最高裁判所第一小法廷 平成24年(オ)第898号,平成24年(受)第1093号 平成26年1月16日決定

       主   文

本件上告を棄却する。
本件を上告審として受理しない。
上告費用及び申立費用は上告人兼申立人の負担とする。

       理   由

1 上告について
 民事事件について最高裁判所に上告をすることが許されるのは,民訴法312条1項又は2項所定の場合に限られるところ,本件上告理由は,理由の不備をいうが,その実質は事実誤認又は単なる法令違反を主張するものであって,明らかに上記各項に規定する事由に該当しない。
2 上告受理申立てについて
 本件申立ての理由によれば,本件は,民訴法318条1項により受理すべきものとは認められない。
 よって,上告受理申立てについて裁判官櫻井龍子,同横田尤孝の各反対意見があるほか,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり決定する。

 裁判官櫻井龍子の反対意見は,次のとおりである。

 私は,本件は民訴法318条1項の事件に当たるので,本件を上告審として受理した上,原判決を破棄し,本件を原審に差し戻すべきものと考える。以下,その理由を述べておきたい。
1 本件は,粉飾経理により多額の損失を隠蔽して組合員からの共済掛金の徴収等の事業を続けていた佐賀商工共済協同組合(中小企業等協同組合法に基づく事業協同組合。以下「本件組合」という。)の破産に伴い,払い込んだ共済掛金等につき損害を被った多数の組合員が,本件組合の理事ら及び本件組合の監督行政庁の属する地方公共団体である相手方(佐賀県。以下「原告」という。)に対し損害賠償請求訴訟を提起したところ,同理事らに対する損害賠償請求を一部認容するとともに,原告にも過失があったとして原告に対する損害賠償請求を約5億円の範囲で一部認容する判決が確定したことから,原告が,その賠償金の支払を行った後,原告の過失が認定される原因とされた平成8年8月当時の知事である申立人(以下「被告」という。)の対応には重大な過失が認められるとして,国家賠償法1条2項等に基づき,被告に対し賠償金の求償を請求した事案である。第1審及び原審とも被告に重大な過失が認められるとし,第1審は請求額の全額につき,原審はその10分の1に当たる約4900万円につき,その求償の請求を認容した。
 国又は公共団体が国家賠償法1条1項に基づく損害賠償の支払に応じた際に,加害者である公務員に故意又は重大な過失があったときは,国又は公共団体は当該公務員に対してその求償権を有する(同条2項)。国家賠償制度については種々議論のあるところではあるが,一般に,国又は公共団体の違法な行為により損害を被った被害者について確実な救済を図るため,国又は公共団体が損害の賠償を行うものであり,上記の求償制度は,違法行為を行った当該公務員の帰責性が重い場合にその個人責任を追及するもので,一定の制裁的ないし予防的な機能を有する制度であるということができよう。しかしながら,一方で,上記の求償制度は,ともすれば公務員に個人の資力等で対応し得る範囲を超える過大で過酷な負担を負わせる結果を招来する危険を伴い,公務員を萎縮させ,公務の果断な執行の障害となるおそれがあるという弊害も指摘されているところであり,そのため,求償権が認められるのは当該公務員に故意又は重大な過失が認められる場合に限られるとしている(過失責任の場合の求償には過失の重大性による要件の限定を付している)同法の趣旨は十分に尊重されなければならない。
 そこで,国家賠償法1条2項にいう重大な過失の有無の判断が重要になると思われるが,これまでその判断基準を明確にした判例等は見当たらない。上記の求償制度の趣旨を踏まえつつ,他の民事関係法等が規定する重大な過失をめぐる判例,学説の解釈等を参考に検討してみると,重大な過失の判断基準としては,当該公務員が自らの職務上の立場において負うべき注意義務の内容・範囲に照らして,〔1〕その注意を甚だしく欠いていたか,〔2〕僅かな注意をすれば有害な結果の発生を容易に予見することが可能であったか,の二つの観点から過失の重大性を判断することが相当であると考える。
2 上記の判断基準に沿って考えると,〔1〕の注意の甚だしい欠如の点については,担当部局の課長(以下単に「課長」という。)等から本件組合の厳しい財政状況と粉飾経理等についての説明を聞いた後,当時の知事である被告が短い感想と見通しについて質問をしたのみで何らの指示をしなかったことをもって,原審は直ちに被告に重大な過失があったと判断しているものであるが,本来,事業協同組合の事業の監督における知事の職務上の権限や義務の内容・範囲,課長の専決処分の実施状況や裁量委任の範囲,課長の知事への説明の経緯や内容(本件組合の再建策の全体像と計画の詳細等),説明後の対応(再建策の実施状況と計画との異同等)などの具体的事実を客観的,総合的に踏まえた上で,その時点で本件組合の事業の監督に係る担当部局の対応策の当否等について知事が職務上の立場において負うべき注意義務の内容・範囲に照らして,被告がその注意を甚だしく欠いていたといえるか否かという観点から判断すべきであろう(法律上,事業協同組合に対する知事の監督上の処分等については,組合業務の適切な運営の確保のために監督上必要な措置をすることができる等と規定されており(中小企業等協同組合法106条等),強制措置を発動するか否かは知事の裁量に委ねられており,裁量権の著しい逸脱又は濫用の有無という視点からも検討する必要があろう。)。
