昭和61年9月11日第一小法廷判決

会社法判例百選[第3版]6「財産引受けの無効主張と信義則」

売掛金請求事件
最高裁昭五六(オ)一〇九四号
昭61・9・11一小法廷判決
上告人 三光ディーゼル工業株式会社
右代表者代表取締役 増田勝治
右訴訟代理人弁護士 吉永多賀誠
被上告人 株式会社 三条機械製作所
右代表者代表取締役 結城冨重郎
右訴訟代理人弁護士 小畔信三郎

主   文

本件上告を棄却する。
上告費用は上告人の負担とする。

理   由

 上告代理人吉永多賀誠の上告理由第一点及び第五点について
一 原審の確定した本件の事実関係は、次のとおりである。
1 被上告会社は、たばこ製造機械及び小型ディーゼルエンジンの製造販売を業とし三つの工場を有する株式会社であったところ、専ら小型ディーゼルエンジンの製造販売に当たっていた長岡工場の営業を一括して他に譲渡しようと考え、昭和三三年末ころ訴外増田勝治に対し新会社を設立して長岡工場の営業を買い取るよう働きかけたところ、増田との間で昭和三四年三月三一日、(一)被上告会社は、新会社の設立発起人代表である増田に対し長岡工場に属する一切の営業(ただし、固定資産である土地・建物・機械設備については別途賃貸借契約を締結する。)を譲渡する、(二)譲渡代金は一六〇〇万円とし、昭和三四年九月から昭和三八年六月まで三か月ごとに分割して支払う、(三)新会社が設立されたときは、新会社が右契約に基づく増田の権利義務の一切を引継ぐものとする旨の営業譲渡契約(以下「本件営業譲渡契約」という。)を締結した。
 被上告会社は本件営業譲渡契約をするについて株主総会の決議による承認手続をとらなかったが、それは契約担当者らが商法二四五条による規制を知らなかったことによるもので、右手続をとろうとすれば、容易に実現しうる状況にあった。
2 かくして、上告会社は、昭和三四年五月二一日代表取締役を増田とする株式会社として設立登記を了し、本件営業譲渡契約に基づくすべての財産の引渡を受けて営業を承継した。本件営業譲渡契約について上告会社の原始定款には商法一六八条一項六号の定める事項は記載されなかったが、増田は、実質的には上告会社の全株式を所有し、上告会社の設立及び当初の経営を掌理していたものであり、所定事項を記載しなかったのは、商法一六八条による規制を知らなかったことによるもので、反対者の存在などの特別の障害があったからではなかった。
3 上告会社は、被上告会社から譲り受けた製品・原材料等を販売又は消費し、売掛債権等の債権を回収し、従業員・仕入先・得意先・商標等及び被上告会社から賃借した土地・建物・機械設備を使用し、小型ディーゼルエンジンの製造販売を行い、当初は順調な営業を続け、その間被上告会社に対し本件営業譲渡契約につきなんら苦情を述べたことがなく、被上告会社との間で昭和三四年六月譲渡代金一六〇〇万円につき債務承認並びに分割弁済契約をし、被上告会社に対し譲渡代金として昭和三四年一〇月から昭和三五年二月までの間に合計二六四万円を分割して支払った。
4 被上告会社は、上告会社に対し昭和三五年四月未払譲渡代金一四一二万四七七三円の支払を五年間猶予したうえ、これを分割して支払うことを認めたが、上告会社は、経営者の内紛や従業員の大量退職などによって、昭和四二年九月ころ事実上営業活動を停止するに至った。
5 上告会社は、昭和四三年一〇月一七日の本件第一審の第四回口頭弁論期日において初めて本件営業譲渡契約について原始定款に所定事項の記載がないことを理由とする無効事由を主張し,さらに、昭和五四年二月一四日の原審の第二回口頭弁論期日において初めて被上告会社が本件営業譲渡契約をするについて株主総会の特別決議による承認手続を経由しなかったことを理由とする無効事由を主張するに至った。
 そして、被上告会社及び上告会社は、いずれもその株主・債権者等の会社の利害関係人から本件営業譲渡契約が無効であるなどとして問題にされたことは一度もなかった。 
 以上の原審の事実認定は、原判決挙示の証拠関係に照らし、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。
