文書提出命令に対する抗告審の取消決定に対する許可抗告事件 最高裁判所第二小法廷平成26年(行フ)第3号 平成26年10月29日決定

       主   文

原決定を破棄し,原々決定に対する抗告を棄却する。
抗告手続の総費用は相手方らの負担とする。

       理   由

 抗告代理人光成卓明の抗告理由について
1 記録によれば,本件の経緯等は,次のとおりである。
(1)岡山県(以下「県」という。)に主たる事務所を有する特定非営利活動法人である抗告人は,地方自治法242条の2第1項4号に基づき,県知事に対し,県議会の議員である相手方らが平成22年度に受領した政務調査費のうち使途基準に違反して支出した金額に相当する額について,相手方らに不当利得の返還請求をすることを求める訴えを本案事件(岡山地方裁判所平成24年(行ウ)第14号)として提起している。
 本件は,抗告人が,相手方らの所持する平成22年度分の政務調査費の支出に係る1万円以下の支出に係る領収書その他の証拠書類等及び会計帳簿である原々決定別紙文書目録記載の文書(以下「本件各文書」という。)について,文書提出命令の申立てをした事案であり,相手方らは,本件各文書は民訴法220条4号ニ所定の「専ら文書の所持者の利用に供するための文書」に当たると主張している。
(2)県では,地方自治法(平成24年法律第72号による改正前のもの。以下同じ。)100条14項及び15項の規定を受けて,岡山県議会の政務調査費の交付に関する条例(平成13年岡山県条例第43号。以下,後記の各改正の前後を通じて「本件条例」という。)及び本件条例の委任に基づく岡山県議会の政務調査費の交付に関する規程(平成13年岡山県議会告示第1号。以下,後記の各改正の前後を通じて「本件規程」という。)が定められ,県議会の議員に対して政務調査費を交付することとされている。
 平成21年岡山県条例第34号による改正(以下「平成21年条例改正」という。)前の本件条例は,政務調査費の交付を受けた議員は,政務調査費に係る収入及び支出の報告書(以下「収支報告書」という。)を各年度ごとに所定の様式により議長に提出しなければならない旨(8条1項),議長は,政務調査費の適正な運用を期すため,収支報告書が提出されたときは必要に応じ調査を行うものとする旨(9条)、議長は提出された収支報告書をその提出すべき期間の末日の翌日から起算して5年を経過する日まで保存しなければならず,何人も議長に対し収支報告書の閲覧を請求することができる旨(11条1項,2項)を規定し,平成21年岡山県議会告示第1号による改正(以下「平成21年規程改正」という。)前の本件規程は,議長は提出された収支報告書を知事に送付するものとする旨(5条)を規定していた。しかるところ,平成21年4月1日以後に交付される政務調査費について適用される平成21年条例改正後の本件条例(ただし,平成24年岡山県条例86号による改正前のもの。以下同じ。)においては,収支報告書には,当該収支報告書に記載された政務調査費の支出(1件当たりの金額が1万円を超えるものに限る。)に係る領収書の写しその他の議長が定める書類(以下「領収書の写し等」ともいい,収支報告書と併せて「収支報告書等」という。)を添付しなければならない旨定められ(8条3項),上記の書類は,収支報告書とともに議長による保管及び議長に対する閲覧の請求の対象とされることとされ(11条1項,2項),平成21年規程改正後の本件規程(ただし,平成24年岡山県議会告示第2号による改正前のもの。以下同じ。)においては,本件条例8条3項の議長が定める書類は,領収書の写しその他の支出を証すべき書面であって当該支出の相手方から徴したものの写し(社会慣習その他の事情によりこれを徴し難いときは,金融機関が作成した当該支出に係る振込みの明細書の写し又は支払証明書)とする旨定められ(5条1項),議長は上記の書類(領収書の写し等)を含む収支報告書等の写しを知事に送付するものとされた(6条)。なお,平成21年規程改正の前後を通じて,本件規程は,議員は,政務調査費の支出について会計帳簿を調製するとともに証拠書類等を整理保管し,これらの書類を当該政務調査費に係る収支報告書等を提出すべき期間の末日の翌日から起算して5年を経過する日まで保存しなければならない旨を規定している(上記改正前の6条,同改正後の7条)。また,本件条例に基づき定められた収支報告書の様式を見ると,使途基準に従って支出した項目ごとにその支出額の合計と主たる支出の内訳につき概括的な記載が予定されており,個々の支出の金額や支出先,当該支出に係る調査研究活動の目的や内容等を具体的に記載すべきものとはされておらず,議長が収支報告書等について具体的に採ることのできる調査の方法も,本件条例及び本件規程において定められていない。
