覚せい剤取締法違反,関税法違反被告事件 最高裁判所第一小法廷平成24年(あ)第744号 平成26年3月10日決定

       主   文

本件上告を棄却する。

       理   由

 弁護人小林徹也ほかの上告趣意のうち,最高裁平成19年(あ)第80号同22年4月27日第三小法廷判決・刑集64巻3号233頁を引用して判例違反をいう点は,事案を異にする判例を引用するものであって,本件に適切でなく,その余は,判例違反をいう点を含め,実質は単なる法令違反,事実誤認の主張であって,刑訴法405条の上告理由に当たらない。
 なお,所論に鑑み,職権で判断する。
1 公訴事実の要旨
 本件公訴事実の要旨は,「被告人は,A,B,C,D及び氏名不詳者らと共謀の上,営利の目的で,みだりに,平成21年7月18日,関西国際空港(以下「関空」という。)において,情を知らない同空港関係作業員らをして,覚せい剤であるフエニルメチルアミノプロパン塩酸塩の結晶約4004.17g在中の機内手荷物であるスーツケースを,トルコ共和国のアタチュルク国際空港発トルコ航空第46便から搬出させ,もって,覚せい剤を本邦に輸入するとともに,同日,関空内大阪税関関西空港税関支署旅具検査場で,覚せい剤携帯の事実を申告しないまま通関しようとしたが,税関職員に発見され,遂げられなかった。」というものである。
 2 審理経過及び1,2審判決
(1)当事者の主張
 本件覚せい剤の密輸入に関しては,〔1〕共犯者とされるAが,Bに覚せい剤の運搬役の仕事を持ちかけ,その話がBからCへ,CからDへと伝わって,最終的にDが運搬役を引受けたこと,〔2〕その後,Dが,公訴事実のとおり覚せい剤を航空機で関空へと持ち帰ったことに争いはない。第1審の公判前整理手続では,本件の争点は「覚せい剤の輸入の共謀があったか否か」と整理され,Aに指示を与えていた上位者として被告人が関与していたかどうかが争われた。
 検察官は,被告人がAを介してDに指示を出すとともに,イランに向けた国際電話をして海外の密輸組織とも連絡を取り合って覚せい剤の密輸入を主導していたものであって,被告人が本件の首謀者である旨主張し,被告人とAらとの共謀については,被告人から指示を受けていたとするA供述のほか,Aや被告人を含む関係者間で行われた通話等の履歴(以下「通話記録」という。),被告人が本件を含む一連の覚せい剤の密輸入の決行日とされる日に自ら関空に赴いていたこと,被告人が本件当時多額の金銭を得ていたことなどによって立証するとした。これに対し,被告人は,A供述の信用性を争った。
(2)第1審判決
 裁判員の参加する合議体で審理された第1審判決は,〔1〕A供述は,通話記録等に照らして首肯できる部分もそれなりにあるものの,関係者間の通話状況を子細にみると,整合しない点も少なからずあること,〔2〕D及びCの供述等によれば,被告人以外にAに指示を与えていた第三者の存在が強くうかがわれることなどを理由に,A供述の信用性は決して高いものではないとし,他方,関空へはAに頼まれて付いて行っただけであるとする被告人供述については,必ずしも信用し難い面があるものの,全体として虚偽のものであるとして排斥することはできないとして,被告人とAらとの共謀を否定し,被告人に無罪を言い渡した。
(3)原判決
 検察官が控訴したところ,原審は,第1審判決について,〔1〕客観的な証拠である通話記録からは,被告人の関係する通話を含めて,その通話内容の多くが本件密輸入に関する連絡であることが強く推認されるにもかかわらず,その指摘する諸点のみを根拠に通話記録がA供述の信用性を裏付けるものではないとした点や,〔2〕Aに覚せい剤の密輸入に関して指示を与えていた被告人以外の第三者の存在は,証拠上は抽象的可能性に止まるというべきであるのに,その指摘する事情だけから,被告人以外の第三者の存在が強くうかがわれるとした点は,いずれも経験則に照らし明らかに不合理な判断であるとし,そのような判断を前提としてA供述の信用性を否定し,被告人とAらとの共謀を否定する結論を導いた点も,結局,経験則に照らして明らかに不合理な判断であって是認できないとした。その上で,むしろ,A供述は通話記録とよく符合していて信用性が高く,A供述以外から被告人の本件密輸入への関与を基礎付ける事情も認められるから,これらを総合評価すれば被告人とAらとの共謀を優に認定でき,第1審判決には判決に影響を及ぼすことが明らかな事実の誤認があるとして第1審判決を破棄し,事件を第1審に差し戻した。
3 当裁判所の判断
(1)刑訴法382条の事実誤認とは,第1審判決の事実認定が論理則,経験則等に照らして不合理であることをいう(最高裁平成23年(あ)第757号同24年2月13日第一小法廷判決・刑集66巻4号482頁)ところ,所論は,事実誤認を理由に第1審判決を破棄した原判決は,事実誤認につき論理則,経験則等に照らして不合理であることを具体的に示しておらず,その事実認定も誤っているという。
