損害賠償請求本訴,受払金請求反訴事件 最高裁判所第三小法廷平成23年(受)第1496号 平成25年3月26日判決

       主   文

1 原判決中上告人敗訴部分を破棄する。
2(1)前項の部分のうち第1審判決中上告人敗訴部分を取り消し,同部分につき被上告人の請求を棄却する。
(2)第1項の部分に係る被上告人の控訴を棄却する。
3 被上告人は,上告人に対し,4654万4353円及びうち3412万6942円に対する平成22年12月23日から支払済みまで年14%の割合による金員を支払え。
4 訴訟の総費用は被上告人の負担とする。

       理   由

 上告代理人長谷川宅司ほかの上告受理申立て理由について
1 本件本訴は,被上告人が,銀行である上告人との間で行った固定金利と変動金利を交換してその差額を決済する金利スワップ取引(以下「本件取引」という。)に係る2個の契約(以下,それぞれ「本件契約1」,「本件契約2」といい,併せて「本件各契約」という。)を締結した際,上告人に説明義務違反等があったと主張して,上告人に対し,不法行為に基づく損害賠償等を求めるものであり,本件反訴は,上告人が,被上告人に対し,本件各契約に基づく上記差額の支払を求めるものである。なお,反訴は,原審で提起された。
2 原審の適法に確定した事実関係等の概要は,次のとおりである。
(1)被上告人は,足場工事,イベント用足場の設置工事等を目的とする株式会社である。
 被上告人のいわゆるメインバンクはAであり、被上告人の平成14年10月末当時の総借入残高約9億6000万円のうちの約5億円が同銀行からのものであった。 
(2)被上告人は,平成15年3月28日,上告人から合計4000万円を借り入れた。上告人の従業員であるBは,その際,被上告人には変動金利による相当額の借入れが恒常的にあることを知り,同年6月25日,被上告人の代表取締役であるC(以下「C社長」という。)及び財務担当の取締役であったDに対し,金利が上昇した際のリスクヘッジのための商品として,本件取引について説明した。
 本件取引は,当事者間の合意に基づき,同一通貨間で,一定の想定元本(計算上でのみ必要とされる元本をいう。),取引期間等を設定し,固定金利と変動金利を交換してその差額を決済するというもので,プレーン・バニラ・金利スワップと呼ばれる単純なものである。本件取引には,契約締結と同時に取引が始まるスポットスタート型と,契約締結から一定期間経過後に取引が始まる先スタート型がある。
(3)Bは,平成15年6月26日,Dに対し,「金利スワップ取引のご案内(調達コストの上昇リスクヘッジ)」と題する書面(以下「本件提案書」という。)を示して,本件取引の仕組み等について説明した。
 本件提案書には,「金利スワップ取引とは,取引期間において同一通貨間の固定金利と変動金利(キャッシュ・フロー)を交換する取引のことです。」,「取引開始後に変動金利がどのように推移するかによって金利スワップの損益はプラスにもマイナスにもなります。」との記載がされ,条件例及び取引例の記載に続き,本件取引では変動金利として3箇月TIBOR(東京の銀行間市場における金利の利率を特定の方法で平均したものをいう。)が適用される旨,その当時の3箇月TIBOR及び短期プライムレートの数値の記載並びに損益シミュレーションの記載がされていた。そして,本件提案書には,本件取引のメリットとして,「本金利スワップ取引を約定することにより,貴社の将来の調達コストを実質的に確定させることができます。」,「スワップ取引開始日以降は短期プライムレートが上昇しても貴社の調達コストは実質的に一定となり金利上昇リスクをヘッジすることができます。」との記載が,他方,デメリットとして,「現時点で将来の調達コストを実質的に確定させるため,約定時点以降にスワップ金利が低下した場合,結果として割高になる可能性があります。」,「スワップ取引開始日以降は短期プライムレートが低下しても貴社の調達コストは実質的に一定となり金利低下メリットを享受することができません。よって金利スワップを約定しなかった場合と比べて実質調達コストが結果として割高になる可能性があります。」との記載がされていた。さらに,本件提案書には,「必ずお読み下さい」として,「本取引のご契約後の中途解約は原則できません。やむを得ない事情により弊行の承諾を得て中途解約をされる場合は,解約時の市場実勢を基準として弊行所定の方法により算出した金額を弊行にお支払い頂く可能性があります。」との記載がされていた。
(4)Dは,平成15年7月8日,Bから,想定元本4億円,1年先スタート型,取引期間6年の金利スワップ取引について説明を受け,C社長の意思を確認した上で,契約を締結することとした。そこで,Bは,翌9日,Dに対し,固定金利を年2.145%とする提案書を交付し,了承を得た。
(5)こうして,上告人と被上告人との間で,平成15年7月9日,本件契約1が締結された。本件契約1の内容は,次のとおりである。
ア 想定元本 4億円
イ 取引期間 平成16年7月12日から平成22年7月12日まで
ウ 被上告人から上告人への金利支払条件
 固定金利 年2.145%
 支払日 平成16年10月11日から3箇月ごと
エ 上告人から被上告人への金利支払条件
 変動金利 3箇月TIBOR+0%
 支払日 平成16年10月11日から3箇月ごと
オ 遅延損害金 年14%
(6)なお,被上告人は,平成15年9月24日,Aとの間でも,想定元本を2億円,取引期間を同月26日から平成20年9月26日まで,被上告人からAへの金利支払条件を固定金利年1.51%,Aから被上告人への金利支払条件をTIBORとする金利スワップ取引に係る契約を締結した。
