最高裁判所第一小法廷平成23年(受)第1619号 平成26年1月16日判決

       主   文

原判決中上告人敗訴部分を破棄する。
前項の部分につき,本件を東京高等裁判所に差し戻す。

       理   由

上告代理人平野浩視ほかの上告受理申立て理由2について
1 本件は,栃木県警察鹿沼警察署真名子駐在所(以下単に「真名子駐在所」という。)に勤務していたX6巡査が,中華人民共和国国籍で在留期間を経過して本邦に残留していたX1を公務執行妨害の現行犯人として逮捕しようとした際に拳銃を発射し,これによりX1が死亡したことにつき,X1の相続人である被上告人らが,上告人に対し,X6巡査の拳銃の使用が警察官職務執行法7条所定の要件を満たさない違法なものであったとして,国家賠償法1条1項に基づき,損害賠償を求める事案である。
2 原審の確定した事実関係の概要は,次のとおりである。
(1)X6巡査は,平成18年6月23日午後4時45分頃,真名子駐在所付近を歩いていたX1(当時39歳)ほか1名を停止させて職務質問をしたが,X1らは質問の途中で逃走し,X6巡査はこれを追跡した。X6巡査は,X1に追い付き,左手でX1の右手首をつかむなどしてX1を停止させた。その際,X1がつかまれた手を振りほどこうとして,腕を左右に振りながら力を入れて引っ張るなどしたため,X6巡査は,バランスを崩して転倒した。X1は,X6巡査が転倒したのを見て,再び逃走した。
(2)X1は,近隣の民家の庭に逃げ込み,X1を公務執行妨害の現行犯人として逮捕するために追跡してきたX6巡査と対峙し,左手に宝珠(庭内にあった灯籠の上部の重さ2852.6gの円型岩石で,その形状は,第1審判決別紙図面3記載のとおりである。)を持ち,右手で長さ90cm,直径0.8cmの竹の棒を振り回した。X6巡査が竹の棒に気付いて「やめろ。やめろ」と言いながら後退したところ,X1は,竹の棒を振り回しながら,X6巡査に近づいた。
(3)X6巡査は,後退しながら,右手で拳銃を取り出して引き金部分に装着されていた安全ゴムを外し,2,3m前方のX1に向けて構え,「捨てろ。捨てないと撃つぞ。」と警告し,X1の方に前進した。これに対し,X1は,右手に持っていた竹の棒を地面に投げ捨て,挑発するように右手の親指で自分の胸を2,3回指さすような仕草をした後,宝珠を両手で頭上に持ち上げて,少しずつX6巡査の方に前進してきた。X6巡査は,X1と2,3mの距離を保つように後退し,X1も,X6巡査を追うように前進を続け,両名は,前記の庭の南門から,東西に通ずる道路に出て,X6巡査が東側に,X1が西側に立った。
(4)X6巡査は,同日午後5時5分頃,X1が宝珠で攻撃してくることを恐れて,X1に向けて1発発砲した(以下,この発砲を「本件発砲」という。)。銃弾は,X1の前方やや左から臍左部に命中し,小腸の一部を貫通して右総腸骨動脈を損傷した。X1は,本件発砲を受け,体をひねるようにして頭を西に向けてうつ伏せに倒れた。X1が持っていた宝珠は,倒れたX1の頭の位置より約2m西側に落ちた。
(5)X6巡査は,本件発砲の後間もなく,救急車の出動要請をし,X1は,直ちに病院に搬送されたが,同日午後6時16分,腹腔内出血により死亡した。
3 上告人は,本件発砲の直前,X1が,両手で持っていた宝珠を右手に持ち替え,左足を踏み込んで1mもない至近距離まで一気に間合いを詰めて,X6巡査の頭を目掛けて宝珠を振り下ろそうとしたことから、X6巡査が,自らの生命に危険があると判断し,X1の左大腿部を狙って本件発砲に及んだところ,上記行為によりX1の重心が下がり相対的に着弾点が上がったため,銃弾がX1の臍左部に命中したとの主張を前提に,本件発砲は警察官職務執行法7条所定の要件を満たすものであったと主張している。
