業務上過失傷害被告事件 最高裁判所第三小法廷平成23年(あ)第2032号 平成25年6月18日決定

       主   文

本件上告を棄却する。

       理   由

 弁護人松木崇,同千歳博信の上告趣意のうち,判例違反をいう点は,事案を異にする判例を引用するものであって,本件に適切でなく,その余は,憲法違反をいう点を含め,実質は単なる法令違反,事実誤認,量刑不当の主張であって,刑訴法405条の上告理由に当たらない。
 なお,所論に鑑み,本件公訴提起の有効性につき職権で判断する。
1 本件は,平成15年12月6日,神奈川県鎌倉市内の右へ緩やかに湾曲する道路を二人乗りで進行中の原動機付自転車の左側が歩道縁石に接触するなどし,乗車していた被害者が路上に転倒して高次脳機能障害の後遺症を伴う傷害を負ったという事案につき,平成20年11月28日,事件当時16歳の少年であった被告人が,同車を運転していた者として公訴提起されたものであるところ,被害者の記憶が本件事故の後遺症により回復せず,被告人が「運転者は被害者である」と否認するなどしたため,検察官への事件送致までに約2年11か月を要した上,平成18年11月30日に一旦は嫌疑不十分を理由に不起訴処分(家庭裁判所へ送致しない処分)とされたのに,平成19年8月11日に被告人が成人に達した後,被害者からの検察審査会への審査申立てを契機に,補充捜査が行われ,事件が再起され,公訴時効完成の8日前に公訴提起されたという経緯がある。その結果,被告人の家庭裁判所で審判を受ける機会が失われるに至っている。
2 一般に,少年の被疑事件については,捜査機関は,少年法42条1項の趣旨を踏まえ,適切な見通しを持った迅速な事件処理に心掛ける必要があることはいうまでもない。しかし,本件においては,被告人が否認する一方,長期間にわたり被害者の供述が得られない状況が続いたこと,鑑定等の専門的捜査が必要であったこと,捜査の途中で目撃者の新供述を得るなどして捜査方針が変更されたことなど,運転者を特定するまでに日時を要する事情が存在し,当初,事件送致を受けた検察官が,家庭裁判所へ送致せずに不起訴処分にしたのも,被告人につき嫌疑が不十分であり,他に審判に付すべき事由もないと判断した以上,やむを得ないところである。捜査等に従事した警察官及び検察官の各措置には,家庭裁判所の審判の機会が失われることを知りながら殊更捜査を遅らせたり,不起訴処分にしたり,あるいは,特段の事情もなくいたずらに事件の処理を放置したりするなどの極めて重大な職務違反があるとは認められず,これらの捜査等の手続に違法はない(最高裁昭和44年(あ)第858号同年12月5日第二小法廷判決・刑集23巻12号1583頁,最高裁昭和44年(あ)第2037号同45年5月29日第二小法廷判決・刑集24巻5号223頁参照)。また,被告人が成人に達した後,検察審査会への審査申立てを機に,検察官が,改めて補充捜査等を行い,被告人に嫌疑が認められると判断した上、事件を再起してした本件公訴提起自体にも違法とすべきところはない。
 したがって,本件公訴提起が無効であるとはいえないとした原判決は正当である。 
 よって,刑訴法414条,386条1項3号により,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり決定する。
(裁判長裁判官 大谷剛彦 裁判官 岡部喜代子 裁判官 寺田逸郎 裁判官 大橋正春 裁判官 木内道祥)