損害賠償請求事件 最高裁判所第三小法廷平成22年(受)第2101号 平成25年3月26日判決

       主   文

本件上告を棄却する。
上告費用は上告人の負担とする。

       理   由

 上告代理人山崎浩一の上告受理申立て理由について
1 本件は,建築物の建築主である上告人が,建築基準法(平成14年法律第22号による改正前のもの。以下同じ。)6条4項によりその計画の確認をした建築主事が属する被上告人に対し,確認の申請書に添付された構造計算書に一級建築士による偽装が行われていたことを看過してされた確認は国家賠償法1条1項の適用上違法であり,それによって改修工事費用等の財産的損害を受けたとして,同項に基づき損害賠償を求める事案である。
2 原審の適法に確定した事実関係等の概要は,次のとおりである。
(1)上告人は,京都府京丹後市峰山町新町所在の土地に,ビジネスホテルとして,鉄筋コンクリート造8階建,高さ23.2m,延べ面積1918.26平方メートルの建物(以下「本件建築物」という。)を新築することを計画した。本件建築物は,一級建築士の設計によらなければ新築工事をすることができないものであるところ(建築基準法5条の4第1項,建築士法(平成14年法律第45号による改正前のもの。以下同じ。)3条1項),上告人は,平成13年8月24日,A一級建築士事務所の一級建築士を代理人として,京都府峰山土木事務所に所属する建築主事(以下「本件建築主事」という。)に対し,本件建築物の計画につき,建築基準法6条1項の確認の申請書を提出した。
 また,本件建築物は,建築基準法6条1項3号に掲げる建築物であり,建築基準法施行令(平成14年政令第191号による改正前のもの。以下同じ。)第3章第8節所定の基準に従った構造計算によって確かめられる安全性を有するものでなければならないところ(同法20条2号),上記申請書に添付された構造計算書(以下「本件構造計算書」という。)は,上記建築士から依頼を受けた一級建築士B(以下「B建築士」という。)が,当時100種類以上存在していた建設大臣又は国土交通大臣の指定ないし認定を受けたプログラム(以下「大臣認定プログラム」という。)の一つ(以下「本件プログラム」という。)を用いて,同法施行令82条所定の許容応力度等計算として,構造耐力上主要な部分ごとに同条2号の式によって計算した長期及び短期の各応力度がそれぞれ同法施行令第3章第8節第3款による長期に生ずる力又は短期に生ずる力に対する各許容応力度を超えないこと,同法施行令82条の3第1号の式によって計算した各階の剛性率(地震荷重に対して求められる層間変形角の逆数を各階の層間変形角の逆数の全階にわたる平均値で除した比率)がそれぞれ10分の6以上であることなどを確かめたものとして,作成したものであった。
(2)上告人は,平成13年9月10日,建築基準法6条4項に基づき,本件建築主事から,本件建築物の計画が同条1項所定の建築基準関係規定(以下単に「建築基準関係規定」という。)に適合するものであることについて確認を受け,確認済証の交付を受けた(以下,建築主事が同条4項に基づいてする確認を「建築確認」といい,本件建築主事がした上記の確認を「本件建築確認」という。)。上告人は,その後,本件建築物につき本件建築主事による中間検査及び完了検査を受けた。
(3)平成17年12月,上告人が同年11月に新聞社から受けたB建築士のいわゆる耐震強度偽装事件に係る連絡を契機として本件構造計算書に偽装がされていることが判明し,被上告人は,本件建築物は震度6以上の地震により倒壊するおそれがあるとして,上告人に改修計画の作成及び改修工事の実施を要請し,上告人は,これを実施した。
(4)本件構造計算書には,次のような偽装がされていた。
ア 本件建築物の2階以上の梁間方向の有開口耐震壁については,現実の力の加わり方に近い形で,つなぎ梁形式の2枚の耐震壁としてモデル化して応力の計算がされるべきであり,その計算の方法によれば,開口部が広くつなぎ梁がぜい弱であるため,必要な強度が保たれないことが明らかになったはずであるのに,本件構造計算書では,1枚の有開口耐震壁としてモデル化して応力の計算をすることによって,耐震壁としての強度が偽装されていた。
イ 本件建築物のうち少なくとも1階の剛性率は10分の6以上ではなかったのに,全ての階の剛性率が10分の6以上とされていた。