4 原審は,宝珠が片手では所持しにくい形状の鈍体物であることを前提に,次のとおりの事情から,上告人主張に沿うX6巡査の供述は採用できず,上告人主張の事実は認められないと判断した上で,約2mの距離を保ったまま対峙し,宝珠を両手で頭上に持ち上げていたX1に対して,威嚇射撃を試みることなく直ちに本件発砲に及んだX6巡査の行為は,警察官職務執行法7条所定の要件を満たさない違法なものであるとして,被上告人らの請求を一部認容した。 
(1)X1の頭頂部正中,眉間の上方18cmの部位に軽度の皮下出血を伴う長さ0.6cmの挫創があり,これは宝珠が頭頂部正中に落下することによって形成されたものと推認される。これに加えて,X1が本件発砲の直前頃,両手で宝珠を頭上に持ち上げていたこと,X1が本件発砲の後,頭を西に向けてうつ伏せに倒れ,宝珠が倒れたX1の頭の位置より約2m西側に落ちていたことが認められる。これらの客観的状況は,X6巡査の供述と整合しない。かえって,本件発砲の際,X1が両手で頭上に持ち上げていた重量2852.6gの宝珠が,本件発砲による脱力によってX1が手を離したことにより,そのまま頭頂部正中に当たって道路上に落下したと認めるのが,上記の客観的状況に沿う。
(2)本件発砲直前頃のX1の様子を目撃していたX13は,X1が宝珠を右手に持ち替えた旨の供述等をしておらず,X13はX1が宝珠を右手で持ち上げているのを見ていないと認められる。
(3)X6巡査は,本件発砲の際,X1が右手に持っていた宝珠は,道路の上に落ちて西の方向に転がっていった旨供述していたが,自身が被告人となった特別公務員暴行陵虐致死被告事件の公判においては,本件発砲の直前頃,X1が右手に持っていた宝珠しか見ていなかったので,宝珠がどのように落下したのか分からないと,従前の供述と整合しない不自然な供述をするに至っている。
5 しかしながら,原審の上記認定判断は是認することができない。その理由は,次のとおりである。
(1)記録によれば,X6巡査は,本件発砲の直後から一貫して,X1が本件発砲の直前,両手で頭上に持ち上げていた宝珠を右手に持ち替えて,約2mあった間合いを一気に詰めてその宝珠をX6巡査の頭上に振り下ろそうとした旨供述している。その内容は,本件発砲に至る経緯及びその動機として相応の合理性を有するものである上,記録を検討しても,上記供述と相反する証拠はない。かえって,X1の解剖所見を記載した獨協医科大学法医学教室教授X17作成に係る鑑定書(甲第36号証)には,腹部,臍の直左方5.0cmの部に銃創(射入口)を認め,これは,射創管が腹膜を貫通後,小腸,腸管膜,後腹膜を損傷し,右総腸骨動脈を損傷した後,右骨盤腔の右後壁の結合組織内を損傷し,右大臀筋に至る盲管銃創であり,比較的近位より,体に対して左斜め前方より右下方に向けて発射された弾丸によって形成されたと推定されるとの記載があるところ,このような本件発砲によりX1に生じた銃創の形状,位置関係等の客観的状況は,X6巡査が供述するX1の身体の動きに応じて本件発砲がされたことと整合するものである。
 しかるに,原審は,本件発砲の状況を認定するについて格別の重要性を有するこの客観的証拠との整合性について検討することなく,後記(2)のとおり合理的とはいい難い推測を交えてX6巡査の供述を排斥しているのである。
(2)原審は,X6巡査の上記供述を排斥する理由として,宝珠が片手では所持しにくい形状の鈍体物であることを前提とした上で,前記4(1)から(3)までの理由を挙げている。
