損害賠償等請求事件 最高裁判所第一小法廷平成23年(行ツ)第406号 平成25年3月21日判決

       主   文

原判決を破棄し,第1審判決中上告人敗訴部分を取り消す。
前項の部分に関する被上告人らの請求を棄却する。
訴訟の総費用は被上告人らの負担とする。

       理   由

第1 事案の概要
 本件は,築上町(以下「町」という。)が町有地上の建物の取壊しに伴いこれを使用していた団体との間で同団体に移転補償をすることを合意してその旨の契約を締結した上,その契約に基づき町長が補償金の支出命令をしたところ,町の住民である被上告人らが,上記契約は公序良俗に反し無効であるか又は地方自治法2条14項,地方財政法4条1項に反して違法であるから,上記支出命令も違法であり,それにより町が損害を受けたとして,町の執行機関である上告人を相手に,地方自治法242条の2第1項4号本文に基づき,町長として上記支出命令をしたAに対して不法行為に基づく損害賠償の請求をすることを求める住民訴訟である。
第2 上告代理人稲澤勝彦ほかの上告理由について
 民事事件について最高裁判所に上告をすることが許されるのは,民訴法312条1項又は2項所定の場合に限られるところ,本件上告理由は,違憲をいうが,その実質は事実誤認又は単なる法令違反を主張するものであって、上記各項に規定する事由のいずれにも該当しない。
第3 職権による検討
1 原審の適法に確定した事実関係等の概要は,次のとおりである。 
(1)船田地区集会所(以下「本件集会所」という。)は,昭和46年5月27日,当時の椎田町がその所有地に建設した鉄筋コンクリート造2階建,延べ床面積約260平方メートルの建物である。本件集会所は,その建設以来,椎田町の財産として登録されないまま,1階部分がB協議会(以下「B協議会」という。)によりその事務所として無償で使用されていた。
(2)本件集会所は,福岡県が施行する県道豊津椎田線の拡幅工事に伴い取り壊されることとなり,本件集会所内のB協議会の事務所(以下「本件事務所」という。)も移転を要することとなった。
 平成18年1月10日に椎田町と築城町との合併により設置された町は,B協議会から本件事務所の移転補償費の支払を求められていたところ,本件集会所の取壊しに伴い福岡県から支払われる補償金でB協議会に対する移転補償費を支払うこととし,同20年3月,本件集会所について建物台帳を作成してこれを町の普通財産として登録した。その上で,町長の職にあったAは,町を代表して,同月7日,B協議会との間で,町がB協議会に対し本件事務所の移転補償費3000万円を含む合計3204万2400円の移転補償費を支払うことなどを約する契約(以下「本件移転補償契約」という。)を締結し,また,同月24日,福岡県との間で,町が福岡県から本件集会所の移転補償費として5820万0700円の支払を受けることなどを約する契約を締結した。
(3)Aは,本件移転補償契約に基づき,本件事務所の移転補償費3000万円のうち2100万円については平成20年4月7日に,残額の900万円については同21年3月13日に,それぞれ支出命令をした(以下,後者の支出命令を「本件支出命令」という。)。
(4)B協議会は,平成20年8月まで本件事務所を使用していたが,それ以降は別の事務所を使用している。本件集会所は,平成21年1月に取り壊された。
(5)被上告人らのうち3名は平成21年8月25日に,その余の被上告人らは同年11月6日に,それぞれ町の監査委員に対して本件移転補償契約に基づく公金の支出等につき住民監査請求をした。
2 原審は,上記事実関係等の下において,本件移転補償契約は,公序良俗に反し無効であるとはいえないが,著しく不相当であって地方自治法2条14項,地方財政法4条1項に反し違法であるなどとした上で,要旨次のとおり判断し,被上告人らの請求のうち適法な住民監査請求を経た本件支出命令に関する部分を認容すべきものとした。
 支出負担行為が契約であり,それが私法上無効とはいえないものの違法である場合において,支出命令権者が支出負担行為を是正する権限を有するときは,支出命令権者は地方公共団体に対して当該違法な支出負担行為に基づく支出命令を発すべきではないという財務会計法規上の不作為義務を負っており,同義務に違反して発せられた支出命令は違法である。本件においても,Aは,自ら本件移転補償契約を締結しており,町長として契約の是正を行う権限を有していたのであるから,本件支出命令は違法であり,Aは本件支出命令につき町に対して損害賠償責任を負う。