二1 原審の確定した右の事実関係によれば、増田が被上告会社との間で締結した本件営業譲渡契約は、その契約の実質的な目的及び内容等にかんがみるならば、増田が上告会社の発起人組合の代表者として設立中の上告会社のために会社の設立を停止条件としてした積極消極両財産を含む営業財産を取得する旨の契約であると認められるから、本件営業譲渡契約は、商法一六八条一項六号の定める財産引受に当たるものというべきである。そうすると、本件営業譲渡契約は、上告会社の原始定款に同号所定の事項が記載されているのでなければ、無効であり、しかも、同条項が無効と定めるのは、広く株主・債権者等の会社の利害関係人の保護を目的とするものであるから、本件営業譲渡契約は何人との関係においても常に無効であって、設立後の上告会社が追認したとしても、あるいは上告会社が譲渡代金債務の一部を履行し、譲り受けた目的物について使用若しくは消費、収益、処分又は権利の行使などしたとしても、これによって有効となりうるものではないと解すべきであるところ、原審の確定したところによると、右の所定事項は記載されていないというのであるから、本件営業譲渡契約は無効であって、契約の当事者である上告会社は、特段の事情のない限り、右の無効をいつでも主張することができるものというべきである。
2 つぎに、本件営業譲渡契約が譲渡の目的としたものは、原審の確定したところによると、たばこ製造機械・小型ディーゼルエンジンの製造販売を目的とする被上告会社の有する三工場のうち専ら小型ディーゼルエンジンの製造販売に当たっていた長岡工場の営業一切であるというのであるから、商法二四五条一項一号にいう営業の「重要ナル一部」に当たるものというべきである。そうすると、本件営業譲渡契約は、譲渡をした被上告会社が商法二四五条一項に基づき同法三四三条に定める株主総会の特別決議によってこれを承認する手続を経由しているのでなければ、無効であり、しかも、その無効は、原始定款に記載のない財産引受と同様、広く株主・債権者等の会社の利害関係人の保護を目的とするものであるから、本件営業譲渡契約は何人との関係においても常に無効であると解すべきである。しかるところ、原審の確定したところによると、本件営業譲渡契約については事前又は事後においても右の株主総会による承認の手続をしていないというのであるから、これによっても、本件営業譲渡契約は無効であるというべきである。そして、営業譲渡が譲渡会社の株主総会による承認の手続をしないことによって無効である場合、譲渡会社、譲渡会社の株主・債権者等の会社の利害関係人のほか、譲受会社もまた右の無効を主張することができるものと解するのが相当である。けだし、譲渡会社ないしその利害関係人のみが右の無効を主張することができ、譲受会社がこれを主張することができないとすると、譲受会社は、譲渡会社ないしその利害関係人が無効を主張するまで営業譲渡を有効なものと扱うことを余儀なくされるなど著しく不安定な立場におかれることになるからである。したがって、譲受会社である上告会社は、特段の事情のない限り、本件営業譲渡契約について右の無効をいつでも主張することができるものというべきである。
3 そこで、上告会社に本件営業譲渡契約の無効を主張することができない特段の事情があるかどうかについて検討するに、原審の確定した事実関係によれば、被上告会社は本件営業譲渡契約に基づく債務をすべて履行ずみであり、他方上告会社は右の履行について苦情を申し出たことがなく、また、上告会社は、本件営業譲渡契約が有効であることを前提に、被上告会社に対し本件営業譲渡契約に基づく自己の債務を承認し、その履行として譲渡代金の一部を弁済し、かつ、譲り受けた製品・原材料等を販売又は消費し、しかも、上告会社は、原始定款に所定事項の記載がないことを理由とする無効事由については契約後約九年、株主総会の承認手続を経由していないことを理由とする無効事由については契約後約二〇年を経て、初めて主張するに至ったものであり、両会社の株主・債権者等の会社の利害関係人が右の理由に基づき本件営業譲渡契約が無効であるなどとして問題にしたことは全くなかった、というのであるから、上告会社が本件営業譲渡契約について商法一六八条一項六号又は二四五条一項一号の規定違反を理由にその無効を主張することは、法が本来予定した上告会社又は被上告会社の株主・債権者等の利害関係人の利益を保護するという意図に基づいたものとは認められず、右違反に藉口して、専ら、既に遅滞に陥った本件営業譲渡契約に基づく自己の残債務の履行を拒むためのものであると認められ、信義則に反し許されないものといわなければならない。したがって、上告会社が本件営業譲渡契約について商法の右各規定の違反を理由として無効を主張することは、これを許さない特段の事情があるというべきである。