ウ 本件プログラムによる応力解析結果では2階部分の耐力壁に加わるせん断力(部材等の断面に作用する応力のうちその断面の両側を相互に逆方向にずれさせるように働く力)の数値が198.3となっているから,耐力壁の断面の検討においても設計用せん断力として上記数値が用いられなければならないのに,何の根拠もない80.8という数値が用いられていた。なお,本件プログラムは,標準仕様では,応力解析で得られた数値が耐力壁の断面の検討のために自動的には入力されず手作業で入力しなければならないものであり,本件構造計算書の作成の際に上記検討を自動化するための追加機能は付されていなかった。
3 原審は,上記事実関係等の下において,次のとおり判断して,本件建築確認が国家賠償法1条1項の適用上違法であるとはいえず,上告人の請求は棄却されるべきであるとした。
(1)公務員の公権力の行使が国家賠償法1条1項の適用上違法と評価されるためには,当該公務員が被害者個人に対して職務上の法的義務を負っており,当該公務員がその義務に違反したことが必要であるところ,そもそも,建築主事は建築主の申請に係る建築物の計画について建築確認をするに当たり建築主である個人の財産権を保護すべき職務上の法的義務を負うものとはいえない。
(2)本件構造計算書に上記2(4)アないしウのような偽装がされていたとしても,本件建築主事には本件建築確認において建築物の計画が建築基準関係規定に適合するかどうかの審査をするに当たり何らの職務上の注意義務違反も認められない。
4(1)建築士法によれば,一級建築士を含む建築士は,建築又は土木に関する知識及び技能を有するものとして所定の要件に該当する者を対象として,設計及び工事監理に必要な知識及び技能について行われる試験(12条から15条まで)に合格し,国土交通大臣又は都道府県知事の免許を受けた者であり(2条1項から4項まで,4条1項,2項),その業務を誠実に行い,建築物の質の向上に努めなければならないほか,設計を行う場合においては,これを法令又は条例の定める建築物に関する基準に適合するようにしなければならないものとされている(18条1項,2項)。そして,同法3条から3条の3までによれば,各条に定める建築物の新築等をする場合には,それぞれ当該各条に規定する建築士でなければその設計及び工事監理をすることができず(違反した場合の罰則につき同法35条3号参照),建築基準法5条の4によれば,それらの建築士の設計及び工事監理によることなくその工事をすることもできないものとされている(違反した場合の罰則につき同法99条1項1号参照)。これらの規定の趣旨は,建築物の新築等をする場合におけるその設計及び工事監理に係る業務を,その規模,構造等に応じて,これを適切に行い得る専門的技術を有し,かつ,法令等の定める建築物の基準に適合した設計をし,その設計図書のとおりに工事が実施されるように工事監理を行うべき旨の法的責務が課せられている建築士に独占的に行わせることにより,建築される建築物を建築基準関係規定に適合させ,その基準を守らせることとしたものであって,建築物を建築し,又は購入しようとする者に対し,建築基準関係規定に適合し,安全性等が確保された建築物を提供することを主要な目的の一つとするものである(最高裁平成12年(受)第1711号同15年11月14日第二小法廷判決・民集57巻10号1561頁参照)。
 次に,建築基準法によれば,建築主は,同法6条1項各号に掲げる建築物の建築等の工事につき,あらかじめその計画が建築基準関係規定に適合するものであることについて建築主事の審査及び建築確認を受けなければ,上記工事をすることができないものとされており(同条1項,4項,6項),これは,建築基準関係規定に違反する建築物の出現を未然に防止することを目的とするものであるところ(最高裁昭和58年(行ツ)第35号同59年10月26日第二小法廷判決・民集38巻10号1169頁参照),同条1項及び建築基準法施行令9条によれば,建築主事による審査の基準となる建築基準関係規定とは,同法並びにこれに基づく命令及び条例の規定その他同条各号に掲げる各法律の規定並びにこれらの規定に基づく命令及び条例の規定で建築物の敷地,構造又は建築設備に係るものをいうと具体的に定められている。また,同法6条7項によれば,建築確認を受けようとする建築主が提出すべき確認の申請書は,所定の様式によって作成すべきものとされ,その様式は,同項の委任を受けた建築基準法施行規則(平成13年国土交通省令第128号による改正前のもの)1条の3において,添付すべき図書の種類並びに申請書及びこれらの図書に記載すべき事項を含めて具体的に定められており,同法6条3項によれば,申請に係る計画が建築士法3条から3条の3までの規定に違反するときは,建築主事は申請書を受理することができないものとされている。