業務上過失致死被告事件 最高裁判所第一小法廷平成24年(あ)第1391号 平成26年7月22日決定

       主   文

本件上告を棄却する。

       理   由

第1 上告趣意に対する判断
 弁護人阿部清司ほかの上告趣意は,違憲をいう点を含め,実質は単なる法令違反,事実誤認の主張であって,刑訴法405条の上告理由に当たらない。
第2 職権判断
 所論に鑑み,業務上過失致死罪の成否に関し,その業務上の注意義務の有無について,職権で判断する。
1 本件の事実関係
 差戻し後の原判決(第2次控訴審判決)及びその是認する第2次第1審判決の認定並びに記録によると,本件の事実関係は次のとおりである。
(1)本件事故の概要
 本件事故は,兵庫県明石市大蔵海岸通り1丁目11番先の大蔵海岸東地区に位置し,東側及び南側をコンクリート製ケーソンを並べて築造されたかぎ形突堤(以下「本件かぎ形突堤」といい,その東側部分と南側部分をそれぞれ「東側突堤」,「南側突堤」という。)に接していた砂浜(以下「本件砂浜」という。)において,東側突堤のケーソン目地部に取り付けられたゴム製防砂板(以下「防砂板」という。)が破損し,その破損部から同目地部付近の砂層の砂が海中に吸い出されて砂層内に大規模な空洞が形成され,平成13年12月30日,同空洞上部を小走りで移動していた被害者(当時4歳)が,その重みのため同空洞が突如崩壊して生じた陥没孔に落ち込んで生き埋めとなり,約5か月後に死亡したというものである。
(2)本件砂浜,本件かぎ形突堤等の所有・管理関係等
 大蔵海岸を含む東播海岸の大半は,昭和32年,兵庫県知事により海岸法3条1項の指定を受け,同知事を海岸管理者とする海岸保全区域とされた。海岸保全区域内の海岸保全施設に関する工事は、海岸法上,原則として海岸管理者が施行すべきであるが,国(当時の建設省)は,浸食対策事業を進めるため,昭和36年,大蔵海岸を含む海岸保全区域内にある海岸保全施設について,同法6条1項に基づく直轄工事を施行した。直轄工事を施行する場合,主務大臣は,政令(同法施行令1条の5)で定めるところにより,海岸管理者に代わってその権限を行うものとされ(海岸法6条2項),その代行権限は,地方支分部局の長に委任されていたところ(同法40条の2,同法施行令14条),大蔵海岸の直轄工事に関しては,主務大臣たる建設大臣(平成13年1月の中央省庁組織再編後は国土交通大臣)が持つ代行権限は,建設省近畿地方建設局(前記中央省庁組織再編後の国土交通省近畿地方整備局)の長に委任されていた。
 明石市は,平成元年頃以降,大蔵海岸に海浜公園を建設する計画を立て,関係機関との協議等を経た上で,平成5年3月,兵庫県知事から公有水面埋立免許を得て,本件砂浜や本件かぎ形突堤を含む大蔵海岸の砂浜,突堤及び護岸等を造成,築造し,平成9年8月にこれらを完成させ,前記免許の条件に基づき,国(当時の建設省)に所有させるに至った。そして,明石市は,当時の近畿地方建設局長との間で海岸法所定の協議を経て,平成10年2月13日,同局長から,前記砂浜並びに海岸保全施設である突堤及び護岸等を含む地域につき,占用目的を公園,占用期間を平成15年2月12日までとして,占用の許可を得,平成10年3月,公園として一般に開放した。 
 国は,直轄工事が完了した場合には,当該海岸保全施設を海岸管理者に速やかに引き渡すこととされているが,大蔵海岸の直轄工事については,本件当時も施行中として取り扱われていたため,本件事故当時まで本件砂浜と本件かぎ形突堤を含む当該直轄工事区域全体を海岸管理者である兵庫県知事に引渡したことはなく,近畿地方整備局内に置かれた姫路工事事務所が,同区域内の海岸保全施設の維持管理を行っていた。そのため,姫路工事事務所と明石市は,平成11年3月24日,維持管理に関する必要な事項について,「大蔵海岸海浜公園の維持管理に関する覚書」(以下「本件覚書」という。)を締結した。
