損害賠償請求事件 最高裁判所第三小法廷平成24年(オ)第888号 平成26年5月27日判決

       主   文

原判決中,上告人敗訴部分を破棄する。
前項の部分につき,本件を広島高等裁判所に差し戻す。

       理   由

 上告代理人久笠信雄ほかの上告理由について
1 本件は,上告人(広島県府中市)の市議会議員(以下,府中市議会を「市議会」といい,その議長及び議員をそれぞれ「議長」及び「議員」という。)であった被上告人が,府中市議会議員政治倫理条例(平成20年府中市条例第26号。以下「本件条例」という。)4条3項に違反したとして,議員らによる審査請求,市議会による警告等をすべき旨の決議,議長による警告等を受けたため,同条1項及び3項の規定のうち,議員の2親等以内の親族が経営する企業(以下「2親等内親族企業」という。)は上告人の工事等の請負契約等を辞退しなければならず,当該議員は当該企業の辞退届を徴して提出するよう努めなければならない旨を定める部分(以下,この部分を「本件規定」といい,これによる上記の規制を「2親等規制」という。)は,議員の議員活動の自由や企業の経済活動の自由を侵害するものであって違憲無効であり,本件条例4条3項違反を理由としてされた上記審査請求等の一連の手続は違法であるなどと主張して,上告人に対し,国家賠償法1条1項に基づき,慰謝料等の支払を求める事案である。
2 原審の確定した事実関係等の概要は,次のとおりである。
(1)平成20年3月31日に公布され施行された本件条例は,4条1項において,議員,その配偶者若しくは当該議員の2親等以内の親族(姻族を含む。)又は同居の親族が経営する企業及び議員が実質的に経営に関与する企業は,地方自治法92条の2の規定の趣旨を尊重し,災害等特別な理由があるときを除き,上告人の工事等の請負契約,下請契約及び委託契約を辞退しなければならない旨規定し,4条3項において,同条1項に該当する議員は,市民に疑惑の念を生じさせないため,責任をもって当該企業の辞退届を徴するなどして提出するよう努めなければならない旨規定しており,同条4項によれば,上記の辞退届は,市長に提出し,その写しを議長に送付するものとされている(なお,同条1項においてその趣旨を尊重すべきものとされている地方自治法92条の2は,普通地方公共団体の議会の議員は,当該普通地方公共団体に対し請負をする者等又は主として同一の行為をする法人の取締役等となることができない旨規定し,同法127条1項は,これに違反した場合には,当該議員はその職を失う旨規定している。)。
 本件条例によれば,議員について本件条例4条に違反する疑いがあると認められるときは,市民にあっては議員の選挙権を有する者の総数の100分の1以上の者の連署,議員にあっては議員の定数の8分の1以上の者の連署をもって,違反していると疑うに足りる事実の証拠資料を添えて,審査請求書により議長に審査請求をすることができ(5条1項),議長は,上記審査請求を受けたときは,10日以内に府中市議会議員政治倫理審査会(以下「審査会」という。)を設置し,これにその審査を付託しなければならず(6条1項),審査会は,議長から上記の審査を付託されたときは,〔1〕上記審査請求の適否,〔2〕本件条例4条等に違反する行為の存否,〔3〕市議会において講ずべき措置の有無及びその内容について審査を行い,審査を付託された日から90日以内にその審査結果を議長に報告しなければならないとされている(7条1項,6項)。そして,議長は,上記審査結果の報告を受けたときは,速やかに当該審査結果を請求者及び審査対象議員に通知するとともに,市議会に諮り,これを市民に公表するものとされており(9条1項),また,議長は,審査会から報告を受けた事項を尊重し,議会の名誉と品位を守り,市民の信頼を回復するために,市議会に諮り,上記の違反行為があったと認められる議員に対して,〔1〕本件条例の規定を遵守させるための警告を発すること,〔2〕議員の辞職勧告を行うこと,〔3〕その他議長が必要と認める措置を講ずることができるとされている(同条2項)。なお,上記審査結果の公表は,市議会の広報誌への掲載をもって行うものとされている(府中市議会議員政治倫理条例施行規則(平成20年府中市議会規則第1号)10条)。
(2)被上告人は,平成10年4月から同22年3月までの間,市議会の議員であった。
 A社(以下「本件会社」という。)は,土木建築請負等を業とする株式会社であり,被上告人の2親等以内の親族である被上告人の兄がその代表者を務めている。
