最高裁判所第一小法廷平成30年(し)第146号 令和元年6月25日決定

       主   文

原決定及び原々決定を取り消す。
本件再審請求を棄却する。

       理   由

 本件抗告の趣意は,判例違反をいう点を含め,実質は単なる法令違反,事実誤認の主張であって,刑訴法433条の抗告理由に当たらない。
 しかし,所論に鑑み,職権をもって調査すると,本件について再審開始の決定をした原々決定及び結論においてこれを是認した原決定には,いずれも刑訴法435条6号の解釈適用を誤った違法があり,取消しを免れない。
 その理由は,次のとおりである。
第1 確定判決の認定事実の概要
1 犯行に至る経緯
 請求人は,昭和25年3月Bと結婚して,共に農業に従事してきた。Bは10人兄弟の長男に当たり,同人方に屋敷を接して同人の実弟であるC(二男)及びD(四男)がそれぞれ居住し,同じく農業に従事していた。Dは日頃から酒癖が悪く,妻と離婚してからはそれが一層悪くなっており,飲んだ先々で迷惑を掛けたり,酔い潰れて道端に寝込んだりする有様で,親族らが迎えに行ってDを連れ帰ったことも何度かあった。
 請求人は,勝ち気な性格で,口数も多く,Bが以前交通事故に遭って仕事も十分できない上,知能もやや劣ることから,長男の嫁としてE家一族に関する事柄を取り仕切っていた。
 Dは,請求人によって妻と離婚させられ,一緒になることを妨害されているとして請求人に反感を抱き,酒に酔っては請求人を「打ち殺す」などと言って暴れ,一度は請求人方に押し掛けて入浴中の請求人を外まで追い回したこともあり,請求人夫婦及びCは日頃からDの存在を快く思っていなかった。
 昭和54年10月12日,Bらの姉の子の結婚式が行われ,請求人夫婦を始め,Bの兄弟は,Dを除き全員出席したが,Dは朝から酒浸りであるなどとして,Bら兄弟は,Dを連れていかなかった。同日午後7時過ぎには式が終わり,請求人らはそれぞれ帰宅した。
 Dは,同日酒を飲んで外を出歩き,午後8時頃酔い潰れて道路脇の溝に落ちているのを地域の住人に発見された。Dの近隣に住むF及びGの両名がDを同人方まで届けたが,同人は前後不覚の状態であった上,着衣がぬれて下半身裸となっていた。そのため,F及びGは,Dを土間に置いたまま帰った。
 請求人は,Fから泥酔して道端に倒れているDを迎えに行く旨連絡を受け,同日午後9時頃F方に行って同人からDの様子を聞き,Fらに迷惑を掛けたことを謝るなどした後,午後10時30分頃Gと帰宅する途中,Dの様子を見るため,一人で同人方に立ち寄った。請求人は,泥酔して土間に座り込んでいるDを認めるや同人に対する恨みが募り,この機会に同人を殺害しようと決意し,C,次いでBに対し,共同してDを殺害しようと話を持ち掛け,両名は,いずれもこれを承諾した。
2 罪となるべき事実
 請求人は,〔1〕B及びCと共謀の上,D(当時42歳)を殺害するため,同人の絞殺に使う西洋タオルを携帯して,同日午後11時頃,同人方に赴き,同所土間に座り込んで泥酔のため前後不覚となっている同人に対し,B及びCにおいて,こもごもDの顔面を数回ずつ殴打し,その場に倒れた同人を請求人を加えた3名で足蹴りするなどし,更に前記3名でDを同人方中六畳間まで運び込んだ上,同所において,請求人が「これで絞めんや」と言って前記西洋タオルをBに渡すとともに,仰向きに寝かせたDの両足を両手で押さえ付け,CもまたDの上に馬乗りになってその両手を押さえ付け,Bにおいて前記西洋タオルをDの頸部に1回巻いて交差させた上,請求人から「もっと力を入れんないかんぞ」と言われて,両手でその両端を力一杯引いて絞め付け,よって,Dを窒息死に至らしめて殺害し,〔2〕前記殺害行為の後,Cが一旦帰宅してその長男HにDの死体を遺棄するため加勢を求めたところ,Hはこれを承諾し,ここに請求人は,B,C及びHの3名と共謀の上,同月13日午前4時頃,請求人が照らし出す懐中電灯の灯りの下で,前記3名が,Dの死体を同人方牛小屋に運搬した上,請求人から「まだ浅い,もっと掘らんか」と指図されて,同所の堆肥内にそれぞれスコップ又はホークを用いて深さ約50cmの穴を掘って,その中に前記死体を埋没させ遺棄した。