3 しかしながら,原審の上記判断は是認することができない。その理由は,次のとおりである。
(1)地方自治法242条の2第1項4号に定める普通地方公共団体の職員に対する損害賠償の請求は,財務会計上の行為を行う権限を有する当該職員に対して職務上の義務に違反する財務会計上の行為による当該職員の個人としての損害賠償義務の履行を求めるものにほかならないから,当該職員の財務会計上の行為を捉えて上記損害賠償の請求をすることができるのは,たといこれに先行する原因行為に違法事由が存する場合であっても,その原因行為を前提としてされた当該職員の行為自体が財務会計法規上の義務に違反する違法なものであるときに限られると解するのが相当である(最高裁昭和61年(行ツ)第133号平成4年12月15日第三小法廷判決・民集46巻9号2753頁参照)。
 しかるところ,普通地方公共団体が締結した債務を負担する契約が違法に締結されたものであるとしても,それが私法上無効ではない場合には,当該普通地方公共団体はその相手方に対しそれに基づく債務を履行すべき義務を負うのであるから,その債務の履行としてされる財務会計上の行為を行う権限を有する職員は,当該普通地方公共団体において当該相手方に対する当該債務を解消することができるときでなければ,当該行為を行ってはならないという財務会計法規上の義務を負うものではないと解される。そして,当該行為が支出負担行為たる契約に基づく債務の履行としてされる支出命令である場合においても,支出負担行為と支出命令は公金を支出するために行われる一連の行為ではあるが互いに独立した財務会計上の行為というべきものであるから(最高裁平成11年(行ヒ)第131号同14年7月16日第三小法廷判決・民集56巻6号1339頁参照),以上の理は,同様に当てはまるものと解するのが相当である。
 そうすると,普通地方公共団体が締結した支出負担行為たる契約が違法に締結されたものであるとしても,それが私法上無効ではない場合には,当該普通地方公共団体が当該契約の取消権又は解除権を有しているときや,当該契約が著しく合理性を欠きそのためその締結に予算執行の適正確保の見地から看過し得ない瑕疵が存し,かつ,当該普通地方公共団体が当該契約の相手方に事実上の働きかけを真しに行えば相手方において当該契約の解消に応ずる蓋然性が大きかったというような,客観的にみて当該普通地方公共団体が当該契約を解消することができる特殊な事情があるときでない限り,当該契約に基づく債務の履行として支出命令を行う権限を有する職員は,当該契約の是正を行う職務上の権限を有していても,違法な契約に基づいて支出命令を行ってはならないという財務会計法規上の義務を負うものとはいえず,当該職員が上記債務の履行として行う支出命令がこのような財務会計法規上の義務に違反する違法なものとなることはないと解するのが相当である(最高裁平成17年(行ヒ)第304号同20年1月18日第二小法廷判決・民集62巻1号1頁,最高裁平成21年(行ヒ)第162号同年12月17日第一小法廷判決・裁判集民事232号707頁参照)。
(2)これを本件についてみるに,前記事実関係等の下においては,本件移転補償契約は,違法に締結されたものであるとしても,公序良俗に反し私法上無効であるとはいえず,他にこれを私法上無効とみるべき事情もうかがわれないところ,町がその取消権又は解除権を有していたとはいえず,また,町がB協議会に事実上の働きかけを真しに行えばB協議会においてその解消に応ずる蓋然性が大きかったというような,客観的にみて町がこれを解消することができる特殊な事情があったともいえないから,Aが本件移転補償契約に基づいて支出命令を行ってはならないという財務会計法規上の義務を負っていたとはいえず,Aが当該契約に基づく債務の履行として行った本件支出命令がこのような財務会計法規上の義務に違反する違法なものであったということはできない。そうすると,Aは,本件支出命令につき,町に対して損害賠償責任を負うものではない。
4 以上と異なる原審の前記判断には,判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反があり,原判決は破棄を免れない。そして,以上に説示したところによれば,被上告人らの本件支出命令に関する請求は理由がないから,第1審判決中上告人敗訴部分を取消し,被上告人らの上記請求を棄却すべきである。
 よって,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 金築誠志 裁判官 櫻井龍子 裁判官 横田尤孝 裁判官 白木勇 裁判官 山浦善樹)