そして,建築基準法6条4項,5項によれば,建築主事は,同条1項1号から3号までに掲げる建築物の計画について申請書を受理した場合には,これを受理した日から21日以内に,その計画が建築基準関係規定に適合するかどうかを審査し,適合すると認めたときは確認済証を,適合しないと認めたとき又は申請書の記載によっては適合するかどうかを決定できない正当な理由があるときは,その旨及びその理由を記載した通知書を,それぞれ申請者に交付しなければならないとされている。このように建築主の確認の申請に対する応答期限が設けられたのは,建築確認制度が建築主の建築の自由に対する制限となり得ることから,確認の申請に対する応答を迅速にすべきものとし,建築主に資金の調達や工事期間中の代替住居・営業場所の確保等の事前準備などの面で支障を生じさせることのないように配慮し、建築の自由との調和を図ろうとしたものと解される(最高裁昭和55年(オ)第309号,第310号同60年7月16日第三小法廷判決・民集39巻5号989頁参照)。
(2)ア 建築確認制度の根拠法律である建築基準法は,建築物の構造等に関する最低の基準を定めて,国民の生命,健康及び財産の保護を図り,もって公共の福祉の増進に資することを目的としており(1条),上記(1)のような規制も,この目的に沿って設けられているところである。しかるところ,建築士が設計した計画に基づいて建築される建築物の安全性が第一次的には上記(1)のような建築士法上の規律に従った建築士の業務の遂行によって確保されるべきものであり,建築士の設計に係る建築物の計画についての建築主による建築基準法6条1項に基づく確認の申請が,自ら委託(再委託を含む。以下同じ。)をした建築士の設計した建築物の計画が建築基準関係規定に適合することについての確認を求めてするものであるとはいえ,個別の国民である建築主が同法1条にいう国民に含まれず,その建築する建物に係る建築主の利益が同法における保護の対象とならないとは解し難い。建築確認制度の目的には,建築基準関係規定に違反する建築物の出現を未然に防止することを通じて得られる個別の国民の利益の保護が含まれており,建築主の利益の保護もこれに含まれているといえるのであって,建築士の設計に係る建築物の計画について確認をする建築主事は,その申請をする建築主との関係でも,違法な建築物の出現を防止すべく一定の職務上の法的義務を負うものと解するのが相当である。以上の理は,国民の社会生活上の重要な要素としての公共性を有する建築物の適正を公的に担保しようとする建築基準法の趣旨に沿うものであり,建築物の適正を担保するためには専門技術的な知見が不可欠であるという実情にもかなうものということができる。 
イ そこで,建築主事が負う職務上の法的義務の内容についてみるに,上記(1)のとおり,建築士の設計に係る建築物の計画について建築主事のする確認は,建築主からの委託を受けた建築士により法令又は条例の定める基準に適合するように設計されたものとして当該建築主により申請された当該計画についての建築基準関係規定との適合性の審査を内容とするものであり,建築士は建築士法に基づき当該計画が上記基準に適合するように設計を行うべき義務及びその業務を誠実に行い建築物の質の向上に努めるべき義務を負うものであることからすると,当該計画に基づき建築される建築物の安全性は,第一次的には建築士のこれらの義務に従った業務の遂行によって確保されるべきものであり,建築主事は,当該計画が建築士により上記の義務に従って設計されるものであることを前提として審査をすることが予定されているものというべきである。このことに加え,上記(1)のとおり申請書及び法令上これに添付すべき図書(以下併せて「申請書類」という。)の記載事項等がこれらの様式や審査期間を含めて法令で個別具体的に規定されていること等に鑑みると,建築主事による当該計画に係る建築確認は,例えば,当該計画の内容が建築基準関係規定に明示的に定められた要件に適合しないものであるときに,申請書類の記載事項における誤りが明らかで,当該事項の審査を担当する者として他の記載内容や資料と符合するか否かを当然に照合すべきであったにもかかわらずその照合がされなかったなど,建築主事が職務上通常払うべき注意をもって申請書類の記載を確認していればその記載から当該計画の建築基準関係規定への不適合を発見することができたにもかかわらずその注意を怠って漫然とその不適合を看過した結果当該計画につき建築確認を行ったと認められる場合に,国家賠償法1条1項の適用上違法となるものと解するのが相当である(なお,建築主事がその不適合を認識しながらあえて当該計画につき建築確認を行ったような場合に同項の適用上違法となることがあることは別論である。)。