第2 従前の裁判手続の経緯等
1 請求人は,捜査段階から一貫して本件殺人及び死体遺棄事件への関与を否認していたところ,鹿児島地方裁判所における第1審公判では,弁護人がB,C及びHが本件犯行に及んだことは争わなかったため,請求人が本件に関与したか否かが争点となった。Dの死体を解剖したJ教授作成の鑑定書(J旧鑑定)を含む同意書証の取調べに加えて,B,C及びHの各証人尋問,Cの妻であるKの証人尋問等が行われ,さらに,B及びCについては,刑訴法321条1項2号後段により検察官調書が採用され,被告人質問が実施されるなどした。J旧鑑定は,死体の腐敗が著しいため,損傷の有無,程度等が判然としないが,頸部,右側胸腹部,右上肢及び両下肢に外力が作用した痕跡があり,内部においても,頸部,右胸郭等に外力の作用した痕跡が認められ,他に著しい所見を認めないので,窒息死を推定するほかない,仮に窒息死したものとすれば頸部内部の組織間出血は頸部に外力の作用したことを推測させ,他殺を想像させるというものである。鹿児島地方裁判所は,昭和55年3月31日,前記罪となるべき事実等を認定し,請求人を懲役10年に処した。
 控訴審においても,請求人が本件各犯行に関与したか否かが争われたが,昭和55年10月14日,福岡高等裁判所宮崎支部は控訴棄却の判決をし,その後請求人の上告も棄却され,前記鹿児島地方裁判所判決が確定した。
 なお,B及びCは本件殺人及び死体遺棄の事実で,Hは本件死体遺棄の事実でそれぞれ起訴され,これら3名の事件は併合審理されたが,3名は公訴事実を認め,請求人と同じ昭和55年3月31日に判決が宣告された。鹿児島地方裁判所は,請求人に対するものと同様の罪となるべき事実等を認定した上,Bを懲役8年,Cを懲役7年,Hを懲役1年に処したが,3名はいずれも控訴せず,3名に対する第1審判決は確定した。
2 第1次再審請求において,請求人は,同人,B,C及びHのいずれも本件各犯行に関与していないと主張し,B,C及びHの各自白の信用性を争った。すなわち,弁護人は,Dは溝に自転車ごと転落して事故死した可能性が最も高いから,絞殺を前提とする前記3名の各自白及び確定判決の認定事実はDの死因と矛盾するなどとして,新証拠としてJ教授により作成された補充鑑定書(J新鑑定),L教授により法医学的見地から作成された鑑定書(L鑑定)等を提出した。これに対して,検察官は,M教授により法医学的見地から作成された意見書等を提出し,J教授,L教授,M教授,K,H,F及びGの各証人尋問等が行われた。
 鹿児島地方裁判所は,平成14年3月26日,再審開始を決定した。その理由は,J新鑑定及びL鑑定によれば,Dの死体の頸部には絞殺を示す外部所見も内部所見も認められないから,死体の客観的状況はB及びCの各自白による犯行態様とは矛盾する可能性が高く,これらの自白の信用性を再検討する必要性が生じ,客観的証拠,B,C,Hその他の関係者の供述等の新旧全証拠を総合評価した結果,請求人,B,C及びHを本件各犯行について有罪とするには合理的な疑いが生ずるというものであった。
 これに対する即時抗告審で,福岡高等裁判所宮崎支部は,平成16年12月9日,鹿児島地方裁判所の前記決定を取消し,再審請求を棄却した。その理由は,J新鑑定及びL鑑定は,B及びCの各自白に基づく犯行態様や死因に疑いを生じさせないなどというものであった。
 請求人による特別抗告は平成18年1月30日に棄却された。
