損害賠償請求事件 最高裁判所第一小法廷平成23年(受)第1493号 平成25年3月7日判決

       主   文

原判決中,上告人敗訴部分を破棄する。
前項の部分につき,被上告人の控訴を棄却する。
控訴費用及び上告費用は,被上告人の負担とする。

       理   由

 上告代理人島田邦雄ほかの上告受理申立て理由について
1 本件は,被上告人が,銀行である上告人との間で行った金利スワップ取引(以下「本件取引」という。)に係る契約(以下「本件契約」という。)を締結した際,上告人に説明義務違反等があったと主張して,上告人に対し,不法行為等に基づく損害賠償を求める事案である。
2 原審の適法に確定した事実関係等の概要は,次のとおりである。
(1)被上告人は,パチンコ店等を経営する株式会社である。
 被上告人は,平成15年当時,主たる取引銀行であるAから,総額15億円程度を借り入れていたところ,同年12月30日,上告人から,利息を短期プライムレート(銀行が信用力の高い企業に対する短期貸出しについて適用する優遇金利をいう。)に年0.75%を加えた変動金利として,1億5000万円を借入れた。上告人の従業員であるBは,上記の融資の際,被上告人における銀行からの借入れは変動金利のものが多いことを知り,金利が上昇した際のリスクヘッジのための商品として,本件取引を提案することとした。
 本件取引は,当事者間の合意に基づき,同一通貨間で,一定の想定元本(計算上でのみ必要とされる元本をいう。),取引期間等を設定し,固定金利と変動金利を交換してその差額を決済するというもので,プレーン・バニラ・金利スワップと呼ばれる単純なものである。本件取引には,契約締結と同時に取引が始まるスポットスタート型と,契約締結から一定期間経過後に取引が始まる先スタート型がある。
(2)Bは,平成16年1月19日,被上告人の代表取締役であるC(以下「C社長」という。)に対し,「金利スワップ取引のご案内(調達コストの上昇リスクヘッジ)」と題する書面(以下「本件提案書」という。)を交付して,本件取引の仕組み等について説明した。
 本件提案書には,「金利スワップ取引とは,取引期間において同一通貨間の固定金利と変動金利(キャッシュ・フロー)を交換する取引のことです。」,「取引開始後に変動金利がどのように推移するかによって金利スワップの損益はプラスにもマイナスにもなります。」との記載がされ,条件例及び取引例の記載に続き,本件取引では変動金利として3箇月TIBOR(東京の銀行間市場における金利の利率を特定の方法で平均したものをいう。)が適用されるところ,同月15日現在では,3箇月TIBORは年0.09%であり,短期プライムレートは年1.375%である旨の記載及び損益シミュレーションの記載がされていた。そして,本件提案書には,本件取引のメリットとして,「本金利スワップ取引を約定することにより,貴社の将来の調達コストを実質的に確定させることができます。」,「スワップ取引開始日以降は短期プライムレートが上昇しても貴社の調達コストは実質的に一定となり金利上昇リスクをヘッジすることができます。」との記載が,他方,デメリットとして,「現時点で将来の調達コストを実質的に確定させるため,約定時点以降にスワップ金利が低下した場合,結果として割高になる可能性があります。」,「スワップ取引開始日以降は短期プライムレートが低下しても貴社の調達コストは実質的に一定となり金利低下メリットを享受することができません。よって金利スワップを約定しなかった場合と比べて実質調達コストが結果として割高になる可能性があります。」との記載がされていた。さらに,本件提案書には,「必ずお読み下さい」として,「本取引のご契約後の中途解約は原則できません。やむを得ない事情により弊行の承諾を得て中途解約をされる場合は,解約時の市場実勢を基準として弊行所定の方法により算出した金額を弊行にお支払い頂く可能性があります。」との記載がされていた。
(3)Bは,C社長から,被上告人の顧問税理士の事務所に所属していた税理士も同席の上で改めて説明することを求められたことから,平成16年1月28日,C社長及び上記税理士に対し,スポットスタート型と先スタート型の2種類の金利スワップ取引について,それぞれの内容が記載された提案書を交付して,説明した。
 C社長は,同年2月23日,Bに対し,税理士や専務の意見を再確認して近日中に回答すると述べ,同年3月初め頃,当面変動金利の上昇はないと考えていたので,先スタート型の方が良いとして,1年先スタート型の金利スワップ取引を選択することとした。そこで,Bは,同月3日,C社長に対し,1年先スタート型の金利スワップ取引について,その内容が記載された提案書を交付して,再度説明するとともに,契約の具体的な固定金利の利率は翌日連絡するので,それを承諾すれば成約となる旨説明した。C社長は,これを了承し,上記提案書の「本取引(金利スワップ取引)の申込に際し貴行より説明を受け,その取引内容及びリスク等を理解していることを確認します。」等と記載された欄に記名押印した。そして,Bは,翌4日,C社長に対し,固定金利が年2.445%となることを連絡し,了承を得た。