4 以上と同旨の原審の判断は正当として是認することができ、原判決に所論の違法はない。論旨は、原審の認定にそわない事実に基づいて原判決を非難するか、又は独自の見解に基づいて原判決の不当をいうものにすぎず、採用することができない。
 その余の上告理由について
 所論の点に関する原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らし、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。論旨は、ひっきょう、原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を非難するものにすぎず、採用することができない。
 よって、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 大内恒夫 裁判官 谷口正孝 角田禮次郎 高島益郎 佐藤哲郎)

上告代理人吉永多賀誠の上告理由

上告理由第一点
一、原審の判決理由
 原審判決はその理由の冒頭で「被控訴人の本訴請求は、原判決が認容した限度で理由があり、その余は理由がないと判断するが、その理由の詳細は次のとおり付加訂正するのほかは、原判決の理由欄に記載するとおりであるから、それを引用する」とし、原審判決の引用する第一審判決は、その理由二の(1)において、「発起人が、会社の設立を条件として会社のために、会社の目的を達成するに必要な財産を譲受ける契約(いわゆる財産引受)は、商法一六八条一項六号所定の事項が会社の原始定款に記載されていなければ効力を生せず」とし(2)において「本件営業権譲渡契約について、被告の原始定款に商法一六八条一項六号所定の事項の記載がされていないことは当事者に争いがなく、従って譲渡契約は無効であり、被告に対し効力を生じないものといわざるをえない」とし、その判決理由の三の冒頭に、「しかしながら前記認定の事実を総合して認められる左の(1)ないし(7)の事情を総合すると、現段階において、被告が本件譲渡契約の無効を主張することは、専ら自己の譲受代金債務の履行を拒むためというべきであり、信義誠実の原則に著しく反するものとして許されないと解すべきであり、従って、被告は本件譲渡契約の効力を承継し、右契約から生ずる債務を履行すべき義務があるというべきである」と判示した。
一、上告理由の一、
 商法一六八条は、会社財産の充実維持を目的とする強行規定である。従って、同条に違反する本件譲渡契約は強行規定違反の故に無効であり、その成立の時から無効であって、時の経過によって有効と化することはない。従ってその無効は何時でも、何処でも誰でも主張し得るのであって、現段階に至って無効を主張することが、専ら自己の譲受債務の履行を拒むためであってもそれは信義誠実の原則に反するものではない。違法不法な契約に基く代金債務の履行を拒むため法律上許された防禦をするに何の障害もない。権利の行使、義務の履行についての信義誠実の原則は適法、有効な権利の行使、義務の履行について適用せられる原則で、違法無効な債権、債務の行使、履行について適用せられるものではない。違法、無効な譲渡契約はその効力がないので原審判決のいうようにこれを承継することも、亦これを履行することもできないのである。原審判決が違法無効な契約の効力を承継し、右無効な契約から生ずる債務を履行せよというのは全くその理由がない。
一、上告理由の二、
 原判決の引用する第一審判決及原判決が第一審の判決理由に付加訂正した(1)乃至(7)の事情は、上告人が本件譲渡契約の無効を主張しその履行を拒むに何等の障害をなすものでもなく、信義、誠実の原則に全く反しない。その理由を左に陳述する。