3 第2次再審請求で,弁護人は,B,C及びHの各自白の信用性を減殺する新証拠として,N医師による法医学的見地からの意見に関する証拠,P教授及びQ教授が供述心理学の立場からB,C及びHの各自白等を対象として行った鑑定に関する証拠(P・Q旧鑑定)等を提出した。P・Q旧鑑定は,これらの自白には変遷があり,体験に基づかない供述であることを示す兆候もみられるというものである。鹿児島地方裁判所は,新証拠にはB,C及びHの各自白の信用性を動揺させるような証拠価値は認められないなどとして,平成25年3月6日,再審請求を棄却した。請求人による即時抗告は平成26年7月15日に棄却され,特別抗告は平成27年2月2日に棄却された。
第3 今次の請求(第3次再審請求)の経緯等
1 再審請求の趣旨は,無罪を言い渡すべき明らかな証拠を新たに発見したから,刑訴法435条6号により再審開始の決定を求めるというものである。
 弁護人によって新証拠として提出された主なものは,R教授による法医学的見地からの意見に関する証拠(R鑑定)並びにP教授及びQ教授が供述心理学の立場からKの供述を対象として行った鑑定に関する証拠(P・Q新鑑定)である。これに対して,検察官は,S教授による法医学的見地からの意見に関する証拠(S鑑定)等を提出している。
 R鑑定の骨子は,〔1〕頸部圧迫による窒息死の死体であれば,圧迫部上方や顔面の鬱血を必ず認め,頸部筋肉内出血を大半に認める,また,腹臥位で遺棄された場合には,体の前面に死斑,血液就下を認める,腐敗が進むと,鬱血,死斑,血液就下は黒くなるはずであり,白くなることも消えることもない,ところが,Dの死体は,顔面,前頸上部及び胸部の外表並びに前頸部及び胸部の筋肉が白っぽく,前記の各所見をいずれも欠いており,タオルで頸部を力一杯絞めて殺したとする確定判決の認定事実と矛盾する,〔2〕死体の右腹部及び胸部の変色は,深層に,肋骨骨折による胸壁出血,腎損傷による後腹膜下出血,骨盤骨折による骨盤腔軟部組織出血等の存在を示唆するもので本来切開すべきであるところ,J旧鑑定はこれを怠っている,死斑,血液就下,腐敗血管網を認めず,体の右側に打撲によると推定される広範な出血を認めるDの死因は,農道上の発見状況も勘案すれば,出血性ショックである可能性が極めて高いというものである。
 P・Q新鑑定の骨子は,Kは,事件当夜,請求人がCにDの殺害を持ち掛けて共謀したのを目撃し,また,Cが帰宅後「Dをうっ殺して来た」と言った,Hが帰宅後「加勢をした」と言ったのをそれぞれ聞いたなどと供述するが,同供述には,体験記憶に基づかない情報が含まれている可能性が高く,その信用性評価は慎重に判断する必要があるというものである。
2 原々審は再審開始の決定をした。その判断の骨子は以下のようなものと解される。
(1)R鑑定によっては,死因が出血死であるというのは単なる可能性にすぎないとしかいえない。また,R鑑定の指摘する各点により,死体所見が頸部圧迫による窒息死と矛盾することまではいえない。しかし,R鑑定は,本件死体に窒息死であること及び頸部に外力が作用したことを積極的に示す所見がないことを明らかにしたことにより,死因を頸部圧迫による窒息死と推定したJ旧鑑定の証明力を減殺させた。
(2)P・Q新鑑定は,供述心理学の専門家によるKの供述の分析として一定程度の合理性を有し,Kの供述の証明力を減殺させるだけの証明力が認められる。
(3)確定審における共犯者3名の各自白は,その主要な支えであったJ旧鑑定が支えとしての証明力を失い,P・Q旧鑑定を踏まえると,それぞれ信用性に疑いのあることが明らかとなり,Kの確定審供述も,P・Q新鑑定を踏まえると,共犯者の自白の信用性を代わりに支えられるほどの証明力はないことが明らかになった。そうすると,確定判決の事実認定については,そのような共謀も殺害行為も死体遺棄もなかった疑いを否定できない。