2 原審は,要旨次のとおり判示し,本件各文書は民訴法220条4号ニ所定の「専ら文書の所持者の利用に供するための文書」に当たると判断して,これに当たらないとして相手方らに対し本件各文書の提出を命じた原々決定を取消し,本件申立てを却下すべきものとした。 
(1)本件規程により議員に調製及び整理保管が義務付けられている領収書その他の証拠書類等及び会計帳簿のうち,1万円を超える支出に係る領収書その他の証拠書類等については,平成21年条例改正後の本件条例により,その写しを収支報告書に添付して議長に提出しなければならないとされているものの,これを除く領収書その他の証拠書類等及び会計帳簿については,議長等による事情聴取に対し確実な証拠に基づいてその説明責任を果たすことができるようにその基礎資料を整えておくことを求めたものであり,議長等の第三者による調査等の際にこれらを提出させることまで予定したものではないと解するのが相当である。そうすると,1万円以下の支出に係る領収書その他の証拠書類等及び会計帳簿である本件各文書は,専ら所持者の利用に供する目的で作成され,外部の者に開示することが予定されていない文書であると認められる。
(2)本件各文書が外部に開示された場合に,県議会の議員である相手方らの調査研究活動が執行機関や他の会派等からの干渉によって阻害され,又は第三者のプライバシーが侵害されるおそれがあると認められる。
3 しかしながら,原審の上記判断は是認することができない。その理由は,次のとおりである。
(1)ある文書が,その作成目的,記載内容,これを現在の所持者が所持するに至るまでの経緯,その他の事情から判断して,専ら内部の者の利用に供する目的で作成され,外部の者に開示することが予定されていない文書であって,開示されると個人のプライバシーが侵害されたり個人ないし団体の自由な意思形成が阻害されたりするなど,開示によって所持者の側に看過し難い不利益が生ずるおそれがあると認められる場合には,特段の事情がない限り,当該文書は民訴法220条4号ニ所定の「専ら文書の所持者の利用に供するための文書」に当たると解するのが相当である(最高裁平成11年(許)第2号同年11月12日第二小法廷決定・民集53巻8号1787頁,最高裁平成17年(行フ)第2号同年11月10日第一小法廷決定・民集59巻9号2503頁,最高裁平成21年(行フ)第3号同22年4月12日第二小法廷決定・裁判集民事234号1頁等参照)。
(2)これを本件各文書についてみると,次のとおりである。
ア 地方自治法100条14項は,「普通地方公共団体は,条例の定めるところにより,その議会の議員の調査研究に資するため必要な経費の一部として,その議会における会派又は議員に対し,政務調査費を交付することができる。」と規定し,同条15項は,「政務調査費の交付を受けた会派又は議員は,条例の定めるところにより,当該政務調査費に係る収入及び支出の報告書を議長に提出するものとする。」と規定している。
 これらの規定による政務調査費の制度は,議会の審議能力を強化し,議員の調査研究活動の基盤の充実を図るため,議会における会派又は議員に対する調査研究の費用等の助成を制度化し,併せて政務調査費の使途の透明性を確保しようとしたものである。もっとも,これらの規定は,政務調査費の使途の透明性を確保するための手段として,条例の定めるところにより政務調査費に係る収入及び支出の報告書を議長に提出することのみを定めており,地方自治法は,その具体的な報告の程度,内容等については,各地方公共団体がその実情に応じて制定する条例の定めに委ねることとしている。