判示の(1)被告会社の発起人代表でありかつ代表取締役である増田勝治は、実質的に被告会社の株式の全てを所有しているものであり、従って、同人は被告会社の設立および経営につき全ての決定権を有していたものであるが、本件譲渡契約につき被告会社の原始定款に所定事項の記載を欠いたのは、特別の理由があったからではなく、増田らの法の無知に基因するものと推測され、仮りに、増田が右定款への記載が必要であることを知っていたならば、右は何の抵抗もなく実現されたであろうと考えられること。
 本件譲渡契約につき上告会社の原始定款に所定事項の記載を欠いたのは、特別の理由があったからではなく増田らの法の無知に基因するものと推測され、仮りに増田が右定款への記載が必要であることを知っていたならば、右は何の抵抗もなく実現されたであろうと考えられるという考えは誤っている。
 原審の引用する第一審判決事実摘示(7)記載の如く上告会社の設立手続は高橋一朗が中心となって進めたものである。又本件財産譲受けのことを原始定款に記載すれば手続的には商法第一八一条の検査役選任請求、非訟事件手続法第一二七条の検査役選任申請、商法第一八二条の創立総会への報告、同第一八四条の設立手続の調査を要し、実質的には昭和三四年二月二八日現在の譲渡物件の数量及びその価格の把握ができず、譲渡物件科目中数量不足、債務過剰の発覚するおそれもあり到底右の諸手続を通過することができないので、これを免れるため原始定款えの記載をしなかったものと推測せられる。原始定款え記載しなかったことが発起人等の故意に基づくと過失に基づくとにかかわらず、記載するにあらざればその効力を有しないのであるから、原審の引用する右第一審判決記載の理由は全く意味がない。
 上告人が昭和三四年二月二八日現在の譲渡物件の把握ができず、譲渡物件科目中数量不足、債務過剰の発覚するおそれがあるというのは次の理由によるものである。
 昭和三四年二月二八日に甲第二号証記載の財産が仮りにあったとしても、それは時々刻々に変動している。
 昭和三四年二月二八日当時の被上告会社の欠損額は証人結城富重郎(被上告会社代表取締役)が昭和四四年三月一四日第一審の証人調書の末尾において述べたように、昭和三四年二月二八日現在の長岡工場の決算において千七百万円の欠損を出し、本社の分も含めて三、四〇〇万円位の欠損である。証拠によると被上告会社長岡工場の欠損は次のようになっていて、被上告会社はこれを補填せずに上告会社に譲渡したものである。
昭和三三年三月末日 金三八〇万円(乙第二三三号証)
同年九月末日 金一、三九三万円(乙第二三三号証)
昭和三四年二月二八日 金一、七〇〇万円(前記証言)
計 金三、四七三万円
 昭和三三年九月末決算では長岡工場の仕掛品を千七百万円評価増している(乙第二三三号証)ので譲渡物件を調査すれば不足が発覚する筈である。
 甲第二号証には銀行短期借入金一二、六〇〇、〇〇〇円とあるが左記七口の北越銀行からの借入金債務はこれに包含せられないので被上告会社の債務超過が判明する筈である。さればこそ、上告会社の設立に当りその事務を担当した被上告会社の人々が商法第一六八条一項六号の書類を作成しなかつたものである。
 証拠番号    約束手形額面      決済日
乙第二二号証  金五〇〇、〇〇〇円   昭和三四年三月一〇日
乙第二三号証  金六、四〇〇、〇〇〇円 〃年同月一四日
乙第二二三号証 金六〇〇、〇〇〇円   〃年七月一三日
乙第二二四号証 金三、〇〇〇、〇〇〇円 〃年同月同日
乙第二二一号証 金六、四〇〇、〇〇〇円 〃年同月一五日
乙第二二二号証 金五〇〇、〇〇〇円   〃年同月三〇日
乙第二二〇号証 金三、〇〇〇、〇〇〇円 〃年一二月三一日
判示の(2)原告から被告に対する本件営業財産の引渡しおよび長岡工場の営業権の承継は、いずれも円滑・円満に行われ、その後においても、被告から譲渡財産が約定より少いとか、売掛債権が取立て不能であるとかの苦情が原告に対して述べられたことはなかったこと。
 右の如くであったのは引渡の担当者が昨日は三条機械製作所長岡工場側の従業員、今日は三光ディーゼル工業株式会社側の従業員で、唯昨日と今日と雇主が代っただけであったによるもので譲渡物件の調査を行った結果によるものではない。
判示の(3)被告は、会社成立後において、本件譲渡契約を承認し、その代金の支払いを約していること。
 右の如く会社成立後において本件譲渡契約を承認しその代金の支払いを約しても無効な契約は有効とならない。