3 原決定は検察官からの即時抗告を棄却した。その判断の骨子は以下のようなものと解される。
(1)P・Q新鑑定は,無罪を言い渡すべき明らかな証拠とは認められない。
(2)R鑑定が確定判決の認定事実と解剖所見が矛盾するとし,Dの死因は自転車ごと溝に転落した事故等による出血性ショックであった可能性が高いとした結論部分は十分な信用性を有する。R鑑定の信用性を論難する原々決定の説示はいずれも不合理であり,原々決定は,R鑑定の証明力を不当に低く判断している。
 とはいえ,J旧鑑定は,元々,消去法的考察により窒息死を推定し,その原因として頸項部に作用した外力を想像し,仮にそうであるならば他殺ではないかと想像したものにすぎず,J旧鑑定のみを孤立評価した場合,死因を推認し得るほどの証明力を有するものではなく,R鑑定によってJ旧鑑定が合理的根拠を有しない鑑定として信用性を否定されたとしても,そのことから直ちに確定判決の頸部圧迫による窒息死との認定に合理的疑いを生じさせる関係にはない。
(3)しかし,R鑑定の影響により,Dは溝に自転車ごと転落したことにより既に出血性ショックで死亡し,あるいは瀕死の状態にあった可能性が相当程度に存在することになるから,D方に到着した後の出来事に関するF及びGの各供述は,Dが既に出血性ショックにより死亡し,あるいは瀕死の状態で倒れていたとすれば,そのような状態のDを同人方に運び入れた様子としては不自然,不合理であって,客観的証拠と整合しない可能性が否定できない。また,Dの死亡時期についても,その死因が頸部圧迫による窒息死であることを前提に,F及びGがDを同人方土間に放置して退出した後であると即断することはできないことになる。以上を踏まえると,F及びGの各供述のうち,D方に到着した後,同人を土間に放置するまでの軽トラックの位置関係,同人の様子,同人方で実施した作業の前後関係等にみられる看過し難い食い違いは,生きている状態のDを同人方土間に運び入れて放置し退出したという核心部分の信用性に疑義を生じさせるに足りるものとなる。加えて,Fが,Dの位牌の前で「3日間苦しかったろう。おい(自分)も3日間風呂に入らずきばった。すまんかった。」などと,Dの死体が発見される以前から同人が堆肥に埋まっていることを知っていたことをうかがわせる不可解な言動をしていることなども併せ考慮すると,D方に到着した後の出来事に関するF及びGの各供述部分は信用し難い。
(4)DがF及びGによってD方土間に放置されたという事実及び同人が何者かに窒息死させられたという事実が認められなくなる結果,同人方の来訪者をそれ以降の時点に限定すべき根拠も,その来訪者がDを殺害したという根拠もなくなること等に照らすと,同人の死体を堆肥に埋没させた犯人像につき,B方及びC方の居住者に限定すべき合理的根拠も存在しないこととなる。Dは出血性ショックにより死亡した可能性が高いことも併せ考慮すると,同人が何者かに殺害されたという前提で犯人像を想定することはできないから,現場付近の状況を根拠として,請求人,B及びCがDを殺害した犯人であるとみるのは合理的な根拠がなく,そうである以上,堆肥に埋没させる動機も見当たらないこととなり,前記3名にHを加えた4名が死体遺棄の犯人であるとみるのもまた困難となる。
 このような客観的状況を踏まえて,信用性に争いのあるB,C及びHの各自白及びKの目撃供述をみると,客観的状況による裏付けを欠き,かえって頸部圧迫による窒息死とみるのは矛盾するとの客観的証拠(R鑑定)が存在するから,これらの各自白や供述が大筋において合致するからといって,直ちに信用できるものではない。これらの各自白や供述が曖昧,不自然,不合理で,迫真性がなく,核心部分も含めて変遷している箇所もみられるということ,B,C及びHはいずれも通常人より知能が低いとされていることなどを踏まえると,R鑑定が確定審において取り調べられた場合には,B,C及びHの各自白の信用性には重大な疑義が生ずることとなる。