イ 本件条例においては,平成21年条例改正により,政務調査費の交付を受けた議員は収支報告書に1万円を超える支出に係る領収書の写し等を添付して議長に提出しなければならず,何人も議長に対して当該領収書の写し等の閲覧を請求することができることとされたものである。
 議員による個々の政務調査費の支出について,その具体的な金額や支出先等を逐一公にしなければならないとなると,当該支出に係る調査研究活動の目的,内容等を推知され,当該議員の活動に対して執行機関や他の議員等からの干渉を受けるおそれが生ずるなど,調査研究活動の自由が妨げられ,議員の調査研究活動の基盤の充実という制度の趣旨,目的を損なうことにもなりかねず,そのような観点から収支報告書の様式も概括的な記載が予定されているものと解されるが,上記のような改正後の本件条例の定めに鑑みると,平成21年条例改正は,従前の取扱いを改め,政務調査費によって費用を支弁して行う調査研究活動の自由をある程度犠牲にしても,政務調査費の使途の透明性の確保を優先させるという政策判断がされた結果と見るべきものである。
 そして,平成21年条例改正後の本件条例の定めは,1万円を超える支出に係る領収書の写し等につき議長への提出を義務付けており,1万円以下の支出に係る領収書の写し等についてまでこれを義務付けてはいないが,議員が行う調査研究活動にとっては,一般に,1万円以下の比較的少額の支出に係る物品や役務等の方が1万円を超えるより高額の支出に係る物品や役務等よりもその重要性は低いといえるから,前者の支出に係る金額や支出先等を公にされる方が,後者の支出に係る金額や支出先等を公にされるよりも上記の調査研究活動の自由を妨げるおそれは小さいものといえる。そうすると,平成21年条例改正後の本件条例における領収書の写し等の提出に係る上記の定めは,1万円以下の支出に係る領収書その他の証拠書類等につきおよそ公にすることを要しないものとして調査研究活動の自由の保護を優先させたものではなく,これらの書類に限って議長等が直接確認することを排除する趣旨に出たものでもないと解されるのであって,領収書の写し等の作成や管理等に係る議員や議長等の事務の負担に配慮する趣旨に出たものと解するのが相当である。
 また,本件条例の委任を受けた本件規程においては,政務調査費の支出につき,その金額の多寡にかかわらず,議員に対して領収書その他の証拠書類等の整理保管及び保存が義務付けられているところ,以上のような平成21年条例改正の趣旨に鑑みると,同改正後の本件条例の下では,上記領収書その他の証拠書類等は,議長において本件条例に基づく調査を行う際に必要に応じて支出の金額の多寡にかかわらず直接確認することが予定されているものと解すべきである。
 そして,本件規程においては,議員に対して会計帳簿の調製及び保存も義務付けられているところ,会計帳簿は,領収書その他の証拠書類等を原始的な資料とし,これらの資料から明らかとなる情報が一覧し得る状態で整理されたものであるといえるから,上記領収書その他の証拠書類等と同様に,平成21年条例改正後の本件条例の下では,議長において本件条例に基づく調査を行う際に必要に応じて直接確認することが予定されているものと解すべきである。
 そうすると,上記の領収書その他の証拠書類等及び会計帳簿である本件各文書は,外部の者に開示することが予定されていない文書であるとは認められないというべきである。
(3)以上によれば,本件各文書は,民訴法220条4号ニ所定の「専ら文書の所持者の利用に供するための文書」に当たらないというべきである。
4 これと異なる原審の前記判断には,裁判に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。論旨は理由があり,原決定は破棄を免れない。そして,以上説示したところによれば,相手方らに対し本件各文書の提出を命じた原々決定は正当であるから,原々決定に対する抗告を棄却することとする。
 よって,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり決定する。
(裁判長裁判官 鬼丸かおる 裁判官 千葉勝美 裁判官 小貫芳信 裁判官 山本庸幸)