覚せい剤取締法違反被告事件 最高裁判所第二小法廷平成30年(あ)第437号 令和元年12月20日判決

       主   文

原判決中「被告人から64万円を追徴する。」との部分を破棄する。
被告人から金80万円を追徴する。
その余の部分に対する本件各上告を棄却する。

       理   由

 検察官の上告趣意のうち,判例違反をいう点は,事案を異にする判例を引用するものであって,本件に適切でなく,その余は,単なる法令違反の主張であり,弁護人立見廣志の上告趣意は,単なる法令違反,事実誤認,量刑不当の主張であって,いずれも刑訴法405条の上告理由に当たらない。
 しかしながら,所論に鑑み,職権をもって調査すると,原判決が被告人から64万円を追徴するとした部分は,刑訴法411条1号により破棄を免れない。その理由は,以下のとおりである。
 原判決の認定によれば,追徴に関する事実関係は,次のとおりである。
 被告人は,Aとの間で,覚せい剤100gを代金80万円で譲り渡すこと,覚せい剤は80gと20gに分けて引き渡すことを約束し,代金全額を被告人名義の預金口座に入金させた。被告人は,その約束に係る覚せい剤の一部として,覚せい剤78.76g(以下「本件覚せい剤」という。)を,Aの住居宛てに宅配便により発送し,Aに覚せい剤を譲り渡そうとしたが,その目的を遂げなかった(以下,この犯罪行為を「本件譲渡未遂」という。)。
 原判決は,被告人が薬物犯罪である本件譲渡未遂により得た財産は,本件覚せい剤の代金相当額に限られるとし,被告人は,約束した覚せい剤100gのうち,その8割に相当する分として本件覚せい剤を発送したと認められるから,国際的な協力の下に規制薬物に係る不正行為を助長する行為等の防止を図るための麻薬及び向精神薬取締法等の特例等に関する法律(以下「麻薬特例法」という。)2条3項にいう「薬物犯罪の犯罪行為により得た財産」は64万円であり,既に費消されて没収することができないので,同額を追徴すべきものとしている。
 しかしながら,被告人は,覚せい剤100gを代金80万円で譲渡するという約束に基づき,代金の支払を受けるとともに,本件覚せい剤の譲渡の実行に着手したもので,代金全額が,その約束に係る覚せい剤の対価として本件譲渡未遂と結び付いており,本件譲渡未遂を原因として得た財産といえるから,麻薬特例法2条3項にいう「薬物犯罪の犯罪行為により得た財産」として薬物犯罪収益に該当するというべきである。
 以上によれば,被告人に対する追徴額を64万円とした原判決には,麻薬特例法2条3項の解釈適用を誤った違法があり,この違法が判決に影響を及ぼすことは明らかであって,原判決の上記の部分を破棄しなければ著しく正義に反すると認められる。
 よって,刑訴法411条1号,413条ただし書により,原判決中「被告人から64万円を追徴する。」との部分を破棄し,本件譲渡未遂の犯行により被告人が得た代金80万円は麻薬特例法11条1項1号の薬物犯罪収益に該当するが,既に費消されて没収することができないので,同法13条1項前段によりその価額を被告人から追徴することとし,原判決のその余の部分に対する各上告は,刑訴法414条,396条によりこれを棄却し,当審における訴訟費用について同法181条1項ただし書を適用し,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。なお,裁判官三浦守の補足意見がある。

 裁判官三浦守の補足意見は,次のとおりである。

 麻薬特例法2条3項の「薬物犯罪の犯罪行為により得た財産」は,薬物犯罪の犯罪行為を原因として得た財産をいうものと解されるが,ある財産の取得が犯罪行為「により得た」といえるか否かは,一般に,財産の取得の趣旨及び状況を踏まえ,財産の取得と犯罪行為との結び付き等の点から判断すべきものと解される。
 規制薬物の有償譲渡については,譲渡行為の前に代金が支払われることもあるが,その先後にかかわらず,譲渡に関する当事者間の約束において代金の額等が定められ,これに従ってその代金を得たという場合,当該譲渡に係る犯罪が成立する限り,当該代金は犯罪行為「により得た」財産に当たるものと認められる。
 本件のように,規制薬物の譲渡の約束に基づいて前払代金を得ながら,その約束の一部の規制薬物の譲渡が行われ又はそれが未遂に終わった場合も,犯罪行為に係る約束に基づいて財産を得た上で,その約束に沿う犯罪を行ったという点では基本的に同じである。この場合、犯罪行為の範囲と財産の範囲に差異が生じるようにもみえるが,この財産は,その約束に係る規制薬物の対価として一体的に犯罪行為と結び付いており,その財産の全体について犯罪行為により得たものということができる。
 刑法19条1項3号の没収は,犯罪行為による不正な利得の保持を許さないなどのために,これを剥奪するものであり,その趣旨を徹底するために,同項1号,2号の没収と異なり,その対価として得た物も没収の対象とする(同項4号)とともに,これらを没収することができないときはその価額を追徴することができるものとしている(同法19条の2)。麻薬特例法の薬物犯罪収益等の没収・追徴(同法11条1項,13条1項)も,これと同じ趣旨によるものであって,その趣旨を更に徹底するために没収対象財産の拡大等を図っている。犯罪行為の基礎となる約束に基づいて取得した財産の全体を没収・追徴の対象とすることは,このような犯罪行為による不正利得の剥奪という法の趣旨に沿うものであることは明らかである。 
 検察官小長光健史,同関一穂 公判出席
(裁判長裁判官 三浦守 裁判官 菅野博之 裁判官 草野耕一 裁判官 岡村和美)