 本件会社は,平成20年10月9日に実施された入札により,上告人との間で,報酬を520万5900円とする道路工事の請負契約(以下「本件請負契約」という。)を締結した(なお,上告人においては,府中市希望型指名競争入札要綱や条件付一般競争入札要綱等を作成し,これらに基づき競争入札を実施して請負契約等を締結しているが、これらの要綱等には,2親等内親族企業について入札資格を制限する規定は設けられていない。)。その後,本件会社は,本件請負契約を辞退することなく,上記道路工事を行った。
(3)議員ら4名は,平成20年11月4日,被上告人が本件会社による本件請負契約の締結に関して本件条例4条3項に違反したとして,本件条例5条1項に基づき,議長に審査請求(以下「本件審査請求」という。)をした。 
 議長は,本件審査請求を受けて,同月13日,本件条例6条1項に基づき,審査会を設置した。審査会は,同月25日から平成21年2月3日まで5回にわたり審査を行い,同日付けで,被上告人につき本件条例4条3項に違反する行為があったと認定し,市議会において本件条例の規定を遵守させるための警告を発する措置を講ずべき旨の審査結果を議長に報告した。議長が上記報告を受けて市議会に諮ったところ,市議会は,同年3月2日,被上告人に対して本件条例の規定を遵守させるための警告を発すべき旨及び上記審査結果を市民に公表すべき旨の決議をした。
 議長は,上記決議を受けて,同月31日,被上告人に対し,本件条例9条2項1号所定の警告の措置を執るとともに(以下,本件審査請求並びにこれに続く上記の審査会の設置,審査結果の報告,警告等をすべき旨の決議及び警告の措置を併せて「本件審査請求等」という。),同年5月1日付けの市議会の広報誌に上記審査結果を掲載してこれを公表した。
3 原審は,上記事実関係等の下において,要旨次のとおり判断して,本件審査請求等及び上記審査結果の公表が違法であるとしてされた慰謝料等の請求を一部認容すべきものとした。
(1)本件規定による2親等規制は,議員に対し,上告人の工事等の請負契約等につき2親等内親族企業の辞退届を徴して提出するよう努める義務を課し,これに違反したと認められるときは警告や辞職勧告等の措置を講ずるとする点において,当該議員の議員活動の自由についての制約となるものといえ,また,2親等内親族企業が上告人の工事等の請負契約等を辞退しなければならないなどとする点において,当該企業の経済活動の自由についての制約となるものといえる。
(2)憲法15条1項及び93条2項の趣旨に照らして憲法21条1項による保障が及ぶと解される議員の議員活動の自由並びに憲法22条1項及び29条による保障が及ぶと解される企業の経済活動の自由について,2親等規制が上記(1)の制約を生じさせることには合理性や必要性が認められないから,本件規定は,憲法21条1項並びに憲法22条1項及び29条に違反し,違憲無効である。そして,このように無効な本件規定に違反したことを理由としてされた本件審査請求等は国家賠償法上違法であり,上告人には本件審査請求等により被上告人が被った損害を賠償する責任がある。
4 しかしながら,原審の上記(2)の判断は是認することができない。その理由は,次のとおりである。
(1)本件規定が憲法21条1項に違反するかどうかは,2親等規制による議員活動の自由についての制約が必要かつ合理的なものとして是認されるかどうかによるものと解されるが,これは,その目的のために制約が必要とされる程度と,制約される自由の内容及び性質,具体的な制約の態様及び程度等を較量して決するのが相当である(最高裁昭和52年(オ)第927号同58年6月22日大法廷判決・民集37巻5号793頁,最高裁昭和61年(行ツ)第11号平成4年7月1日大法廷判決・民集46巻5号437頁等参照)。
 本件条例は,議員の政治倫理に関する規律の基本となる事項を定めることにより議員の政治倫理の確立を主権者たる市民に宣言し,もって市民に信頼される清浄で民主的な市政の発展に寄与することを目的とし(1条),議員は,市民全体の奉仕者として,自らの役割を深く自覚し,市民に対し,常に政治倫理に関する高潔性を示すよう努めるとともに,その使命の達成に努めなければならないと定めており(2条),これらの本件条例の趣旨及び目的や前記2(1)の本件条例4条1項及び3項の文言等に鑑みると,本件規定による2親等規制の目的は,議員の職務執行の公正を確保するとともに,議員の職務執行の公正さに対する市民の疑惑や不信を招くような行為の防止を図り,もって議会の公正な運営と市政に対する市民の信頼を確保することにあるものと解され,このような規制の目的は正当なものということができる。