 昭和二六年(オ)第五一〇号同二八年一二月三日第一小法廷判決(民集第七巻一二九九頁)に曰く、「定款に記載のない財産引受は、たとえ会社成立後株主総会が特別決議をもってこれを承認しても有効にはならない」と。
 昭和三三年(オ)第五九二号同三六年一〇月一七日第三小法廷判決(判例時報二七七号二九頁)に曰く、「設立中の株式会社の発起人組合の代表者が設立中の会社のため会社の設立を条件として財産取得を約束する売買契約を締結した場合において、これについて商法第一六八条一項六号による定款の記載がなされていないときは右売買契約は設立後の右会社に対し効力を有しないものといわなければならない」と。
 昭和三八年(オ)第一四七号同四二年九月二六日第三小法廷判決(民集第二一巻一八七〇頁)に曰く、「定款に記載のない財産引受けは、成立後の会社が追認しても、有効とならない」と。
判示の(4)被告は、会社成立後、直ちに営業活動を開始しているが、これは、本件譲渡契約に基いて原告から譲受けた営業財産(従業員・仕入先・得意先・商標等を含む。)と、原告から賃借した土地・建物・機械等を利用できたからに外ならず(増田は資本金一〇〇万円を拠出したのみである。)、従って、本件譲渡契約がなければ、被告会社の営業活動は全く存在しえなかったものであること。
 上告人は、被上告人の従業員を引続き雇傭し、仕入先、得意先、商標(三光ディーゼルエンジンの名称)を用い、建物(土地は賃借せず)、機械等を賃借使用していたが、これらは賃金、賃貸借料、代金を支払って用いたもので譲渡物件ではない。この事実を以て譲渡契約を有効とすることはできない。本件譲渡契約がなくても賃貸借契約で十分に用が足りたのである。
判示の(5)被告は、本件譲渡契約に基いて原告から譲受けた製品・半製品・原材料・現金・預金・売掛債権等の積極財産の大半をすでに自己の営業活動の中で消費しつくしてしまっている。
 従って、本件譲渡契約が無効であるとすると、被告は原状回復として原告との間のこれらの法律関係を清算しなければならないが、右原状回復はもはや不可能であり、その清算も錯綜・煩雑であり極めて困難であること。
 右の事実はない。原審は如何なる根拠、如何なる証拠に基づいて上告人は積極財産の大半をすでに自己の営業活動の中で消費しつくしてしまったというのか明らかでないが、甲第二号証と乙第九号証の二(上告人の昭和三四年五月二一日の貸借対照表)とを比較すると右裁判所の認定が著しく事実と相違し全くほしいままなる放言であることが明らかになる。後記の表参照。
(図一)
 原審判決の引用する第一審判決は本件譲渡契約が無効であるとすると、被告は原状回復として原告との間のこれ等法律関係を清算しなければならないが、右原状回復はもはや不可能であり、その清算も錯綜、煩雑であり極めて困難であるというが、昭和三四年三月一日から五月二〇日までの製品の販売、半製品の加工、原材料の使用、現金の出入、預金の増減、売掛債権の回収状況は詳細に証拠として提出した帳簿に記載されているので清算は極めて容易である。現に上告人は昭和三四年三月一日から五月二〇日までの被上告人の帳簿に基づきその計算を行っている。原審が右の事実を以て無効な契約を有効として履行すべしとしているのは全く理由がない。
判示の(6)被告会社が、当初の期待どおりに収益をあげていたならば、被告は本件譲渡契約の無効を主張するようなことはしなかったであろうと考えられること。
 本件譲渡契約の無効は収益の有無による主張ではない。
判示の(7)被告は、昭和四三年一〇月一日の口頭弁論において初めて本件譲渡契約が無効であると主張し始めたものであるが、右時期は本件譲渡契約からすでに満九年六月、控訴会社成立後でも満九年四月を経過しており、かつ、被告会社はすでに工場を閉鎖して事実上営業活動を廃止していること。
 原審判決の引用する第一審判決及び原審が右判決に付加訂正したところによると、上告人が譲渡契約は無効であると主張し始めたのは昭和四三年一〇月一日の口頭弁論期日で、それは契約の日から満九年六ケ月、上告会社成立の日から満九年四ケ月を経過した後であるというが上告人が無効の主張をなしたのは次の事情によるもので少しも時期におくれていない。