ウ もっとも,上記イに示した場合に該当するときであっても,建築確認制度は建築主が自由に建物を建築することに対して公共の福祉(建築基準法1条)の観点から設けられた規制であるところ,建築士が設計した計画に基づいて建築される建築物の安全性は第一次的には上記(1)のような建築士法上の規律に従った建築士の業務の遂行によって確保されるべきものであり,建築主は自ら委託をした建築士の設計した建築物の計画につき建築基準関係規定に適合するものとして建築確認を求めて建築主事に対して申請をするものであることに鑑みると,その不適合に係る建築主の認識の有無又は帰責性の程度,その不適合によって建築主の受けた損害の性質及び内容,その不適合に係る建築主事の注意義務違反の程度又は認識の内容その他の諸般の事情に照らして,建築確認の申請者である建築主が自らの申請に応じて建築主事のした当該計画に係る建築確認の違法を主張することが信義則に反するなどと認められることにより,当該建築主が当該建築確認の違法を理由として国家賠償法1条1項に基づく損害賠償請求をすることができないものとされる場合があることは否定できない。
(3)ア これを本件についてみるに,本件建築物の2階以上の梁間方向の耐震壁が1枚の有開口耐震壁としてモデル化されていた点については,本件建築確認当時の建築基準関係規定には建築物のモデル化の在り方や内容に関する定めはなく,本件建築物の計画が建築基準関係規定に明示的に定められた要件に適合しないものであるとはいえない。
イ 次に,本件建築物の1階の剛性率が10分の6以上とされていた点については,建築士によって作成された申請書類には,適切な入力データに基づき大臣認定プログラムにより計算された結果として記載されていたものであるところ,本件建築物の1階は2階以上と比べて耐震壁が大幅に少ないことが申請書類の記載内容から看取されるとしても,そのことから直ちに,1階の柱などの設計内容いかんにかかわらず1階の剛性率が10分の6以上となることがあり得ないとはいえないから,申請書類の記載事項における誤りが明らかであったとはいえず,本件建築主事が1階の剛性率及びその基礎となる入力データの各数値の適否につき疑問を抱き,申請者に他の資料の提出を求めてそれらと符合するか否かを確かめるなどしなかったことをもって,当該事項の審査を担当する者として職務上当然に照合すべきであったにもかかわらずその照合がされなかったともいえない。
ウ さらに,耐力壁の断面の検討における設計用せん断力に虚偽の数値が用いられていた点については,建築士によって作成された申請書類には当該数値が上記イと同様の方法による計算に基づくものとして記載されていたところ,本件プログラムは標準仕様では応力解析で得られた数値が耐力壁の断面の検討のために自動的には入力されず手作業で入力しなければならないものであり,本件構造計算書の作成の際に上記検討を自動化するための追加機能は付されていなかったが,大臣認定プログラムは100種類以上あってその種類や追加機能の有無によって手作業で入力すべき項目の範囲等は多種多様であるため,建築主事が個々のプログラムについて耐力壁の断面の検討のために手作業で入力すべき項目の有無や範囲等を逐一把握するのは所定の審査の期限を考慮すると困難である上,本件プログラムの出力結果が膨大なものであり手作業で入力された数値も相当多岐にわたることは記録上明らかであるから,申請書類の記載事項における誤りが明らかであったとはいえず,本件建築主事が手作業で入力された各数値の適否につき疑問を抱き本件プログラムの出力結果から必要なデータを抽出してそれらのデータと符合するか否かを逐一確かめるなどしなかったことをもって,当該事項の審査を担当する者として職務上当然に照合すべきであったにもかかわらずその照合がされなかったともいえない。
エ 以上によれば,上記アないしウの各点のみから,本件建築主事が職務上通常払うべき注意をもって申請書類の記載を確認していればその記載から本件建築物の計画の建築基準関係規定との不適合を発見することができたにもかかわらずその注意を怠って漫然とその不適合を看過したものとは認められず,他にそのように認められるべき事情もうかがわれないから,本件建築確認が国家賠償法1条1項の適用上違法となるとはいえない。