 本件規定による2親等規制は,上記の目的に従い,議員の当該企業の経営への実質的な関与の有無等を問うことなく,上告人の工事等の請負契約等の相手方が2親等内親族企業であるという基準をもって,当該議員に対し,当該企業の辞退届を徴して提出するよう努める義務を課すものであるが,議員が実質的に経営する企業であるのにその経営者を名目上2親等以内の親族とするなどして地方自治法92条の2の規制の潜脱が行われるおそれや,議員が2親等以内の親族のために当該親族が経営する企業に特別の便宜を図るなどして議員の職務執行の公正が害されるおそれがあることは否定し難く(地方自治法169条,198条の2等参照),また,2親等内親族企業が上告人の工事等を受注することは,それ自体が議員の職務執行の公正さに対する市民の疑惑や不信を招くものといえる。そして,議員の当該企業の経営への実質的な関与の有無等の事情は,外部の第三者において容易に把握し得るものではなく,そのような事実関係の立証や認定は困難を伴い,これを行い得ないことも想定されるから,仮に上記のような事情のみを規制の要件とすると,その規制の目的を実現し得ない結果を招来することになりかねない。他方,本件条例4条3項は,議員に対して2親等内親族企業の辞退届を提出するよう努める義務を課すにとどまり,辞退届の実際の提出まで義務付けるものではないから,その義務は議員本人の意思と努力のみで履行し得る性質のものである。また,議員がこのような義務を履行しなかった場合には,本件条例所定の手続を経て,警告や辞職勧告等の措置を受け,審査会の審査結果を公表されることによって,議員の政治的立場への影響を通じて議員活動の自由についての事実上の制約が生ずることがあり得るが,これらは議員の地位を失わせるなどの法的な効果や強制力を有するものではない。これらの事情に加え,本件条例は地方公共団体の議会の内部的自律権に基づく自主規制としての性格を有しており,このような議会の自律的な規制の在り方についてはその自主的な判断が尊重されるべきものと解されること等も考慮すると,本件規定による2親等規制に基づく議員の議員活動の自由についての制約は,地方公共団体の民主的な運営におけるその活動の意義等を考慮してもなお,前記の正当な目的を達成するための手段として必要かつ合理的な範囲のものということができる。
 以上に鑑みると,2親等規制を定める本件規定は,憲法21条1項に違反するものではないと解するのが相当である。
(2)また,本件規定による2親等規制が憲法22条1項及び29条に違反するかどうかについてみるに,上記(1)において説示した点に加え,規制の対象となる企業の経済活動は上告人の工事等に係る請負契約等の締結に限られるところ,2親等内親族企業であっても,上記の請負契約等に係る入札資格を制限されるものではない上,本件条例上,2親等内親族企業は上記の請負契約等を辞退しなければならないとされているものの,制裁を課するなどしてその辞退を法的に強制する規定は設けられておらず,2親等内親族企業が上記の請負契約等を締結した場合でも当該契約が私法上無効となるものではないこと等の事情も考慮すると,本件規定による2親等規制に基づく2親等内親族企業の経済活動についての制約は,前記の正当な目的を達成するための手段として必要性や合理性に欠けるものとはいえず,2親等規制を定めた市議会の判断はその合理的な裁量の範囲を超えるものではないということができる。
 以上に鑑みると,2親等規制を定める本件規定は,憲法22条1項及び29条に違反するものではないと解するのが相当である。
(3)以上のとおり,2親等規制を定める本件規定が憲法21条1項に違反するとはいえず,憲法22条1項及び29条に違反するともいえないことは,当裁判所大法廷判決(前掲最高裁昭和58年6月22日大法廷判決,前掲最高裁平成4年7月1日大法廷判決,最高裁昭和45年(あ)第23号同47年11月22日大法廷判決・刑集26巻9号586頁,最高裁平成12年(オ)第1965号,同年(受)第1703号同14年2月13日大法廷判決・民集56巻2号331頁)の趣旨に徴して明らかというべきである。
5 以上と異なる見解に立って,2親等規制を定める本件規定が違憲無効であるとした原審の判断は,憲法21条1項並びに憲法22条1項及び29条の解釈適用を誤ったものというべきであり,論旨は以上と同旨をいう限度で理由がある。
 以上によれば,原判決中,上告人敗訴の部分は破棄を免れない。そして,被上告人が主張するその他の違法事由の有無等について更に審理を尽くさせるため,上記破棄部分につき本件を原審に差し戻すこととする。
 よって,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 岡部喜代子 裁判官 大谷剛彦 裁判官 大橋正春 裁判官 木内道祥)