(7)Bは,平成16年6月11日,Dに対し,想定元本を1億円,固定金利を年2.87%とする提案書を交付したところ,Dは,想定元本を5000万円にしたいとした。そこで,Bは,同月18日,Dに対し,想定元本を5000万円,固定金利を年3.035%とする提案書を交付したところ,Dは,これを了承した。
(8)こうして,上告人と被上告人との間で,平成16年6月18日,本件契約2が締結された。本件契約2の内容は,次のとおりである。
ア 想定元本 5000万円
イ 取引期間 平成17年6月22日から平成23年6月22日まで
ウ 被上告人から上告人への金利支払条件
 固定金利 年3.035%
 支払日 平成17年9月22日から3箇月ごと
エ 上告人から被上告人への金利支払条件
 変動金利 3箇月TIBOR+0%
 支払日 平成17年9月22日から3箇月ごと
オ 遅延損害金 年14%
(9)被上告人は,上告人に対し,本件契約1に基づき,平成16年10月12日から平成18年1月11日までの間,固定金利と変動金利の差額として,合計1234万1372円を支払った。また,被上告人は,上告人に対し,本件契約2に基づき,平成17年9月22日及び同年12月22日,上記差額として,合計73万9527円を支払った。
(10)原判決別紙記載のとおり,本件契約1に基づく平成18年4月12日から平成22年12月22日までの間の固定金利と変動金利の差額は2797万7943円,その間の遅延損害金の合計は1034万7535円であり,本件契約2に基づく平成18年3月23日から平成22年12月22日までの間の同差額は614万8999円,その間の遅延損害金の合計は206万9876円である。
3 原審は,上記事実関係の下において,次のとおり判断して,不法行為に基づく損害賠償請求を一部認容した。
 上告人は,被上告人に対し,契約締結の是非の判断を左右する可能性のある,〔1〕中途解約時において必要とされるかもしれない清算金の具体的な算定方法,〔2〕先スタート型とスポットスタート型の利害得失,〔3〕固定金利の水準が金利上昇のリスクをヘッジする効果の点から妥当な範囲にあることについて,説明しておらず,上告人の説明は,極めて不十分なものであった。本件各契約締結の際,上告人が必要にして十分な説明をしていたならば,本件取引における上記のリスクヘッジの可能性が著しく低いものであったことなどから,被上告人が本件各契約を締結しなかったことは明らかである。上告人の説明義務違反は重大であって被上告人に対する不法行為を構成し,本件各契約は契約締結に際しての信義則に違反するものとして無効である。
4 しかしながら,原審の上記判断は是認することができない。その理由は,次のとおりである。
 前記事実関係によれば,本件取引は,将来の金利変動の予測が当たるか否かのみによって結果の有利不利が左右されるものであって,その基本的な構造ないし原理自体は単純で,少なくとも企業経営者であれば,その理解は一般に困難なものではないはずで,当該企業に対して契約締結のリスクを負わせることに何ら問題のないものである。上告人は,被上告人に対し,本件取引の基本的な仕組みや,契約上設定された変動金利及び固定金利について説明するとともに,変動金利が一定の利率を上回らなければ,融資における金利の支払よりも多額の金利を支払うリスクがある旨を説明したというのであり,基本的に説明義務を尽くしたものということができる。
 原審は,上告人が上記3の〔1〕~〔3〕の事項について説明しなかったことを問題とする。しかしながら,本件提案書には,本件各契約が上告人の承諾なしに中途解約をすることができないものであることに加え,上告人の承諾を得て中途解約をする場合には被上告人が清算金の支払義務を負う可能性があることが明示されていたのであり,上告人に,それ以上に,清算金の具体的な算定方法について説明すべき義務があったとはいい難い。また,被上告人は,上告人から先スタート型の金利スワップ取引の説明を受け,自らこれを承諾したのであって,上告人に,それ以上に,先スタート型とスポットスタート型の利害得失について説明すべき義務があったともいえない。さらに,本件取引は上記のような単純な仕組みのものであって,本件各契約における固定金利の水準が妥当な範囲にあるか否かというような事柄は,被上告人が自ら判断すべき性質のものであり,上告人が被上告人に対してこれを説明すべき義務があったものとはいえない。
 そうすると,本件各契約締結の際,上告人が,被上告人に対し,上記3の〔1〕~〔3〕の事項について説明しなかったとしても,上告人に説明義務違反があったということはできない。
 そして,以上に説示したところによれば,本件各契約が無効となる余地もない。
5 これと異なる原審の判断には,判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。論旨は理由があり,原判決中上告人敗訴部分は破棄を免れない。
 そして,以上に説示したところによれば,被上告人の本訴請求は理由がないから,上記部分のうち第1審判決中上告人敗訴部分を取消し,同部分につき被上告人の本訴請求を棄却し,原判決中上告人敗訴部分に係る被上告人の控訴を棄却し,また,上告人の反訴請求は理由があるから,これを全部認容すべきである。
 よって,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 田原睦夫 裁判官 岡部喜代子 裁判官 大谷剛彦 裁判官 寺田逸郎 裁判官 大橋正春)