 また,B,C及びHの各自白並びにKの目撃供述に関して,各供述者は後に内容を変遷させている。Kの目撃供述も,夫であるCの刑事責任を軽減させるために請求人を首謀者に仕立て上げる巻き込み供述の危険性を念頭に置いて慎重に検討すべきものである。
 以上によれば,R鑑定は,新旧全証拠との総合判断により,確定判決の事実認定に合理的疑いを生じさせるに足りる証拠であると認められる。
第4 当裁判所の判断
1 確定判決の認定の主たる根拠について
 確定記録及び原決定等によれば,確定判決の認定の主たる根拠は,以下のようなものであり,客観的状況から推認できる事実とB,C及びHの各自白並びにKの目撃供述があいまって犯行に至る経緯及び罪となるべき事実が認定されていると解される。
(1)関係証拠から認められる客観的状況として以下のようなものがある。
ア 昭和54年10月15日昼過ぎ頃,D方牛小屋の堆肥置場において,堆肥に完全に埋没した状態で同人の死体が発見された。
イ J旧鑑定の結果,Dの両肺の気管支内腔に堆肥の粉末等が侵入したように見受けられないとされ,堆肥に埋没した状態で死亡したものではないと推測された。
ウ Dは,同月12日,酒を飲んで外を出歩き,夜になって道路脇の溝付近に倒れているのを地域の住人に発見されている。
エ D方は,B方及びC方に隣接しており,これらの敷地はそれぞれ周囲を崖や林に囲まれていることなどから,夜間,D方敷地内に立ち入る者として,同人方,B方及びC方の居住者か,これらの居宅への来訪者以外は現実的には想定し難い。
オ D方には物色された形跡がなかった。
カ 請求人とDの間には確執があり,請求人,B及びCは日頃からDの存在を快く思っていなかった。
キ 確定判決において証拠の標目に掲げられたJ旧鑑定は,Dの死体は腐敗が著しく,頸部等に外力が作用した痕跡の他に著しい所見を認めないので窒息死を推定するほかないなどというものにすぎず,死因を断定するものではなかった。
(2)B,C及びHの各自白並びにKの目撃供述が存在し,これらが大筋で整合している。
 また,F及びGは,溝付近で倒れていたDをトラックの荷台に乗せて,同人方に連れ帰り,生きている状態の同人を土間に置いて立ち去ったという旨の一致した供述をしており,前記の客観的状況からの推認やB,C及びHの各自白並びにKの目撃供述の信用性を判断するに当たっての前提となっている。
2 P・Q新鑑定について
 原決定は,以下の各点等を根拠としてP・Q新鑑定はKの供述の信用性に影響を及ぼすものではないと判断したものと解されるが,この判断は是認できる。
(1)同鑑定が,供述の信用性の判断に当たり,心理学的見地からの視点を提示し,裁判所に十分な信用性判断を行うよう促す機能を有するにすぎず,直ちに信用性を減殺する証拠ではないことは,同鑑定自体が言及している。
(2)同鑑定は,捜査段階の供述調書を検討対象とし,供述調書に記載された内容自体の変遷に注目しているところ,供述調書に現れていないことについて実際に供述人が供述をしていないといえるかどうか,請求人からの口止めといった外在的条件との整合性等を考慮の外に置いており,相当程度に限定的な意義を有するにとどまる。
3 R鑑定の証明力について
(1)R教授は,豊富な経験と専門的知見を備えた法医学者であり,同教授が腐敗の発生機序,Dの死体の所見及び発見状況を踏まえて比較的腐敗の影響を免れている部位や死斑及び血液就下の有無といった各点に着目するなどの工夫を重ねていることは原決定の説示するとおりである。
 しかし,R鑑定の証明力を検討するに当たり,以下の各問題点も考慮する必要がある。