 事案に沿って更に具体的にみると,原審は,刑事事件(理事らの詐欺容疑)における課長の供述調書に記載されている課長と被告との短い口頭のやり取りのみに基づいて,被告に重大な過失があったと判断しているものであるが,その口頭のやり取りの前後の経緯・状況や課長の説明に係る再建策や計画の具体的内容等は何ら明らかにされてはおらず,原審の審理では上記の判断基準に沿って検討すべき事実関係の認定と検討が明らかに不十分であるといわざるを得ない。かえって,原審認定事実等からは,本件組合への指導監督は基本的に課長の専決処分に任されており,指導監督権限の行使は裁量行為であることから当時の担当部局の責任者等は本件組合の自助努力に暫く任せようと判断していたことがうかがわれ,これらのことからすれば,当時の知事であった被告が,本件組合への指導監督につき,課長らの対応策の委細に介入してこれを覆し積極的な監督権限の行使を指示すべき注意義務を負っており,その監督権限の行使を指示しなかったことに甚だしい注意の欠如(裁量権の著しい逸脱又は濫用)があったとはにわかに解し難く,上記の口頭のやり取りのみをもって直ちに重大な過失があると断じた原審の判断には審理不尽の違法があるといわざるを得ない。
3 また,一般に過失の責任を問うためには結果についての予見可能性があることが必要であるところ,前記の求償制度において過失を超えて重大な過失の責任を問うためには,前記1の〔2〕に述べたとおり,僅かな注意をすれば有害な結果の発生を容易に予見することが可能であったことが必要であると解される。
 本件では,課長から被告への説明後約7年を経て,本件組合の理事らによる新規の投資の失敗による巨額の損失の発生等に起因して本件組合の破たんに至っており,その破たん等により組合員に生じた全ての損害が説明時の知事である被告の重大な過失に起因するものとして被告の責任が問われているものであるが,原審は,その新規の投資が課長の説明に係る担当部局の再建策の計画に含まれていたものであるか否か等の客観的な状況を明らかにすることなく,その説明の当時,本件組合が将来的に破たんすることを被告は認識していたか,認識することが可能であったはずであると判示するのみであり,上記の新規の投資による更なる巨額の損失の拡大などの結果の発生についてまで僅かな注意をすれば容易に予見することが可能であったと認めるに足りる事実関係の認定と検討を欠いている(なお,論旨外ではあるが,仮に上記の点を過失と損害との相当因果関係の問題と捉えるとしても,上記の拡大損害について予見可能性を認めるに足りない以上,相当因果関係についても同様の評価を免れないといい得るものと考えられる。)。
 この点についても,上記2と同様に,本来,事業協同組合の事業の監督における知事の職務上の権限や義務の内容・範囲,課長の専決処分の実施状況や裁量委任の範囲,課長の知事への説明の経緯や内容(本件組合の再建策の全体像と計画の詳細等),説明後の対応(再建策の実施状況と計画との異同等)などの具体的事実を客観的,総合的に踏まえた上で,その時点で本件組合の事業の監督に係る担当部局の対応策の当否等について知事が職務上の立場において負うべき注意義務の内容・範囲に照らして,その後の本件組合の理事らによる新規の多額の投資と巨額の損失の拡大などの結果の発生について僅かな注意をすれば容易に予見することが可能な状況であったといい得るのかという観点から判断をすべきであろう。
 原審認定事実等に即して見れば,本件組合への指導監督は上記のとおり課長の専決事項とされて基本的にその裁量に委ねられており,本件組合の財務状況について被告は平成8年8月に初めて課長からその実情と対応策につき説明を受けたものであり,担当部局の方針は,直ちに強制措置を発動して本件組合を解散に至らしめるよりも,暫く本件組合の自助努力に任せることで再建を図るものであったことがうかがわれるところ,原審では,その後の新規の投資が課長の説明に係る担当部局の再建策の計画に含まれていたものであるか否か,投資の実施の過程で担当部局等から被告にその後何らかの説明や報告等がされていたのか否か等の客観的な状況は明らかにされておらず,知事の所掌事務の広範さや地方公共団体の各担当部局における事務執行体制の状況等に照らしても,原審の認定に係る課長等からの一度の短い説明のみをもって,被告において,その後の新規の投資の失敗による巨額の損失の拡大などの結果の発生について十分な情報等の上申を受けて容易に予見することが可能な状況(強制措置の不作為が裁量権の著しい逸脱・濫用と評価され得る状況)にあったとはにわかに解し難く,前記の程度の説明を受けたことのみをもって直ちに被告に重大な過失があると断じた原審の判断には審理不尽の違法があるといわざるを得ない。
4 以上のとおり,国家賠償法1条2項の求償制度の趣旨を踏まえると,前記1の判断基準に照らして前記〔1〕及び〔2〕の観点から精査し検討することが必要となる客観的な事実関係等についての十分な認定,吟味を経ることなく知事に重大な過失があると断じて求償を認めた原審の判断は,国家賠償法1条2項の解釈適用に当たっての所要の審理と検討を欠いており,審理不尽の違法があると思料する。本件については,これを受理した上,原判決を破棄して本件を原審に差し戻すのが相当であると考える次第である。 
 裁判官横田尤孝は,裁判官櫻井龍子の反対意見に同調する。
平成26年1月16日
最高裁判所第一小法廷
裁判長裁判官 櫻井龍子 裁判官 金築誠志 裁判官 横田尤孝 裁判官 白木勇 裁判官 山浦善樹