 被上告人が昭和四三年七月三日付準備書面に基づき同年九月九日の口頭弁論期日に「原告会社の長岡工場の管理に属して居る財産中固定資産を除いたものを昭和三四年三月三一日代金千六百万円と合意し、原告は被告会社設立発起人代表増田勝治と譲渡契約を結び、被告会社が昭和三四年五月二一日設立登記経由するや同年同月二二日被告会社は前記契約を承認し右契約に基づく発起人代表増田勝治の権利義務一切を承継したものである」と陳述したのを受けて上告人が譲渡契約の無効を主張したもので、被上告人の右主張の日から一ケ月以内になしたものでその主張は少しも時期に後れてなされたものではない。
 被上告人は支払命令申立書で売掛代金請求事件と題し「債権者(三条機械製作所)は債務者(三光ディーゼル工業株式会社)に対し、昭和三四年三月三一日債権者所有債務者工場内にあった製品(エンヂン)半製品、原材料一切を代金千六百円と定めて売渡した」ことを請求原因として主張したもので、会社設立発起人に対し会社の成立後に譲渡した財産の代金とは主張していないのである。
 被上告人は昭和三五年四月一八日甲第四号証を以て債権棚上げに関する契約書を以てその弁済を猶予し上告人に対し請求をしなかったので、上告人として契約無効の主張をする必要も機会もなかった。(第一審判決事実摘示(13))。又右主張をなし得べき上告人の正当な代表者増田勝治は昭和三五年三月一四日に登記上上告人の代表取締役及び取締役から排除せられたので、昭和三五年に提起した代表取締役地位存在確認請求の訴が昭和四三年二月確定するに至るまでは上告人の代表者としての職務を行うことができなかったので前記無効の主張をなし得なかったのである。(第一審判決事実摘示(14))
 乙第二三二号証(昭和三五年(ワ)第一八五号判決)、乙第五二号証(昭和三八年(ネ)第三一五五号判決)
 されば上告人の本件譲渡契約無効の主張は少しも時期に後れていない。なお上告人が工場を閉鎖したことは本件と関係がない。
 上告人の工場閉鎖は上告人の代表取締役職務代行者とその職務執行停止者の遠藤民一とが結託し上告人の従業員全員を右遠藤民一の主宰する難波鉄工所へ誘致し且上告人の機械工具、什器備品を上告人の工場から取外し難波鉄工所へ移転したによるもので目下訴訟中のものである。
 以上(1)乃至(7)の事由はその一つ一つをとっても、また、総合しても、上告人の譲渡契約無効の主張が信義誠実の原則違反に当るものは全然ない。
 請求権は時効にかゝり或は権利の不行使による失効の原則により行使し得なくなる場合があるが、本件の如く上告人と被上告人との契約が無効であって被上告人はこの無効な契約に基づいて権利を行使することは許さないという主張は抗弁権であって、その抗弁権は永久性を有し、時効にもかゝわらずその抗弁権の不行使によってその権利が失効することもない。被上告人の請求は権利が仮りにあったとしても、それは甲第四号証(債権棚上げに関する契約書)により棚上げせられていて行使せられず上告人は甲第五号証(昭和四二年九月二一日三条郵便局長引受内容証明郵便)により右棚上契約の破棄通告を受けて被上告人の請求を受けるに至ったもので,昭和四三年一〇月一日契約無効の抗弁権を行使したもので権利行使につき何等の怠慢はない。
上告理由第二点~第四点《略》
上告理由第五点
一、上告人の主張
 上告人は原審判決事実の一で次のように主張した。 
 仮に譲渡契約(甲第一号証)が不成立でないとしても右契約は商法一六八条一項六号の規定に違反し無効である。また、右契約については、被控訴人がその有する長岡工場の譲渡であるから、被控訴人の株主総会の特別決議(商法二四五条)を要するものであるところ、この決議がなされていないから、この点からも無効である。(原審判決二丁表)
一、右に対する原審の判断は次のとおりである。
 右譲渡は被控訴人に属した営業すなわち機能的組織的財産の重要なる一部の譲渡であるといわなければならない。従って、これについては商法二四五条、三四三条により被控訴人株主総会の特別決議を経なければ、譲渡は効力を生じない。そして、同条違反については、法律上の利害関係を有する者はその無効を主張することができると解すべきところ、控訴人は右譲渡によって長岡工場の前記財産の所有権を取得したものとされるのであるから、右無効を主張することができる。