 明石市は,同市が全額出資している財団法人明石緑化公園協会(以下「公園協会」という。)に市内の公園の維持管理業務等を委託していたところ,大蔵海岸についても日常管理業務を委託し,公園協会は,警備員等を配置するなどして大蔵海岸の砂浜や施設等の巡視,点検等を行い,警備員等から異常があるとの報告を受けた場合には,適宜,その内容を明石市土木部海岸・治水課(以下「市海岸・治水課」という。)に連絡していた。
(3)被告人の地位,職責等
 被告人は,本件当時,姫路工事事務所工務第一課(以下「工務第一課」という。)の課長であり,東播海岸を含む兵庫県大阪湾沿岸,播磨沿岸及び淡路沿岸について,海岸に関する工事の実施計画,同実施設計,同調査,同実施の調整,同施行,監督及び検査,工事の実施上必要な保安及び危害予防,工事開始から工事完成までの工事用地の管理に関する事務や海岸の管理に関する事務等の業務に従事していた。
(4)本件事故発生に至る経緯等
 本件砂浜においては,遅くとも平成11年頃から,本件事故と同様の機序による砂浜の陥没が繰り返し発生していた。このような陥没が本件砂浜の南側突堤沿い及び東側突堤沿い南端付近で繰り返し発生していることを把握した明石市は,平成13年1月から同年4月までの間,3回にわたって,これに対する補修工事を実施した。なお,本件砂浜では,本件事故以前から,東側突堤沿いの南端付近だけでなくこれより北寄りの場所でも,複数の陥没様の異常な状態が生じていた。
 市海岸・治水課は,前記補修工事の際,陥没付近のケーソン目地部の防砂板が破損していることを発見し,これが陥没の発生原因に関係しており,補修工事を実施した箇所以外の防砂板も損傷している可能性があると考え,他の箇所での防砂板の破損の調査及びその補修を行う必要性があり,そのためには相当大規模な補修工事が必要となることから,本件かぎ形突堤を所有する国に対し,その施行を要請することとし,同年5月17日,姫路工事事務所東播海岸出張所(以下「東播海岸出張所」という。)の所長であるB(以下「B」という。)らに対し,本件砂浜における陥没の発生状況や施行した補修工事の概要等について説明した。陥没対策の緊急性や必要性に理解を示したBは,翌18日,被告人及び工務第一課職員に対し,聴取した内容を報告するとともに,明石市が姫路工事事務所に抜本的な対策を講じてほしい旨要求していることなども伝えた。
 被告人は,同年6月15日,姫路工事事務所及び市海岸・治水課の関係者が集まった平成14年度の予算要望に関する事前打合せの場で,市海岸・治水課から,防砂板の破損の調査及び補修工事の実施の要請を受けた。被告人は,当初,消極的姿勢を示したが,明石市の強い要求を受け,結局,国で何らかの対策を考えるということとなった。
 被告人は,平成13年7月にはBとともに自ら大蔵海岸を視察し,また,同年9月中旬以降,市海岸・治水課から陥没対策を講ずるよう重ねて要望を受け,工務第一課職員の進言もあり,コンサルタント会社に対して陥没対策に関する調査をさせることとし,その意向を聞いたBは,同年10月頃,これを市海岸・治水課に伝えるなどしていた。
 他方,市海岸・治水課は,その後も,職員のパトロールや公園協会の報告により,本件砂浜の南側突堤沿いや東側突堤沿い南端付近の場所において発生していた陥没の状況や立入防止策の実施状況等を把握し,同年12月25日には,市海岸・治水課において,南側突堤沿いの砂浜及び東側突堤沿い南端付近の砂浜の表面に現出した陥没の周囲をA型バリケードで囲うなどの措置をとった。
 このような状況の中,同月30日,本件砂浜のうち,前記措置がとられた場所よりも北寄りの東側突堤沿いの場所において,本件事故が発生した。
2 原判決が是認する差戻し後の第2次第1審判決の認定
 第2次第1審判決は,以上の事実関係等を前提に,被告人に本件事故発生の予見可能性があったとした上,平成13年6月15日以降,国土交通省による抜本的な砂の吸出防止工事が終了するまでの間,工務第一課自ら,本件砂浜に人が立ち入ることができないよう,本件かぎ形突堤が階段護岸に接合する地点からその西方の水面を結ぶ線上にバリケード等を設置し,本件砂浜陥没の事実及びその危険性を表示するなどの安全措置を講じ,あるいは明石市又は東播海岸出張所に要請して前記安全措置を講じさせ,もって陥没等の発生により本件砂浜利用者等が死傷に至る事故の発生を未然に防止すべき業務上の注意義務があったにもかかわらず,その注意義務を怠り,南側突堤沿いの砂浜及び東側突堤沿い南端付近の砂浜に現出した陥没の周囲のみにバリケード等を設置する措置を講ずることで事足りると軽信し,漫然と前記安全措置を講ずることなく放置した過失により,本件事故を発生させて被害者を死亡するに至らしめた旨認定し,原判決はこれを是認した。
