損害賠償請求事件 最高裁判所第三小法廷平成27年(受)第1036号 平成28年10月18日判決

       主   文

1 原判決中上告人敗訴部分を破棄する。
2 前項の部分につき,被上告人の控訴を棄却する。
3 報告義務確認請求に関する部分につき,本件を名古屋高等裁判所に差し戻す。
4 第1,2項についての控訴費用及び上告費用は被上告人の負担とする。

       理   由

 上告代理人二島豊太ほかの上告受理申立て理由第3について
1 本件は,弁護士法23条の2第2項に基づく照会(以下「23条照会」という。)をC株式会社(以下「本件会社」という。)に対してした弁護士会である被上告人が,本件会社を吸収合併した上告人に対し,主位的に,本件会社が23条照会に対する報告を拒絶したことにより被上告人の法律上保護される利益が侵害されたと主張して,不法行為に基づく損害賠償を求め,予備的に,上告人が23条照会に対する報告をする義務を負うことの確認を求める事案である。
2 原審の確定した事実関係の概要は,次のとおりである。
 Aは,平成22年2月,Bに対し,株式の購入代金名目で金員を詐取されたと主張して,不法行為に基づく損害賠償を求める訴訟を提起し,同年9月,Bとの間で,BがAに対し損害賠償金を支払うことなどを内容とする訴訟上の和解をした。
 Aの代理人弁護士は,Bに対する強制執行の準備のため,平成23年9月,所属弁護士会である被上告人に対し,弁護士法23条の2第1項に基づき,B宛ての郵便物に係る転居届の提出の有無及び転居届記載の新住所(居所)等について本件会社に23条照会をすることを申し出た。
 被上告人は,上記の申出を適当と認め,平成23年9月,本件会社に対し,上記の事項について23条照会をしたが,本件会社は,同年10月,これに対する報告を拒絶した。
3 原審は,上記事実関係の下において,被上告人の法律上保護される利益の侵害の有無について次のとおり判断して,被上告人の主位的請求を一部認容した。
 23条照会をする権限は,その制度の適正な運用を図るために弁護士会にのみ与えられており,弁護士会は,自己の事務として,個々の弁護士からの申出が制度の趣旨に照らして適切であるか否かについて自律的に判断して上記権限を行使するものである。そして,弁護士会が,23条照会の適切な運用に向けて力を注ぎ,国民の権利の実現を図ってきたことからすれば,23条照会に対する報告を拒絶する行為は,23条照会をした弁護士会の法律上保護される利益を侵害するものとして当該弁護士会に対する不法行為を構成するというべきである。
4 しかしながら,原審の上記判断は是認することができない。その理由は,次のとおりである。
 23条照会の制度は,弁護士が受任している事件を処理するために必要な事実の調査等をすることを容易にするために設けられたものである。そして,23条照会を受けた公務所又は公私の団体は,正当な理由がない限り,照会された事項について報告をすべきものと解されるのであり,23条照会をすることが上記の公務所又は公私の団体の利害に重大な影響を及ぼし得ることなどに鑑み,弁護士法23条の2は,上記制度の適正な運用を図るために,照会権限を弁護士会に付与し,個々の弁護士の申出が上記制度の趣旨に照らして適切であるか否かの判断を当該弁護士会に委ねているものである。そうすると,弁護士会が23条照会の権限を付与されているのは飽くまで制度の適正な運用を図るためにすぎないのであって,23条照会に対する報告を受けることについて弁護士会が法律上保護される利益を有するものとは解されない。
 したがって,23条照会に対する報告を拒絶する行為が,23条照会をした弁護士会の法律上保護される利益を侵害するものとして当該弁護士会に対する不法行為を構成することはないというべきである。
5 以上と異なる原審の判断には,判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。論旨は理由があり,原判決中上告人敗訴部分は破棄を免れない。そして,以上説示したところによれば,被上告人の主位的請求は理由がなく,これを棄却した第1審判決は正当であるから,上記部分につき,被上告人の控訴を棄却すべきである。被上告人の予備的請求である報告義務確認請求については,更に審理を尽くさせる必要があるから,本件を原審に差し戻すこととする。
 よって,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。なお,裁判官岡部喜代子,同木内道祥の各補足意見がある。

 裁判官岡部喜代子の補足意見は,次のとおりである。

 私は,23条照会に対する報告を受けることについて弁護士会が法律上保護される利益を有するものとは解されないとの法廷意見に賛同するものであるが,23条照会に対する報告義務と郵便法上の守秘義務との関係等について補足して意見を述べる。
 23条照会の制度の趣旨は,原審の述べるとおり,弁護士が受任している事件を処理するために必要な事実の調査及び証拠の発見収集を容易にし,事件の適正な解決に資することを目的とするものであり,照会を受けた公務所又は公私の団体は照会を行った弁護士会に対して報告をする公法上の義務を負うものである。ただ,上記の公務所又は公私の団体において報告を拒絶する正当な理由があれば全部又は一部の報告を拒絶することが許される。
 転居届に係る情報は,信書の秘密ないし通信の秘密には該当しないものの,郵便法8条2項にいう「郵便物に関して知り得た他人の秘密」に該当し,上告人はこれに関し守秘義務を負っている。この場合,23条照会に対する報告義務の趣旨からすれば上記報告義務に対して郵便法上の守秘義務が常に優先すると解すべき根拠はない。各照会事項について,照会を求める側の利益と秘密を守られる側の利益を比較衡量して報告拒絶が正当であるか否かを判断するべきである。
 23条照会に対する報告義務が公法上の義務であることからすれば,その義務違反と民法上の不法行為の成否とは必ずしも一致しないとはいえるが,正当な理由のない報告義務違反により不法行為上保護される利益が侵害されれば不法行為が成立することもあり得るところである。しかし,法廷意見の述べるとおり,弁護士会には法律上保護される利益が存在しないので,仮に正当な理由のない報告拒絶であっても弁護士会に対する不法行為は成立しない。

 裁判官木内道祥の補足意見は,次のとおりである。

 私は,法廷意見に賛同するものであるが,23条照会に対する報告を受けることについて弁護士会が法律上保護される利益を有するものとは解されないとの点について、補足して意見を述べる。
 原審が,照会が実効性を持つ利益の侵害により無形損害が生ずることを認めるのは,23条照会に対する報告義務に実効性を持たせるためであると解される。しかし,不法行為に基づく損害賠償制度は,被害者に生じた現実の損害を金銭的に評価し,加害者にこれを賠償させることにより,被害者が被った不利益を補填して,不法行為がなかったときの状態に回復させることを目的とするものであり,義務に実効性を持たせることを目的とするものではない。義務に実効性を持たせるために金銭給付を命ずるというのは,強制執行の方法としての間接強制の範疇に属するものであり,損害賠償制度とは異質なものである。 
 そうすると,弁護士会が23条照会に対する報告を受けられなかったこと自体をもって,不法行為における法律上保護される利益の侵害ということはできないのである。
(裁判長裁判官 木内道祥 裁判官 岡部喜代子 裁判官 大谷剛彦 裁判官 大橋正春 裁判官 山崎敏充)