 しかし,原審認定の事実関係によれば,宝珠の重さは3kgに満たない程度のものであり,X6巡査につかまれた手を振りほどこうとしてX6巡査を転倒させるほどの体力を有していたX1がこれを片手で所持することが困難であるとは考え難く,現に,X1は,民家の庭においてX6巡査と対峙した当初,左手に宝珠を持っていたのである。これに加えて,記録によれば,本件発砲に至る経緯を再現した再現見分報告書(乙第11号証)には,X1と同等の身長,体格の者が宝珠と同等の物を右手で所持してX6巡査に殴りかかろうとしている状況が再現された写真があることも考え合わせると,宝珠を片手で所持して殴りかかることができることは明らかであって,これらの点を検討することなく宝珠が片手では所持しにくい物であるとの独自の推測を前提とした原審の判断は,合理性を欠くといわざるを得ない。
 次に,本件発砲によりX1の所持していた宝珠がどのように落下するかは,本件発砲の瞬間にX1がどのような体勢で宝珠を所持していたか,本件発砲からX1が脱力して宝珠を手放すまでの時間等,本件発砲当時の状況によって異なり得るものであるから,X1の頭頂部正中,眉間の上方18cmの部位に挫創があること,X1が本件発砲の直前頃,両手で宝珠を頭上に持ち上げていたこと,X1が本件発砲の後,頭を西に向けてうつ伏せに倒れ,宝珠が倒れたX1の頭の位置より約2m西側に落ちていたことのみから,X1が本件発砲の直前に両手で宝珠を頭上に持ち上げていたと即断することはできないはずである。したがって,本件発砲当時の状況を具体的に確定することなく,X6巡査の供述の信用性を排斥し,X1が本件発砲の際両手で宝珠を持ち上げていたとした原審の認定は,合理性を欠くものというほかない。
 また,原審は,X13が,本件発砲の直前頃,X1が宝珠を右手で持ち上げているのを見ていなかったことから,直ちにX1が宝珠を右手に持ち替えることはなかったと推認している。しかし,X13が本件発砲に至るまでの様子を継続して目撃していたことを証拠により認定することなく,上記のように推認することは相当でない。かえって,実況見分調書(甲第55号証)には,X1が両手で宝珠を持ち上げているのを目撃した後,その状況を目撃していた場所から数m離れた場所で本件発砲の発砲音を聞いた旨のX13の指示説明が記載されており,これによれば,X13が,X1の状況を目撃した場所から移動している間に,X1が宝珠を右手に持ち替えた可能性を否定することはできない。そうすると,原審の上記認定も,合理性を欠くものというほかない。
 さらに,原審はX6巡査の供述の変遷を指摘しているが,その変遷は本件発砲の直前及び直後という一瞬の間における宝珠の位置関係についての認識の点にとどまり,X6巡査の上記供述全体の信用性を否定すべき理由になるものとは考え難い。
(3)以上説示したところによれば,X6巡査の本件発砲の状況に関する供述は,これに整合する客観的な証拠により裏付けられている一方で,その内容はおおむね一貫しており相応の合理性を有する上,記録上これに反する証拠はない。それにもかかわらず,証拠上認め難い事実を前提に,推測を交えてX6巡査の供述を排斥し,本件発砲の直前,X1が宝珠を右手に持ち替え,1mもない至近距離まで一気に間合いを詰めてX6巡査の頭を目掛けて宝珠を振り下ろそうとしたとは認められないとしてX6巡査の行為を違法であるとした原審の認定判断には,経験則ないし採証法則に反する違法があるといわざるを得ない。
6 以上によれば,原審の判断には,判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。論旨はこの趣旨をいうものとして理由があり,原判決中上告人の敗訴部分は破棄を免れない。そして,以上説示したところに従い,更に審理を尽くさせるため,上記部分につき本件を原審に差し戻すこととする。
 よって,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。
最高裁判所第一小法廷
裁判長裁判官 山浦善樹 裁判官 櫻井龍子 裁判官 金築誠志 裁判官 横田尤孝 裁判官 白木勇