(2)第1審判決が,A供述と通話記録との整合性に関して指摘した問題点は,〔1〕被告人又はDとの間の通話の時期や,電話をかけた主体に関するA供述の中に不自然な部分がある,〔2〕被告人からイランに向けた通話を含めた関係者間の通話を本件密輸入に関する連絡と見た場合に,あるべき時期に被告人からイランに向けた通話がなかったり,相互の通話間隔が短すぎたりする部分があるなどというものである。しかし,その指摘する問題点を個別に見ても,その多くはA供述と通話記録との整合性を細部について必要以上に要求したというべき内容であって,発信記録だけが記録され,受信記録は記録されていないなどという通話記録の性質に十分配慮しながら検討を加えていたとすれば,いずれの点も,原判決が説示するとおり,A供述を前提としても説明が可能か,少なくともA供述の信用性を直ちに否定するような問題点とはいえないことは明らかである。むしろ,A供述を前提としながら通話記録を見れば,被告人からイランに向けた通話を含めた関係者間の通話が,本件密輸入の計画段階及び実行段階において,時間的に接着し,繰り返しなされるなどしていることが認められ,その多くが本件密輸入に関する連絡であることが強くうかがわれるのであって,通話記録は,A供述とよく整合するものといえる。そうすると,第1審判決は,客観的な証拠である通話記録の性質に十分配慮せず,その有する証拠価値をも見誤り,それとA供述との整合性を細部について必要以上に要求するなどした結果,A供述全体との整合性という観点からの検討を十分に行わないまま,A供述が通話記録とは整合しないと結論付けたもので,その判断は明らかに不合理であり,経験則に照らし不合理な判断といわざるを得ない。
(3)また,第1審判決が,Aに覚せい剤の密輸入に関して指示を与えていた被告人以外の第三者の存在が強くうかがわれるとした根拠は,〔1〕本件密輸入には日本の暴力団関係者が関わっていた可能性が相当程度考えられ,Aも暴力団関係者と無縁であったとは到底いえないこと,〔2〕Dが,Aと本件密輸入に関する通話をした際に,別の男の声も聞こえた旨供述しているところ,その前後の通話状況に照らし,Dが聞いた男の声は,被告人の声ではなかったとみるべきであること,〔3〕Cも,Aと本件密輸入に関する通話をした際に,Aが誰か男と話している感じがあった旨供述していること,〔4〕通話記録に照らすと,Aが,その交際相手の女性やトルコでDの案内役を務めたとされる外国人を介して,被告人以外の者から本件密輸入に関して指示を受けていた具体的可能性も否定できないことの4点である。しかし,いずれも,指摘する事情のみから直ちに本件密輸入全般にわたってAに指示を与えていた被告人以外の第三者の存在をうかがわせる内容とはいい難い上,本件では,前記のとおり,被告人が指示者であるとするA供述が通話記録によってよく裏付けられているほか,被告人が,平成20年8月以降,本件密輸入のときを含めて5回にわたり,Aが手配した運搬役が覚せい剤を関空へと持ち帰ったとされる際に自らも関空に赴くなど,被告人の本件密輸入への関与をうかがわせる事情もある。このような証拠関係の下で被告人以外の第三者の存在が強くうかがわれるとした第1審判決は,前記のとおりA供述と通話記録との整合性に関する判断を誤るとともに,被告人の関与をうかがわせる上記事情をも適切に評価しなかった結果,抽象的な可能性のみをもってA供述の信用性を否定したものであって,その判断は明らかに不合理で,この点も経験則に照らし不合理な判断といわざるを得ない。
(4)そうすると,第1審判決が,最終的にA供述の信用性を否定し,被告人とAらとの共謀を否定する結論を導いた点も,経験則に照らして不合理な判断といわざるを得ない。原判決は,これと同旨の説示をするとともに,A供述は通話記録とよく符合していて信用性が高く,また,A供述以外から被告人の本件密輸入への関与を基礎付ける事情も認められると指摘して,これらを総合評価すれば,被告人とAらとの共謀を優に認定することができると判示しているところ,この判断も合理的なものであって,是認できる。
(5)以上によれば,原判決は,第1審判決の事実認定が経験則に照らして不合理であることを具体的に示して事実誤認があると判断したものといえ,刑訴法382条の解釈適用の誤りはないし,事実誤認もない。
 よって,刑訴法414条,386条1項3号により,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり決定する。なお,裁判官横田尤孝の補足意見がある。