5 以上に説示したところによれば,本件建築確認が国家賠償法1条1項の適用上違法であるとはいえないとした原審の判断は,前記3(1)の点については是認することができないが,同(2)の点については以上と同旨をいうものとして是認することができる。したがって,結局,論旨は採用することができない。
 よって,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。なお,裁判官田原睦夫の補足意見,裁判官寺田逸郎,同大橋正春の補足意見がある。

 裁判官田原睦夫の補足意見は,次のとおりである。

 私は,法廷意見に与するものであるが,本件につき寺田裁判官,大橋裁判官による補足意見(以下「寺田・大橋意見」という。)が述べられていることに鑑み,同意見にて指摘される各論点についての私の見解をも含めて以下のとおり補足的に意見を述べる。
1 先ず,国家賠償法の規定が,その立法当時の一般不法行為法における違法性論の影響の下に定められたものであることは,寺田・大橋意見にて指摘されているとおりである。しかし,そうであっても,国家賠償法は一般不法行為法の特別法として位置付けられるものである以上,その後の一般不法行為法に関する学説,判例法理の進展の影響を受けるのは当然であって,現時点において同法の解釈をなすに当たっても,現在の一般不法行為法において認められている法理を踏まえた上で考察すべきものというべきである。
 かかる観点からすると,寺田・大橋意見が,「被侵害利益の種類・性質と侵害行為の態様との相関関係を中心として判断されてきた一般不法行為法上の……『違法性』の枠組みの中では,……建築士への委託者であり,建築主事の審査について申請人の立場にある建築主と基準に適合し損なった建築物によって被害を受けた第三者とでは被侵害利益の種類・性質において意味のある違いがあるから,賠償を求めるについての相手方行為者の注意義務の内容・レベルにおいて両者の間に差を見いだすことにさほど困難があるとも思えない」とされる点については,到底賛同し難い。
2 建築確認制度による保護法益は,申請人自身の建築の利益ではなく,申請された建物が建築されることに関する公益的見地からの当該建物自体の安全性(所有者,居住者,利用者の安全,健康の確保)及び周辺住民の安全,健康の確保(日影規制,防火性,防災上の見地からの接道規制,道路位置指定等)にあると解される。また,建築確認処分は,飽くまで建築物の計画の適否についての処分であって,その違法性の有無は,その対象となる建築物の計画そのものが法令上の要件を満たしているか否かであり,その確認申請を行った当事者の人的属性の如何は全く問われていないのであって,その意味で「対物的な処分」ということができるものである。
3 本件で問われているのは,建築確認処分により適法であると認められた計画に係る建物それ自体の安全性の有無であり,その処分の対象となる保護法益の対象者は,建物の所有者,居住者,利用者であって,それら保護法益の対象者が,建築主であるか否かによって安全性の有無,程度の差異が問われることはないというべきである。
 寺田・大橋意見は,建物の建築主と,違法建築によって被害を受けた第三者とでは,相手方の注意義務の内容・レベルに差異が生じて然るべきであるとするところ,同意見によれば,建築確認処分という一個の処分行為について,建物の建築主との関係で適法(注意義務違反がない)とされた建物であっても,その建築主から第三者に所有権が移転された場合には,違法性が問題になる余地がある(違法性の人的相対性)と解するものと理解されるが,かかる見解には到底左袒し難い(最高裁平成17年(受)第702号同19年7月6日第二小法廷判決・民集61巻5号1769頁,最高裁平成21年(受)第1019号同23年7月21日第一小法廷判決・裁判集民事237号293頁参照)(注1)。
(注1)なお,寺田・大橋意見では,両判決は,建物の建築に携わる設計者等の居住者等に対する不法行為責任を認めた判決であって,これらの判決の趣旨がここでの議論に何らの手掛りを提供するものではないとされるが,私が両判決をここに参照判決として提示したのは,居住者等に対して設計者等が設計・監理上の不法行為責任を負う場合には,一般に設計・監理の委託者たる建築主に対しても契約責任の外に不法行為責任を負うところ(両請求権は競合する。),その場合の違法性の有無は建築主と第三者とで異ならないと解されるところにある。