ア そもそもDの死体が腐敗しており,既に死体解剖の時点で不鮮明又は不明となっていた所見が多かったことなどにより,死体解剖において収集された情報は,極めて限定的なものであった。
 また,R教授は,死体を直接検分しておらず,J旧鑑定及びJ新鑑定において言及されている情報や解剖の際に撮影された12枚の写真からしか死体の情報を得ることができなかった。
 そして,R鑑定は,その主要な根拠として,Dの死体には圧迫部上方や顔面の鬱血,頸部筋肉内出血,死斑,血液就下がいずれも認められないという判断を示している。しかし,これらの判断は,いずれも主として写真上の死体の色調に基づいて,死体を直接検分したJ教授が,死斑は明瞭ではない,(顔面の)皮色は淡暗緑色,前頸部の皮膚は多少とも暗紫赤色に変色しているとした点について、新たに断定するものであり,基礎となる情報等について前記のような問題があった以上,その証明力にも限界があるといわざるを得ない。
 R鑑定に関して原決定が説示する前記経験,知見,工夫等は,いずれも,死体の各部位の腐敗の進行状況や性状・色調等そのものを正確に把握できたことを保証するものではない。 
イ また,S鑑定により,絞殺であっても鬱血がないかこれが少ない場合や頸部筋肉内出血が明瞭でない場合があること,腐敗血管網は必ずしも腐敗した死体の全例に見られるものではないこと,血液就下等が見られないというだけで死因を出血に関連するものと推定することはできないことなどが指摘されている。
ウ R鑑定が出血性ショックの原因として掲げる損傷の中には,腎損傷,骨盤骨折のように,J旧鑑定が切開していない部位であるにもかかわらず,十分な所見に基づかないで,写真に写った外表からうかがわれる変色のみを根拠に,大量出血が存在したとすればこれらの傷害が推測されるなどとして,単なる可能性を指摘したにすぎない部分が含まれている。
エ R鑑定は,Dが道路脇の溝に自転車ごと転落したという事情を想定し,これを重要な事情として考察を進めているが,左右の下肢に認められた大腿伸側から屈側にかけての全面的な皮下出血斑等の死体の広範な損傷状況について十分な説明をしているとはいい難く,また,溝への転落以外にDの身体に暴行等の外力が加えられた可能性を十分に検討していない。
オ R鑑定は,死体が堆肥中に埋没して体の前面及び背面の双方に相応の圧迫を受けていたことが死斑の発生にどのように影響するかに関し十分に考察されているかについて疑問が残る。
カ なお,R鑑定は,意見書において,「多発損傷に伴う出血性ショックにより死に至る経過は,一般に,分単位ではなく時間単位以上の経過を要する。」とし,証人尋問において,出血性ショックの機序に関して述べる中で,組織又は内臓の損傷等においては出血のスピードがそれほど急には進んでいかないなどと述べるにとどまり,Dが死亡するに至るまでの具体的な時間経過については明確な判断を示していない。
(2)R鑑定は,条件が制約された中で工夫を重ねて専門的知見に基づく判断を示しており,Dの死因に関して,科学的推論に基づく一つの仮説的見解を示すものとして尊重すべきである。しかし,前記のような問題点を考慮すると,同人の死因又は死亡時期に関する認定に決定的な証明力を有するものとまではいえないため,これが無罪を言い渡すべき明らかな証拠といえるか否かは,その立証命題に関連する他の証拠それぞれの証明力を踏まえ,これらと対比しながら検討すべきものである。
(3)まず,J旧鑑定との関係について,前記のように,原決定が,R鑑定によってJ旧鑑定が信用性を否定されたとしても,そのことから直ちに確定判決の頸部圧迫による窒息死との認定に合理的疑いを生じさせる関係にはないとした点は,合理的な判断である。
