損害賠償等請求及び独立当事者参加事件 最高裁判所第一小法廷平成24年(受)第908号 平成26年6月5日判決

       主   文

1 原判決中,上告人の第2次的請求に関する部分を破棄する。
2 前項の部分につき,被上告人Yの控訴を棄却する。
3 上告人のその余の上告を棄却する。
4 控訴費用及び上告費用は被上告人Yの負担とする。

       理   由

 上告代理人渡邉一平ほかの上告受理申立て理由第4について
1 本件訴訟のうち上告人の第2次的請求は,再生債務者である上告人が,支払の停止の前に,Aから購入し,Aにその管理を委託していた投資信託受益権(以下「本件受益権」という。)につき,支払の停止の後,再生手続開始の申立て前に本件受益権に係る信託契約の一部解約がされたとして,原判決言渡し後にAを吸収合併しその権利義務を承継した被上告人Y(旧商号は,B。以下,同合併前のAと併せて「被上告銀行」という。)に対し,上記の管理委託契約に基づき,その解約金の支払を求めるものである。再生債権者であった被上告銀行は,上告人に対する上記解約金の支払債務の負担が民事再生法93条2項2号にいう「支払の停止があったことを再生債権者が知った時より前に生じた原因」に基づく場合に当たるので相殺が許されるとして,上記解約金の支払請求権を受働債権とする相殺を主張している。
2 原審の適法に確定した事実関係の概要等は,次のとおりである。
(1)本件受益権に係る投資信託は,委託者である投資信託委託会社と受託者である信託会社との間で締結された信託契約に基づき設定されたものである。上記投資信託委託会社は被上告銀行との間で本件受益権の募集販売委託契約を締結し,被上告銀行は同契約に基づき本件受益権の販売等の業務を行っていた。
(2)上告人は,被上告銀行との間で,投資信託受益権の管理等を委託する旨の契約(以下「本件管理委託契約」という。)を締結した上で,平成12年1月から平成19年3月にかけて,被上告銀行から本件受益権を順次購入した。
(3)本件管理委託契約並びに本件受益権に係る前記信託契約及び募集販売委託契約によれば,上告人が本件受益権について解約を申し込む場合は,次の手順によることとされていた。
ア 上告人は,被上告銀行に対し,本件受益権に係る前記信託契約の解約の実行の請求(以下「解約実行請求」という。)をする。
イ 被上告銀行は,投資信託委託会社に対し,解約実行請求があった旨を通知する。
ウ 投資信託委託会社は,前記信託契約の一部を解約し,信託会社が,被上告銀行に対し,解約金を振り込む。
エ 被上告銀行は,上告人に対し,上記解約金を被上告銀行の営業所等において支払う。
(4)被上告銀行は,平成19年1月以降,本件受益権を,社債,株式等の振替に関する法律121条の2第1項に規定する振替投資信託受益権として,口座管理機関である被上告銀行が備える振替口座簿に開設した上告人の口座に記録する方法で管理していた。本件管理委託契約において,上告人は,本件受益権について,原則として自由に他の振替先口座(被上告銀行に開設されたもののほか,他の口座管理機関に開設されたものを含む。)への振替をすることができるものとされていた。
(5)被上告銀行は,平成20年11月までに,上告人に対する保証債務履行請求権を取得した。その残高は,平成21年3月31日時点で5954万2964円であった。
(6)上告人は,平成20年12月29日,支払を停止した。被上告銀行は,同日,その事実を知った。
(7)被上告銀行は,平成21年3月23日,上記保証債務履行請求権を保全するため,本件受益権につき,債権者代位権に基づいて,上告人が被上告銀行に対して行うものとされている解約実行請求を上告人に代わって行い,投資信託委託会社に対し,解約実行請求があった旨の通知をした。
(8)上記通知により,本件受益権に係る信託契約の一部が解約され,平成21年3月26日,信託会社から被上告銀行に対し,解約金として717万3909円(以下「本件解約金」という。)が振り込まれた。これにより,被上告銀行は,本件管理委託契約に基づき,上告人に対し,本件解約金の支払債務(以下「本件債務」という。)を負担した。
(9)被上告銀行は,平成21年3月31日,上告人に対し,上記保証債務履行請求権を自働債権とし,本件債務に係る債権を受働債権とし,これらを対当額で相殺する旨の意思表示をした(以下「本件相殺」という。)。
(10)上告人は,平成21年4月28日,再生手続開始の申立てをし,同年5月12日,再生手続開始の決定を受けた。
3 原審は,上記事実関係の下において,次のとおり,本件債務の負担は,民事再生法93条1項3号本文にいう「支払の停止があった後に再生債務者に対して債務を負担した場合」に当たるものの,同条2項2号にいう「支払の停止があったことを再生債権者が知った時より前に生じた原因」に基づく場合に当たるから,本件相殺は許されるとして,上告人の第2次的請求を棄却した。