(4)こうして,上告人と被上告人との間で,平成16年3月4日,本件契約が締結された。本件契約の内容は,次のとおりである。
ア 想定元本 3億円
イ 取引期間 平成17年3月8日から平成23年3月8日まで
ウ 被上告人から上告人への金利支払条件
  固定金利 年2.445%
  支払日  平成17年6月8日から3箇月ごと
エ 上告人から被上告人への金利支払条件
  変動金利 3箇月TIBOR+0%
  支払日  平成17年6月8日から3箇月ごと
(5)被上告人は,平成17年6月8日から平成18年6月7日までの間,上告人に対し,本件契約に基づき,固定金利と変動金利の差額として,合計883万0355円を支払った。
3 原審は,上記事実関係の下において,次のとおり判断して,不法行為に基づく損害賠償請求を一部認容した。
 上告人は,被上告人に対し,契約締結の是非の判断を左右する可能性のある,〔1〕中途解約時において必要とされるかもしれない清算金の具体的な算定方法,〔2〕先スタート型とスポットスタート型の利害得失,〔3〕固定金利の水準が金利上昇のリスクをヘッジする効果の点から妥当な範囲にあることについて,説明しておらず,上告人の説明は,極めて不十分なものであった。本件契約締結の際,上告人が必要にして十分な説明をしていたならば,本件取引における上記のリスクヘッジの可能性が著しく低いものであったことなどから,被上告人が本件契約を締結しなかったことは明らかである。上告人の説明義務違反は重大であって被上告人に対する不法行為を構成し,本件契約は契約締結に際しての信義則に違反するものとして無効である。
4 しかしながら,原審の上記判断は是認することができない。その理由は,次のとおりである。
 前記事実関係によれば,本件取引は,将来の金利変動の予測が当たるか否かのみによって結果の有利不利が左右されるものであって,その基本的な構造ないし原理自体は単純で,少なくとも企業経営者であれば,その理解は一般に困難なものではなく,当該企業に対して契約締結のリスクを負わせることに何ら問題のないものである。上告人は,被上告人に対し,本件取引の基本的な仕組みや,契約上設定された変動金利及び固定金利について説明するとともに,変動金利が一定の利率を上回らなければ,融資における金利の支払よりも多額の金利を支払うリスクがある旨を説明したのであり、基本的に説明義務を尽くしたものということができる。
 原審は,上告人が上記3の〔1〕~〔3〕の事項について説明しなかったことを問題とする。しかしながら,本件提案書には,本件契約が上告人の承諾なしに中途解約をすることができないものであることに加え,上告人の承諾を得て中途解約をする場合には被上告人が清算金の支払義務を負う可能性があることが明示されていたのであるから,上告人に,それ以上に,清算金の具体的な算定方法について説明すべき義務があったとはいい難い。また,上告人は,被上告人に対し,先スタート型とスポットスタート型の2種類の金利スワップ取引について,その内容を説明し,被上告人は,自ら,当面変動金利の上昇はないと考えて,1年先スタート型の金利スワップ取引を選択したのであるから,上告人に,それ以上に,先スタート型とスポットスタート型の利害得失について説明すべき義務があったともいえない。さらに,本件取引は上記のような単純な仕組みのものであって,本件契約における固定金利の水準が妥当な範囲にあるか否かというような事柄は,被上告人の自己責任に属すべきものであり,上告人が被上告人に対してこれを説明すべき義務があったものとはいえない。 
 そうすると,本件契約締結の際,上告人が,被上告人に対し,上記3の〔1〕~〔3〕の事項について説明しなかったとしても,上告人に説明義務違反があったということはできない。
 なお,以上に説示したところによれば,本件契約が無効となる余地もない。
5 これと異なる原審の判断には,判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。論旨は理由があり,原判決中上告人敗訴部分は破棄を免れない。そして,以上に説示したところによれば,被上告人の請求は理由がなく,これを棄却した第1審判決は正当であるから,被上告人の控訴を棄却すべきである。
 よって,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 金築誠志 裁判官 櫻井龍子 裁判官 横田尤孝 裁判官 白木勇 裁判官 山浦善樹)