生活保護変更決定取消等請求事件 最高裁判所第三小法廷平成29年(行ヒ)第292号 平成30年12月18日判決

       主   文

1 原判決主文第1項を次のとおり変更する。
第1審判決中,費用徴収額決定取消請求に関する部分を次のとおり変更する。
(1)門真市福祉事務所長が平成24年2月7日付けで被上告人に対してした費用徴収額決定のうち,徴収額233万9835円を超える部分を取り消す。
(2)被上告人のその余の請求を棄却する。
2 訴訟の総費用は,これを200分し,その1を上告人の負担とし,その余を被上告人の負担とする。

       理   由

 上告代理人藤田恭富ほかの上告受理申立て理由について
1 本件は,生活保護法(平成25年法律第104号による改正前のもの。以下「法」という。)に基づく保護を受けていた被上告人が,同一世帯の構成員である長男の勤労収入について法61条所定の届出をせずに不正に保護を受けたことを理由として,門真市長から権限の委任を受けた門真市福祉事務所長から,法78条に基づき,勤労収入に係る額(源泉徴収に係る所得税の額を控除した後のもの。以下同じ。)等を徴収する旨の費用徴収額決定(以下「本件徴収額決定」という。)を受けるなどしたため,上告人を相手に,その取消し等を求める事案である。
 法78条は,不実の申請その他不正な手段により保護を受け,又は他人をして受けさせた者があるときは,保護費(保護の実施に要する費用をいう。以下同じ。)を支弁した都道府県又は市町村の長は,その費用の全部又は一部を,その者から徴収することができると規定しているところ,本件では,同条に基づく費用徴収額決定に係る徴収額(以下「法78条徴収額」という。)の算定に当たり,後記の基礎控除の額に相当する額を控除しないことが違法であるか否かが争われている。
2 原審の適法に確定した事実関係等の概要は,次のとおりである。
(1)門真市福祉事務所長は,平成17年10月26日,法7条本文に基づき,門真市内に居住する被上告人を世帯主とし,その長男を世帯員として,保護の開始を決定した。
(2)被上告人の長男は,平成21年6月1日,賃金を翌月払とする条件で就労を開始し,同年7月から同22年8月までの間に,合計233万9835円の勤労収入(源泉徴収に係る所得税の額を控除した後のもの。以下「本件勤労収入」という。)を得た。しかし,被上告人は,長男の上記就労の事実を知りながら,同年7月頃に保護の実施機関による調査によって発覚するまで,所要の届出をしなかった。そのため,被上告人の世帯に関しては,本件勤労収入がないものとして,平成21年7月から同22年8月までの間に合計242万1640円の保護費(生活扶助,住宅扶助及び一時扶助)が被上告人に支給された。
(3)門真市福祉事務所長は,被上告人の長男が本件勤労収入等を得ていたのに,その届出がなかったため不正受給額が生じたとして,平成24年2月7日付けで,被上告人に対し,法78条に基づき,費用徴収額を235万9765円とする本件徴収額決定をした。上記金額には,本件勤労収入の全額に相当する額が含まれている。
(4)基礎控除は,昭和36年4月1日付け厚生事務次官通知「生活保護法による保護の実施要領について」第8-3-(4)に基づき,保護の実施機関が,保護受給世帯の収入を認定する際に,被保護者の収入金額,居住地,同一世帯中で勤労収入等を得る者の数等によって定められた額を,届出がされた収入金額から控除する取扱いであり,勤労に伴って増加する生活需要を補填することにより労働力の再生産を図るとともに勤労意欲の助長と自立助長を図ろうとするものである。
 本件勤労収入に対応する基礎控除の合計額は,38万4080円である(以下,この額を「本件基礎控除額」という。)。
3 原審は,上記事実関係等の下において,要旨次のとおり判断し,本件徴収額決定のうち本件基礎控除額に相当する額を徴収の対象とする部分は違法であるとして,同部分を取消した。
 勤労収入が適正に届け出られていなかった場合における法78条徴収額は,当該勤労収入を届け出なかったために現に支給された保護費の額と,当該勤労収入が適正に届け出られていた場合に支給されていたであろう保護費の額との差額に限られる。
 本件勤労収入が適正に届け出られていれば,本件基礎控除額は被上告人の世帯の収入とは認定されていなかったはずであるから,これに相当する額についても保護費が支給されていたことになる。そうすると,本件基礎控除額に相当する額は,上記差額に含まれないため,法78条徴収額の算定に当たり,これを控除しなければならない。
4 しかしながら,原審の上記判断は是認することができない。その理由は,次のとおりである。
(1)法による保護は,生活に困窮する者が,その利用し得る資産,能力その他あらゆるものを,その最低限度の生活の維持のために活用することを要件とし,その者の金銭又は物品で満たすことのできない不足分を補う程度において行われるものであり,最低限度の生活の需要を満たすのに十分であって,かつ,これを超えないものでなければならない(法4条1項,8条)。そして,法は,被保護者に対し,収入,支出その他生計の状況について変動があったときは,速やかに,保護の実施機関等にその旨を届け出ることを義務付ける(61条)などして,上記のような保護の制度の前提が守られるようにしている。
 法78条も,保護の制度をその悪用から守ることを目的として,所定の徴収権を付与する趣旨の規定と解されるから,被保護者がその収入の状況を偽って不正に保護を受けた場合には,当該収入のうち被保護者がその最低限度の生活の維持のために活用すべきであった部分に相当する額は,広く同条に基づく徴収の対象となるものと解すべきである。
(2)勤労収入は,本来,被保護者がその最低限度の生活の維持のために活用すべきものである。そして,基礎控除は,被保護者が勤労収入を適正に届け出た場合において,勤労収入に係る額の一部を収入の認定から除外するという運用上の取扱いであるところ,上記のとおり,保護は,保護受給世帯における収入,支出その他生計の状況についての適正な届出を踏まえて実施されるべきものであるから,そのような届出をせずに,不正に保護を受けた場合にまで基礎控除の額に相当する額を被保護者に保持させるべきものとはいえず,これを法78条に基づく徴収の対象とすることが同条の上記趣旨に照らし許されないものではない。
 したがって,勤労収入についての適正な届出をせずに不正に保護を受けた者に対する法78条徴収額の算定に当たり,当該勤労収入に対応する基礎控除の額に相当する額を控除しないことが違法であるとはいえないと解するのが相当である。
(3)これを本件についてみると、被上告人は,同一世帯の構成員である長男の勤労収入についての適正な届出をせずに不正に保護を受けたのであるから,門真市福祉事務所長が,本件徴収額決定に係る徴収額の算定に当たり,本件基礎控除額に相当する額を控除しなかったことが違法であるということはできない。
5 以上と異なる原審の判断には,判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反があり,論旨はこれと同旨をいうものとして理由がある。そして,前記事実関係等の下においては,他に本件徴収額決定のうち本件基礎控除額に相当する額を徴収する部分を違法とすべき事情は見当たらず,同部分は適法というべきであるから,同部分に係る取消請求は棄却すべきであり,これと異なる原判決主文第1項を主文のとおり変更するのが相当である。 
 よって,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 山崎敏充 裁判官 岡部喜代子 裁判官 戸倉三郎 裁判官 林景一 裁判官 宮崎裕子)