 次に,寺田・大橋意見において,違法性を被害者との関係で捉える姿勢を示したものとして引用される最高裁昭和53年(オ)第1240号同60年11月21日第一小法廷判決・民集39巻7号1512頁は,在宅投票制度廃止に係る立法不作為の違法を問うものであり,また,問題となった法の目的が賠償を請求する者の受けた損害の防止を目的とするものでないことを理由に賠償を否定する例として引用される裁判例は,何れも対象となる法律の保護法益の捉え方に関わる事例であって,同一の保護法益についての違法性の有無について人的相対性が問われている事例ではない。
4 建築主が,自ら委託した建築士による不適法な建築確認申請に対してなされた建築確認処分について,その処分の違法性を主張して国家賠償法上の損害賠償を請求することが社会的に許容されないことは有り得るところであるが,それは,自ら委託した建築士の偽装や過誤に基づく建築確認処分の違法を問うことが,過失相殺や信義則等の一般法理の下で認められるべきではないということによるものであって,建築確認処分の違法性が人的相対性によって論じられることによるものではないものというべきである(注2)。
(注2)その比較において必ずしも適正な例ではないが,ビルの外壁のタイルが剥がれ落ちて通行人が負傷したという民法717条の工作物責任が問われる事例において,外壁タイルの保全を怠った占有者の管理の瑕疵が問われる場面における「瑕疵」の有無は,飽くまで客観的に決せられるべきものであって,その被害者が第三者か所有者かによって異なるものではない。―被害者が所有者の場合に,管理責任を全うすることができない者に管理を委ねたことによる過失相殺等が別途問題となり得るが,そのことと客観的に認定されるべき「瑕疵」の有無とは関連しないことは明らかであろう。
5 追って,私見では,客観的な注意義務違反は,基本的には違法性の判断枠組みの中に吸収されるべきものと考えるが,国家賠償法1条における責任の有無を問うに当たって主観的な側面における過失の有無を検討せざるを得ない場合があることは否めず(最高裁昭和55年(オ)第401号同57年1月19日第三小法廷判決・民集36巻1号19頁,最高裁昭和63年(行ツ)第41号平成3年7月9日第三小法廷判決・民集45巻6号1049頁参照),その場合の過失判断の基準について更に論議されるべき問題点が存するが,本件においてその点について更に論ずべき必要性を認めないので,これ以上論及することはしない。

 裁判官寺田逸郎,同大橋正春の補足意見は,次のとおりである。

1 本件における議論の焦点の一つは,建築主事の違法行為による府の損害賠償責任を追及しているのが,虚偽の申請データを作出した建築士の委託者に当たり,建築確認申請をした建築主であるということをどのように位置付けるかである。この点について,法廷意見は,「建築主にとって建築確認が適正に行われることの利益を建築確認制度における保護の対象とみることはできず,建築主が建築主事の注意義務違反を根拠として国家賠償法に基づき府に損害賠償を求める余地はない。」という原審のような見方を否定しつつ,建築主の立場を考慮し,諸事情によっては信義則などを根拠に損害賠償を求めることができないことがあるとの留保を示して,例外的に建築主への損害賠償を否定する結論が導かれる場合があることを示唆する。
2 法廷意見に示されたとおり,建築基準法による建築確認制度の下では,建築物を法令等の定める基準に適合させることを,資格のある建築士でなければ建築計画を作成して建築確認の申請をすることができないとすることなどによって,まずは建築士の任務が適正に果たされることにより確保しようとする仕組みとしていると解される。そうであるとすると,建築計画の作成及び建築確認の申請を建築士に委託することにより行う関係にある建築主が建てた建築物が結果的に法令等による基準に適合しないものであることが判明し,その原因が建築士の任務懈怠にある場合に,建築主が建築確認の在り方に問題を見いだし,損害賠償責任を追及しようとするにおいては,建築士の任務遂行についての監督上の違法による賠償責任を問うのが本来の在り方であるというべきかもしれない。しかし,建築基準法に基づき行われる建築確認申請における建築主事の審査においては,申請を建築士の任務が適正に行われているかどうかという観点だけから審査し,建築物の法令等基準適合性を確保しようとする基本姿勢が貫かれているわけではなく,建築士の任務が適正に行われていることをレビューする趣旨を含めつつ,より一般的な形で建築物の法令等基準適合性を確保すべく,建ぺい率その他建築物の社会的な存在としての適格性に係る項目のみならず不動産自体としての安全性に係る項目をも対象として行われることによって安全性等を確保し,もって,制度が全体としては社会的存在にふさわしい建築物が建てられるべきことを確保するについて公的な役割を果たしているものであると解されるから,結局,建築主事の審査における任務懈怠がある場合に,建築主に対する関係でも,そのことを理由とする国家賠償法上の責任を否定し切ることはできないとの帰結に落ち着くのである。