 本件債務は,本件管理委託契約に基づき,本件受益権に係る信託契約の一部解約によって解約金が被上告銀行に交付されることを条件として発生したものであって,被上告銀行は,上告人の支払の停止の後に上記条件が成就したことにより本件債務を負担するに至ったものである。しかし,本件受益権は,上告人の支払の停止の前に締結された本件管理委託契約に従って被上告銀行によって管理されており,上告人が本件受益権につき解約実行請求をしても,被上告銀行を通じてしか解約金の支払を受けることができない仕組みとなっていたのであるから、本件債務の負担は,被上告銀行が上告人の支払の停止を知った時より前に生じた原因に基づく場合に当たるといえる。
4 しかしながら,原審の上記判断のうち本件債務の負担が民事再生法93条2項2号にいう「支払の停止があったことを再生債権者が知った時より前に生じた原因」に基づく場合に当たるとした部分は是認することができない。その理由は,次のとおりである。 
 民事再生法は,再生債権についての債権者間の公平・平等な扱いを基本原則とする再生手続の趣旨が没却されることのないよう,93条1項3号本文において再生債権者において支払の停止があったことを知って再生債務者に対して債務を負担した場合にこれを受働債権とする相殺を禁止する一方,同条2項2号において上記債務の負担が「支払の停止があったことを再生債権者が知った時より前に生じた原因」に基づく場合には,相殺の担保的機能に対する再生債権者の期待は合理的なものであって,これを保護することとしても,上記再生手続の趣旨に反するものではないことから,相殺を禁止しないこととしているものと解される。
 前記事実関係によれば,本件債務は,上告人の支払の停止の前に,上告人が被上告銀行から本件受益権を購入し,本件管理委託契約に基づきその管理を被上告銀行に委託したことにより,被上告銀行が解約金の交付を受けることを条件として上告人に対して負担した債務であると解されるが(最高裁平成17年(受)第1461号同18年12月14日第一小法廷判決・民集60巻10号3914頁参照),少なくとも解約実行請求がされるまでは,上告人が有していたのは投資信託委託会社に対する本件受益権であって,これに対しては全ての再生債権者が等しく上告人の責任財産としての期待を有しているといえる。上告人は,本件受益権につき解約実行請求がされたことにより,被上告銀行に対する本件解約金の支払請求権を取得したものではあるが,同請求権は本件受益権と実質的には同等の価値を有するものとみることができる。その上,上記解約実行請求は被上告銀行が上告人の支払の停止を知った後にされたものであるから,被上告銀行において同請求権を受働債権とする相殺に対する期待があったとしても,それが合理的なものであるとはいい難い。また,上告人は,本件管理委託契約に基づき被上告銀行が本件受益権を管理している間も,本件受益権につき,原則として自由に他の振替先口座への振替をすることができたのである。このような振替がされた場合には,被上告銀行が上告人に対して解約金の支払債務を負担することは生じ得ないのであるから,被上告銀行が上告人に対して本件債務を負担することが確実であったということもできない。さらに,前記事実関係によれば,本件においては,被上告銀行が上告人に対して負担することとなる本件受益権に係る解約金の支払債務を受働債権とする相殺をするためには,他の債権者と同様に,債権者代位権に基づき,上告人に代位して本件受益権につき解約実行請求を行うほかなかったことがうかがわれる。
 そうすると,被上告銀行が本件債務をもってする相殺の担保的機能に対して合理的な期待を有していたとはいえず,この相殺を許すことは再生債権についての債権者間の公平・平等な扱いを基本原則とする再生手続の趣旨に反するものというべきである。したがって,本件債務の負担は,民事再生法93条2項2号にいう「支払の停止があったことを再生債権者が知った時より前に生じた原因」に基づく場合に当たるとはいえず,本件相殺は許されないと解するのが相当である。
5 以上によれば,本件相殺が許されるとした原審の判断には,判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。論旨は理由があり,原判決中,上告人の第2次的請求に関する部分は破棄を免れない。そして,以上に説示したところによれば,上告人の第2次的請求には理由があり,これを認容した第1審判決は正当であるから,上記部分につき被上告銀行の控訴を棄却すべきである。
 なお,上告人のその余の請求に関する上告については,上告受理申立て理由が上告受理の決定において排除されたので,棄却することとする。
 よって,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 山浦善樹 裁判官 櫻井龍子 裁判官 金築誠志 裁判官 横田尤孝 裁判官 白木勇)