3 当裁判所の判断
(1)これに対し,所論は,国には,本件砂浜の安全管理責任はなく,仮にあっても,工務第一課には,東播海岸出張所や本件砂浜の占用許可を得て具体的な管理を行っている明石市に対して本件砂浜に関する安全措置を講ずるよう要請する法的権限がないため,被告人には,本件砂浜に関する安全措置を講ずべき業務上の注意義務はないという。
(2)そこで本件事実関係を踏まえて検討すると,本件砂浜は,本件かぎ形突堤とともに,国が所有権を有し,国の直轄工事区域内に存在し,これが造成されてから本来の海岸管理者である兵庫県知事に引き渡されたことは一度もないこと,国は本件砂浜を含めて大蔵海岸についての海岸法上の占用許可を明石市に対して与えており,本件砂浜も国の一般的な管理下にあることを前提とした行動をとっていると理解できること,前記直轄工事区域内の海岸保全施設の維持管理を国がしていたことなどからすれば,本件砂浜についても,国がその安全管理をすべき基本的責任を負っていたというべきである。その責任を担うべき組織としては,大蔵海岸を含む東播海岸の海岸保全施設に関する工事等を主な業務とし,海岸管理者の代行権限を実際上行使していたと認められる姫路工事事務所であって,海岸の工事,管理に関する事務をつかさどっていた工務第一課は,その具体的担当部署の一つであったと認められる。
 そして,本件当時,本件砂浜の日常的な管理は国から占用許可を得ていた明石市が行っていたが,国と明石市の間には,本件覚書を含めて,本件砂浜における陥没続発のような異常事態への対応については明確な取決めがなかった。そのような中,姫路工事事務所は,市海岸・治水課から,平成13年6月には,本件砂浜の陥没発生状況やその原因について情報提供を受けて抜本的な対策工事を行うよう要請され,同市と共に陥没対策に取り組み始めていた。また,その当時から本件かぎ形突堤の瑕疵が原因で隣接する本件砂浜が陥没していると考えられており,国は所有する本件かぎ形突堤の安全管理という面からも周囲に及ぼす影響への対策を求められる立場にあったといえる。これらの事情に照らすと,本件当時,本件砂浜の具体的な安全管理が明石市のみに委ねられていたとはいえず,国の組織である姫路工事事務所もその責任を負い,その具体的担当部署の一つである工務第一課としては,自ら又は東播海岸出張所若しくは明石市に対して要請するなどして,本件砂浜の安全管理を具体的に行うべき立場にあって,明石市は,海岸管理者の代行権限者である国から占用許可を受けた者として監督を受ける地位にあり,国と共に本件砂浜の陥没対策に取り組んでいたのであるから,工務第一課の要請に応じないことはなく,出先機関である東播海岸出張所も同様であったと認められる。そうすると,工務第一課の課長であった被告人については,その地位や職責,権限に加え,その職務の遂行状況が,前記のとおり,本件のような事故を防止すべく本件砂浜の陥没対策に関して国側担当者として活動していたものであることなどに照らし,遅くとも打合せの席上で明石市から国としての対応を求められた同年6月15日以降,国土交通省による陥没対策工事が終了するまでの間,工務第一課自ら又は明石市若しくは東播海岸出張所に要請して安全措置を講じ,陥没等の発生により本件砂浜利用者等が死傷に至る事故の発生を未然に防止すべき業務上の注意義務があったと認められる。
 したがって,被告人に本件砂浜に関する安全措置を講ずべき業務上の注意義務があるとした原判決は,相当である。
 よって,刑訴法414条,386条1項3号により,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり決定する。
(裁判長裁判官 白木勇 裁判官 櫻井龍子 裁判官 金築誠志 裁判官 横田尤孝 裁判官 山浦善樹)