 裁判官横田尤孝の補足意見は,次のとおりである。

 裁判員制度の下での在るべき審理という観点から振り返ると,本件第1審の審理には,いくつか問題があったと思料するので,以下、この点について意見を述べる。
 法廷意見のとおり,第1審判決は,発信記録だけが記録され,受信記録は記録されていないなどという通話記録の性質に十分配慮せず,その有する証拠価値をも見誤り,それとA供述との整合性を細部にわたって必要以上に要求するなどした結果,経験則に反する不合理な判断をするに至ったものであるが,その原因の多くは,公判審理において,A供述の信用性の判断に当たり重要とは思われない事項をめぐって長時間にわたり主張・立証が行われるなどして,審理全体が分かりづらいものになってしまったことにあるといえ,さらに,そのような公判審理が行われたことのいわば根源的な要因は,公判前整理手続における争点整理及び審理計画の策定が不適切であったことにあると思われる。 
 すなわち,本件公判前整理手続において裁判所,検察官,弁護人の三者間で確認された争点は「覚せい剤の輸入の共謀があったか否か」というものであるところ,第1審判決の中で重視された「A供述と通話記録との整合性」及び「被告人以外の第三者の存在の可能性」という事項が明確に意識されながら争点整理がされていたようにはうかがえない。第1審裁判所が,公判前整理手続において,当事者の主張・立証予定を基本的にそのまま受け入れただけで,判断の分かれ目を意識した争点整理を行わなかったものと見ざるを得ない。そのため,裁判員が参加した公判審理において,当事者は,争点の判断・認定上必ずしも重要とはいえない枝葉末節的な事項についてまで漫然と主張・立証する結果となった。また,同整理手続で定められた審理計画においては,Aに対する証人尋問の予定時間は合計6時間40分,被告人質問のそれは合計5時間40分とされたが,事案の内容や証拠関係等に照らすと果たしてそれほどの時間が必要であったか,全体として裁判員が法廷で見聞きしただけで理解できるような審理計画であったかについて疑問が残る。不必要なまでの時間配分がなされたがゆえにかえって尋問等が細部にわたりあるいは散漫になるなどして審理内容が分かりづらいものとなり,裁判員に対して必要以上の負担を強いる結果となりはしなかったであろうか。
 このように,公判前整理手続における争点整理及び審理計画の策定が不適切なままで終わったことには裁判所のみならず当事者の対応にも問題があったと考えられるところであり,分けても本件公訴事実について立証責任を負う検察官の訴訟活動には問題があったといわざるを得ない。すなわち,検察官は,公訴事実立証の柱というべきAに対する証人尋問を,被告人やAら本件関係者間の携帯電話による通話及びメールの送受信時刻等が記録された電話会社作成にかかる「通話記録」を中心に据えて行った。もとより通話記録は客観的証拠であるから,検察官がこれに着目し公判立証に活用しようと考えたこと自体は理解できる。しかし,この通話記録は,上記の性質から,本件当時の被告人やAら関係者間における全ての通話等の状況を示すものではなかった。その上,Aは,本件通話記録の対象電話機の他に「とばし」と称される他人又は架空名義の携帯電話機を使っており,この電話機による通話状況は,通話記録によっては全く知り得なかった。したがって,通話記録によって被告人とAら関係者との通話状況等を立証することには限界があった。しかも,本件通話記録に記録されていた通話等は,数千件にも及ぶものであった。そうであるのに,検察官は,Aに対する尋問において,基本的に,この膨大な通話記録を参照しながら公訴事実に結び付くと考えられる通話記録を拾い出してはその説明を求めるという方法で,犯行の中核的事実だけでなく,犯行に至る経緯等の周辺事実に至るまで,Aに対し詳細な尋問を行った。検察官が上記通話記録の持つ問題点を強く意識し,通話記録に基づく立証事項・尋問項目を適切に絞っていたならば,反対尋問もそれに応じたコンパクトなものとなり,裁判員にとっても,より分かりやすい公判審理になったのではないかと思われる。
 以上に加え,第1審の判決書についても触れておきたい。同判決書は,本文だけで43頁に及ぶもので,この種事件にかかる裁判員裁判の判決書としては異例ということもできるほど長く,裁判員が一読して直ちに理解できたであろうかとの感を抱かざるを得ない。もとよりその長短のみをもって判決書の当否を論ずべきではないが,前記のような公判前整理手続及び公判審理の問題点が,評議及び判決にも影響を与えたと見ざるを得ず,公判前整理手続や公判審理の問題点が改善されれば,本件の具体的事案,争点,真に必要な証拠関係等に即したより分かりやすい内容の判決ができないではなかったはずであると思われる。
 裁判員裁判は間もなく施行後5年目を迎える。同制度は概ね順調に運営されているということができるが,これが国民の間に一層深く定着し,安定的に運営され,裁判員裁判導入の理念を現実のものとし続けるためには,法曹三者が,それぞれの事件の内容・特性に応じた柔軟な姿勢で,裁判員裁判として在るべき公判審理,すなわち,裁判員が法廷で見聞きした審理の内容を踏まえて争点等について自らの意見を的確に形成できるような分かりやすい審理の実現に向け,不断の工夫と努力を重ねることが不可欠である。
裁判長裁判官 横田尤孝 裁判官 櫻井龍子 裁判官 金築誠志 裁判官 白木勇 裁判官 山浦善樹