 ただ,そうであっても,建築確認制度の適正な運用によって保護される利益という観点からは,もともと建築確認制度の規制を受ける側にあり,建築士の委託者に当たる建築主と瑕疵ある建築物によって被害を受ける第三者とでは,利益を主張し,賠償請求をするにつき異なる立場にあることもまた否定できない。
3 当審における多くの国家賠償法に関する裁判例において,同法に基づく責任を検討する上で一般不法行為法において観念される違法性がどのような意味を有しているかと問うた場合に,その答えは一様ではないであろう。国家賠償法における「違法に」の要件が,その立法当時一般不法行為法における解釈論として通説的地位を占めるに至っていた違法性論の影響を受けたものであることは広く指摘されているところであるものの,それが国家賠償法の要件としての違法性を一般不法行為法の解釈上の違法性と内容的に同一のものとして捉えなければならないという結論を導くことにはなるまい。とはいえ,国家賠償法が一般不法行為法の特則として損害賠償の根拠とその要件を規定したものであるという位置付けからみれば,国家賠償法における責任を検討するに当たって一般不法行為法における違法性の判断枠組みが基盤としても意味をなさないこともまた考えにくい。
 国家賠償法の制定以前からの解釈論の進展を前提に、被侵害利益の種類・性質と侵害行為の態様との相関関係を中心として判断されてきた一般不法行為法上の「違法性」を,権利を含めた法律上保護された利益の侵害と客観的様相を深めた行為義務違反としての過失とを総合的に判断する契機として捉えることができるとすると,このような注意義務を総合的に判断する契機としての「違法性」の枠組みの中では,本来,基準に適合する建物であることを確保すべき義務を負っている建築士への委託者であり,建築主事の審査について申請人の立場にある建築主と基準に適合し損なった建築物によって被害を受けた第三者とでは被侵害利益の種類・性質において意味のある違いがあるから,賠償を求めるについての相手方行為者の注意義務の内容・レベルにおいて両者の間に差を見いだすことにさほど困難があるとも思えない(注1)。では,このことを国家賠償法の要件該当性を検討するに当たってどのように位置付けるか。 
 当審の裁判例においても,国家賠償法1条1項に基づく責任は「公権力の行使に当たる公務員が個別の国民に対して負担する職務上の法的義務に違背して当該国民に損害を加えたときに」生ずると述べて,上記の意味での違法性を被害者との関係で捉える姿勢を一般論として示したものがあり(最高裁昭和53年(オ)第1240号同60年11月21日第一小法廷判決・民集39巻7号1512頁),また,問題となった法の目的が賠償を請求する者の受けた損害の防止を目的とするものではないことを理由に賠償を否定するいくつかの裁判例(最高裁昭和61年(オ)第1152号平成元年11月24日第二小法廷判決・民集43巻10号1169頁,最高裁平成18年(受)第263号同20年4月15日第三小法廷判決・民集62巻5号1005頁等)においては,被侵害利益の性質が考慮されることによって上記の意味での違法性が否定されていると理解することができる。したがって,本質的には,国家賠償法の解釈においても,加害公務員の注意義務の内容・レベルを検討するに当たって被侵害利益の種類・性質を考慮することが肯定されていると考えられ,それを一歩進めるならば,上記の被侵害利益を異にする場合の賠償請求におけるそれぞれの加害公務員側の注意義務の内容・レベルには違いがあるとすることも解釈として可能な範囲内にあるといえよう(注2)。もっとも,国家賠償法においては,条文上「過失」とは別の要件として「違法性」が明文で定められているから,これをそのいずれの要件の問題とするかの問題は残る。