 しかしながら、前記認定事実によれば、被控訴人としては長岡工場の非採算のためその閉鎖を決定し、そこの営業をそのまま他に譲渡して譲受人による営業の維持継続を企図していたのであって、右特別決議を経なかったのは、被控訴人の譲渡にあたった関係者らの法の無知に基因するものであり、その決議が必要であることを知っていたならば容易に実現されたであろうと考えられること、被控訴人及び控訴人を除くその他の利害関係者の側においては、右譲渡後今日まで二〇年以上を経るのに右譲渡につき特別決議を経ていないため無効である等と問題にされたことはなく、右譲渡が有効として今日に至っているものと推認されること、控訴人は本件譲渡につき前記のとおり商法一六八条一項六号違反を主張し、それが認められない場合に備えて昭和五四年二月七日付準備書面においてはじめて同法二四五条違反を主張するに至ったものであり(これは当裁判所に顕著な事実である)、この主張の日までに本件譲渡契約締結の日からおよそ二十年近い歳月が経っていること、その他商法一六八条一項六号違反の主張が信義則違反にあたるとして掲げた原判決理由三(2)ないし(7)の事情を総合して勘案すれば、控訴人が商法二四五条違反を理由として本件譲渡契約の無効を主張することは、右違反に名を藉り、専ら本件譲渡契約に基づく債務の履行を拒むためのものであり、右主張をすることが信義則に反すると認められる特段の事情があるというべきであるから、この主張は許されないというべきである。従って、控訴人のこの主張も理由がない。(原審判決七丁表末行から八丁裏末行まで)
一、上告理由
 原審判決は、「右特別決議を経なかったのは、被控訴人の譲渡にあたった関係者らの法の無知に基因するものであり、その決議が必要であることを知っていたならば容易に実現されたであろうと考えられる」というが、商法二四五条違反は法の無知や、決議の必要を知っていたなら実現されたであろうというようなことでその違反を許さるべきではない。違法による無効はあくまでも無効である。
 次に原判決は「右譲渡後今日まで二〇年以上を経るのに右譲渡につき特別決議を経ていないために無効である等と問題にされたことはなく」というが、特別決議を要する事項につき特別決議を経ない無効な譲渡に基づき有効な譲渡があったものとして請求したとき初めて被請求者から無効の抗弁をなしうるのである。無効な譲渡を有効な譲渡があったとして、これに基づく請求がない限り抗弁の提出はできない。譲渡の時から二〇年を経過したことにより無効な譲渡が有効な譲渡となることはないし無効の抗弁は永久性を有し時の経過によって消滅するものではない。
 更に原判決は「右譲渡が有効として今日に至っているものと推認せられること」というが、無効な譲渡が有効と推認せられる法律上の理由の判示がない。
 原判決は「控訴人は本件譲渡につき(中略)同法二四五条違反を主張するに至ったものであり、(中略)この主張の日までに本件譲渡の日からおよそ二〇年近い歳月が経っていること」を云々するが、法律行為の無効は何時でも主張できその主張の時に制限はないので二〇年経ったことにより主張することが許されなくなることはない。元来無効の主張はその主張をなす必要のある時に主張すればよいので、その主張の必要のない時、ない場所、ない人は無効の主張は出来ないのである。
 原審判決は「その他商法一六八条一項六号違反の主張が信義則違反にあたるとして掲げた原判決の理由三(2)ないし(7)の事情を総合して勘案すれば、控訴人が商法第二四五条違反を理由として本件譲渡契約の無効を主張することは、右違反に名を藉り、専ら本件譲渡契約に基づく債務の履行を拒むためのものであり、右主張をすることが信義則に反すると認められる特段の事情があるというべきであるから、この主張は許されないというべきである」というが、攻撃防禦の方法は別段の規定ある場合を除くの外口頭弁論の終結に至る迄之を提出することを得る(民訴一三七条)のであって、抗弁の提出に時効はない。原審判決は第一審判決の理由三の(2)ないし(7)の事情をいうが、その事情が全く取るに足らざるものであることは上告理由第一点で指摘したとおりである。
 右上告人の主張に対する原審の判決理由は法令の解釈適用を誤り審理を尽さず、理由を備えない不法がある。
上告理由第六点・第七点《略》