱いの変更を受けた夫の妻が夫以外の精子提供型の生殖補助医療により懐胎,出産した子について,法律上の父子関係を裁判上認めることは,現在の民法の上記解釈枠組みを一歩踏み出すことになり,また,本来的には立法により解決されるべき生殖補助医療による子とその父の法律上の親子関係の形成の問題に,その手当や制度整備もないまま踏み込むことになると思われる。多数意見の見解は,特例法の制度趣旨を推し進め,性別の取扱いの変更を受けた者の願望に応え得るものとして理解できるところであるが,この特例法の制度設計の下で,子に法律上の実親子関係を認めることにつながることが懸念され,私としては,現段階においてこのような解釈をとることになお躊躇を覚えるところである。民法772条をめぐるさらなる議論と,また生殖補助医療についての法整備の進展に期待したい。 
(裁判長裁判官 大谷剛彦 裁判官 岡部喜代子 裁判官 寺田逸郎 裁判官 大橋正春 裁判官 木内道祥)