この点に関し,少なくとも行政行為に類する公権力の行使が問題とされている事例において注意義務の内容・レベルを論ずる当審の裁判例は,違法性を抽象的な職務基準からの離脱として観念する志向を維持しようとする立場を基本とし,注意義務の内容・レベルの設定において具体的な事実関係の下で結果回避を困難ならしめる事情の有無に左右される度合いが強いと思われる場合にはこれを過失の問題とし(例えば,最高裁昭和63年(行ツ)第41号平成3年7月9日第三小法廷判決・民集45巻6号1049頁,最高裁平成14年(受)第687号同16年1月15日第一小法廷判決・民集58巻1号226頁,最高裁平成12年(受)第243号,同17年(オ)第251号同17年4月19日第三小法廷判決・民集59巻3号563頁),抽象的なレベルにとどまると思われる場合にはこれを違法性の問題としている(例えば,前掲最高裁平成元年11月24日第二小法廷判決)ように思われ(注3),それに従うならば,本件のような建築確認における建築主に対する関係での建築主事の注意義務については,これを建築主が建築確認申請における申請者の立場にあることをより重視するか,虚偽の申請データを作出した建築士の委託者である立場にあることをより重視するかというような違いによって,いずれに属するかを決めることになるという見方ができようが,いずれにせよ,違法性に関わるものと捉える立場もあり得ないところではないと考えられる。
(注1)田原裁判官は,ここでいう違法性を人的相対性をもって捉えることを一般不法行為法上理論的に相当でないとされ,その考え方に沿ったものとして最高裁平成17年(受)第702号同19年7月6日第二小法廷判決・民集61巻5号1769頁等を引用されるが,建築主からの賠償請求が否定され,あるいは制限される一方,その後の建物の転得者が賠償を求めることができるとすること自体には何ら不都合はないし(信義則による賠償請求の否定でもこの状況に変わりはない。),これらの判決の事案では,建物の建築に携わる設計者等の当該建物の買主等の第三者に対する不法行為責任が問題とされていて,そこでは設計者等が設計等を行う場合の注意義務について,責任を追及する側に建物としての基本的な安全性を左右する契機が与えられているわけではないから,責任を追及する側の立場によって責任を追及される側の注意義務の内容・レベルに意味のある差を見いだせるかを問題とすることができる場面ではなく,これらの判決の趣旨がここでの議論に何らの手がかりを提供するものではない。
(注2)田原裁判官は,一個の行政処分について場合によって違法性が認められたり認められなかったりすることへの違和感を示されるが,同じ処分であっても,相手方がどのような利益を侵害されたと主張するかによって,当該処分のどの側面を捉えて注意義務違反を見いだすかにおいて異なる扱いがいくつかの裁判例でもされている旨の指摘がある。
(注3)もっとも,最高裁平成元年(オ)第930号,第1093号同5年3月11日第一小法廷判決・民集47巻4号2863頁が,所得税の確定申告につき必要経費を過少に認定して増額更正した税務署長の処分を違法として申告者がする国家賠償法に基づく賠償請求(ただし,請求内容は慰謝料)を否定するに当たって,請求をする者の申告納税義務者としての立場にとどまらず,その者が税務署長の調査に協力して必要経費が過少であることを明らかにしようとしなかったという具体的な事情をも考慮するがごとく論じた上,「国家賠償法1条1項にいう違法があったと」はいえないとしていることなどからすると,ここでも被侵害利益などの要因をも視野に入れた詳細な検討が必要となるかもしれない。
4 以上の次第で,建築主の利益が国賠請求における保護対象となるかどうかに着目し,建築主に対しては建築主事の行為による府の責任を否定した本件の原審,あるいは審査を誤ったことにつき建築主事の故意・重過失を要するとした上で府の責任を否定した一審の各判断は,その要件論の具体的な内容はともかく,これを広い意味での違法性の問題と捉えたアプローチ自体が直ちに誤りであるとまではいい難いことに留意を要する。ただ,上記2及び3のような議論はあり得るものの,建築主事に第三者に対する関係での府の賠償責任を引き出すような注意義務違反すら認められない本件においてこれ以上の議論に踏み込むことには躊躇を覚えるところであり,ここでは,この問題の解決策として一つの代表例を示した上記1どおりの法廷意見に与しつつ,上記留意点を指摘するにとどめ,国家賠償法の解釈の構造に係る更に進んだ議論の展開は,別の機会に譲ることとしたい。
(裁判長裁判官 寺田逸郎 裁判官 田原睦夫 裁判官 岡部喜代子 裁判官 大谷剛彦 裁判官 大橋正春)