自動車運転過失致死被告事件 最高裁判所第三小法廷平成26年(あ)第1844号 平成28年3月18日判決

       主   文

原判決を破棄する。
本件を東京高等裁判所に差し戻す。

       理   由

 弁護人寺内從道の上告趣意は,事実誤認の主張であって,刑訴法405条の上告理由に当たらない。
 しかしながら,所論に鑑み,職権をもって調査すると,原判決は,刑訴法411条1号,3号により破棄を免れない。その理由は,以下のとおりである。
1 事案の概要と審理経過
(1)原判決が認定した犯罪事実の要旨は,以下のとおりである。
 被告人は,平成24年1月1日午後6時9分頃,普通乗用自動車(以下「被告人車」という。)を運転し,栃木県小山市内の信号機により交通整理の行われている丁字路交差点(以下「本件交差点」という。)の南方道路(片側3車線)の第2車線を,本件交差点に向かい,先行する大型貨物自動車(以下「A車」という。)に追従して時速約30kmで北方へ直進するに当たり,当時,本件交差点内には,約5分前に発生した交通事故(以下「先行事故」という。)の当事者である被害者(当時20歳)が転倒横臥していたところ,本件交差点の対面信号が青色であるにもかかわらず,先行するA車が,それまでの時速約60kmから本件交差点手前で相当減速したのを認めたのであるから,A車の前方で異常事態が発生している可能性があることを予測し,第1車線に移ってA車を追い抜いた後,再び第2車線に移りA車の前方に進出するに際しては,進路前方左右を注視し,適宜速度を調節し,進路の安全を確認しながら進行すべき自動車運転上の注意義務があるのにこれを怠り,第1車線に移り時速約40kmに加速してA車を追い越した後,第2車線に移ろうとした際,進路前方左右を十分注視することなく,進路の安全確認が不十分のまま進行した過失により,被害者が倒れていることに気付かずに進行して,自車右前輪で同人の頭顔部を轢過し,よって,同人に頭蓋骨粉砕骨折を伴う脳破裂の傷害を負わせて死亡させた(以下,被害者が轢過された事故を「本件事故」という。)。
(2)検察官は前記(1)とおおむね同旨の事実を主張していた。
 一方,弁護人及び被告人は,第1審及び原審を通じ,〔1〕被告人は,A車を追い越すため第1車線に進路変更した後,そのまま第1車線を走行して本件交差点を通過しており,第2車線に転倒横臥していた被害者を轢過したのは被告人ではない,〔2〕仮に被告人が轢過したとしても,先行していたA車の前方で被害者が転倒横臥していることを予見することはできず,被告人に過失はないとして,無罪を主張しており,被告人の犯人性及び過失の有無が争点となっていた。
(3)ところで、第1審判決は,A車を運転していたAの供述によれば,A車が本件交差点を通過したのは,先行事故発生直後,すなわち本件事故発生より前であることが認められ,A車とほぼ同時に通過したと推認される被告人車が被害者を轢過したことについて合理的な疑いがあるとして,被告人に無罪を言い渡したものである。 
 これに対し,原判決は,本件交差点の北西角付近に設置された防犯カメラ(以下「本件防犯カメラ」という。)の映像によれば,A車(車長が約11.92mで,サイドマーカーランプが片側に6個付いている。)と特徴が一致する大型貨物自動車が先行事故後に初めて本件交差点を北進して通過したのは,本件事故の発生直後の午後6時9分30秒であり,この車両がA車であると認定した。その上で,前記(1)記載のとおり,A車に追従していた被告人車が第2車線から第1車線に移って先行するA車を追越し,さらに第2車線に移ったという走行態様を認定し,当該走行態様を前提として,被告人車が被害者を轢過した事実,及び,被告人が進路の前方左右を注視し,安全を確認すべき注意義務を怠った過失を認め,第1審判決には事実誤認があるとして破棄し,被告人に禁錮2年,4年間執行猶予を言い渡したものである。
2 当裁判所の判断
(1)被告人車が本件交差点手前でA車を追い越したことは被告人自身も認めているところ,原判決が指摘するとおり,本件防犯カメラの映像によれば,A車が本件交差点を通過したのは,本件事故の発生直後であると認められるから,A車を本件交差点手前で追い越した被告人車が本件交差点に進入したのは,本件事故発生とほぼ同時であると推認できる。したがって,原判決の破棄部分の説示,すなわち,被告人車は本件事故より前に本件交差点に進入したと認定し,被告人車が被害者を轢過したことにつき合理的な疑いがあるとした第1審判決の事実認定に誤りがあるとした部分は,論理則,経験則等に照らして不合理な点はなく,是認することができる。
 しかし,原判決の自判部分の説示のうち,被告人車の走行態様につき,第1車線に車線変更し,A車を左側から追い越して本件交差点に進入した後,再び第2車線に戻って被害者を轢過したと認定した部分は,以下に述べるとおり疑問があり,その認定に基づき被告人を有罪とした点にも事実誤認の疑いがある。また,その原因は,本件の争点や証拠関係を踏まえた十分な審理が尽くされていなかったことによるものと判断せざるを得ない。