(4)次に,J旧鑑定以外の確定判決を支える証拠に対し,原決定が説示するようにDの死因又は死亡時期との関係でR鑑定が合理的疑いを生じさせるといえるのかについて検討する。
ア そもそも,R鑑定は,Dの死因が出血性ショックであった可能性等を示すものではあるが,同人の死亡時期を示すものではなく,F及びGがDを同人方に送り届けるよりも前に同人が死亡し,あるいは瀕死の状態にあったことを直ちに意味する内容とはなっていない。
 そして,原決定がいうように,R鑑定を根拠として,Dが出血性ショックにより同人方に到着する前に死亡し,あるいは瀕死の状態にあった可能性があるとして,B,C及びHの各自白並びにKの目撃供述の信用性を否定するというのであれば,関係証拠から認められる前記の客観的状況に照らし,事実上,Dの死体を堆肥中に埋めた者は最後に同人と接触したF及びG以外に想定し難いことになる。しかし,同人らがDの死体を堆肥中に埋めるという事態は,本件の証拠関係の下では全く想定できない。原決定が,F及びGの各供述の信用性に疑いを生じさせるとして掲げる事情も,信用性に影響を与えるようなものではない。
イ 翻って前記のような確定判決の認定の主たる根拠をみると,客観的状況に照らして少なくともDの死体を堆肥に埋めたことについては何者かが故意に行ったとしか考えられず,その犯人としてBらE家以外の者は想定し難い状況にあったといえる。また,F及びGの各供述も,相互に支え合い,この推認の前提となっている。
 B,C及びHの各自白並びにKの目撃供述は,相互に支え合っているだけでなく,以上のような客観的状況等からの推認によっても支えられているのであり,B,C及びHの知的能力や供述の変遷等に関して問題があることを考慮しても,それらの信用性は相応に強固なものであるということができる。R鑑定が前記のような問題点を有し,Dの死因又は死亡時期に関する認定に決定的な証明力を有するものとまではいえないことも踏まえると,同鑑定によりこれらの各自白及び目撃供述に疑義が生じたということには無理がある。
ウ 以上を総合すると,原決定が,前記のように,R鑑定を根拠としてF及びGの各供述が信用し難いとし,B,C及びHの各自白の信用性に重大な疑義が生ずることになるなどとした点は,R鑑定の問題点やそれに起因する証明力の限界を十分に考慮しないまま,確定判決を支える証拠の証明力について吟味することなく,R鑑定を決定的な意味を持つ証拠であると過大に評価し,実質的な総合評価を行わずに結論を導いたもので,不合理であるといわざるを得ない。R鑑定は,確定判決の事実認定について合理的な疑いを抱かせ,その認定を覆すに足りる蓋然性のある証拠とはいえない。
4 以上の検討を踏まえると,R鑑定にP・Q新鑑定を含むその余の新証拠を併せ考慮してみても,確定判決の事実認定に合理的な疑いを抱かせるに足りるものとはいえない。したがって,R鑑定が無罪を言い渡すべき明らかな証拠に当たるとした原決定の判断には刑訴法435条6号の解釈適用を誤った違法があり,R鑑定及びP・Q新鑑定がそのような証拠に当たるとした原々決定の判断にも同様の違法があるといわざるを得ず,これらの違法が決定に影響を及ぼすことは明らかであり,これらを取り消さなければ著しく正義に反するものと認められる。
 よって,刑訴法411条1号を準用して原決定及び原々決定を取消し、同法434条,426条2項により更に裁判をすると,前記のとおり,請求人が提出した新証拠は,無罪を言い渡すべき明らかな証拠に当たるものとはいえないから,同法447条1項により本件再審請求を棄却することとし,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり決定する。 
令和元年6月25日
最高裁判所第一小法廷
裁判長裁判官 小池裕 裁判官 池上政幸 裁判官 木澤克之 裁判官 山口厚 裁判官 深山卓也