(2)本件の争点である被告人の犯人性及び過失の有無を判断する上で重要な前提事実となっている被告人車(日産マーチ・クリーム色)の走行態様に関しては,相反する2つの目撃供述がある。すなわち,〔1〕先行事故後に本件交差点内で交通整理を行っていたBは,「乗用車タイプの車がトラックの左側(第1車線)を追い越していき,直後に本件事故が発生した」旨供述し,〔2〕一方,A車を運転していたAは,「白っぽい乗用車が自車のすぐ右側を追い越していき,倒れている被害者の頭部付近を,何かを踏む音を立てながら通り過ぎていった」旨供述している。本件では,このような争点及び相反する2つの目撃供述の存在を踏まえ,まず被告人車の走行態様がどのようなものであったかにつき,客観的証拠である本件防犯カメラの映像との整合性を意識しつつ,当事者双方が主張立証を尽くし,裁判所が判断を示す必要があったといえる。
(3)原判決は,Bの供述等を基に,「大型貨物自動車が減速停止し,その後方から来た乗用車が第1車線から追い越して交差点に進入し,本件交差点内で右前方に進路を変えて第2車線に進出し,路上に転倒横臥していた被害者の頭顔部を轢過した事実は確実に認定できる」旨判示するとともに,本件防犯カメラの映像から,A車の右側を乗用車が追い抜いていったことが分かる旨の原審弁護人の主張に対し,「そのような映像は認められず,A車の左側を追い抜き,第1車線から本件交差点に進入した乗用車が,交差点内で第2車線に向かい,被害者を轢過したことは動かない」旨判示して排斥し,その乗用車は被告人車であると認定するに至った。
 原判決の認定どおり,A車を第1車線側から追い越して本件交差点に進入した乗用車(被告人車)が存在したとすれば,A車が本件防犯カメラに映るのとほぼ同時に,その手前(第1車線側)をA車より速い速度で追い越す乗用車が映っていなければならないが,本件防犯カメラの映像にはそのような走行をする乗用車は存在せず,この不整合の点について何らの説明もないまま被告人車が第1車線を走行したとする原判決の認定は,論理則,経験則等に照らして不合理であるといわざるを得ない(なお,当審において,検察官は,「A車が交差点を通過していく少し前に,被告人車と思料される乗用車らしき車両が1台,かなりの速度で交差点を通過しているように見えるが,交差点中央付近に到達した瞬間が一瞬認められるものの,それが防犯カメラの映像上A車の手前側と向こう側のどちらを通過したかを断定することは困難である」旨主張する。しかし,本件防犯カメラの映像は毎秒2コマずつ撮影されているところ,原判決が認定するように被告人車が時速40km程度でA車を手前側から追い越して本件交差点に進入したのだとすれば,本件交差点中央付近に到達するまでに被告人車が本件防犯カメラの映像上一切映らないということはおよそ考え難いのであって,検察官の主張は採用できない。)。
 また,原判決は,自らが認定する被告人車の走行態様は,Bの供述等から確実に認定できるとする一方,これに反するAの供述は重要な点で事実に反し,信用できないとしているが,前記のとおり,原判決が認定の根拠としたBの供述は,本件防犯カメラの映像にそのような態様で走行する乗用車が存在しないことと整合しておらず,相反する2つの目撃供述に関する原判決の信用性判断も,論理則,経験則等に照らして不合理であるといわざるを得ない。
(4)翻って本件の審理経過を見ると,前記1(2)のとおり,当事者は,いずれも,原判決の認定と同様に,被告人車がA車を第1車線側から追い越して本件交差点に進入したことを前提とする主張を展開しているが,本件防犯カメラの映像上,被告人車がどの車両であると捉えているかは,主張全体を通じて見ても明らかではない。原判決は,被告人車の走行態様を認定するに当たり,本件防犯カメラの映像との整合性につき何ら言及していないところ,このような原判決の認定は,前記のような当事者双方の主張に影響された面もあるように思われる。
3 結論
 以上のとおり,原判決には,前記の争点を判断する前提となる被告人車の走行態様に関し,本件防犯カメラの映像内容及び相反する2つの証言の存在を踏まえた審理を十分に尽くさなかった結果,事実を誤認した疑いがある。以上に指摘した点からすると,所論が本件防犯カメラの映像上認められるとするA車の右側を追い越した乗用車が,被告人車である可能性があることも念頭に置いて本件防犯カメラの映像を精査し,被告人車の走行態様を明らかにした上で,その走行態様を前提として,被告人の過失の有無等につき当事者双方の主張立証を尽くさせる必要があるというべきであるが,現状ではこれらの審理が尽くされているとは認められない。これらが被告人の有罪無罪の判断に直結し,原判決に影響を及ぼすことは明らかであって,原判決を破棄しなければ著しく正義に反するものと認められる。
 よって,刑訴法411条1号,3号により原判決を破棄し,同法413条本文に従い,被告人車の走行態様及びこれを前提とした過失の有無等に関し,更に必要な審理を尽くさせるため,本件を原審である東京高等裁判所に差し戻すこととし,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。
検察官野口元郎 公判出席
(裁判長裁判官 岡部喜代子 裁判官 大谷剛彦 裁判官 大橋正春 裁判官 木内道祥 裁判官 山崎敏充)