覚せい剤取締法違反,関税法違反被告事件 最高裁判所第一小法廷平成24年(あ)第724号 平成25年10月21日決定

       主   文

本件上告を棄却する。
当審における未決勾留日数中450日を原判決の懲役刑に算入する。

       理   由

 弁護人野中篤の上告趣意のうち,最高裁平成19年(あ)第80号同22年4月27日第三小法廷判決・刑集64巻3号233頁を引用して判例違反をいう点は,事案を異にする判例を引用するものであって,本件に適切でなく,その余は,判例違反をいう点を含め,実質は単なる法令違反,事実誤認の主張であって,刑訴法405条の上告理由に当たらない。
 なお,所論に鑑み,職権で判断する。
1 公訴事実の要旨
 本件公訴事実の要旨は,「被告人は,氏名不詳者らと共謀の上,営利の目的で,平成22年6月2日(現地時間),ベナン共和国所在のカルディナル・ベルナディン・ガンティン国際空港において,航空機に搭乗する際,粘着テープ等で2包に小分けされた覚せい剤2481.9g(以下「本件覚せい剤」という。)を隠し入れたスーツケース(茶色のソフトスーツケースであり,以下「本件スーツケース」という。)を機内預託手荷物として預けて同航空機に積み込ませ,同月3日(現地時間),フランス共和国所在のシャルル・ド・ゴール国際空港において,本件スーツケースを別の航空機に積み替えさせて出発させ,同月4日,成田国際空港内において,本件スーツケースを同航空機から搬出させ,もって覚せい剤取締法違反である覚せい剤の輸入を行うとともに,同日,同空港内の税関の旅具検査場において,税関職員の検査を受けた際,前記覚せい剤を携帯している事実を申告しないまま同検査場を通過して輸入しようとしたが,同職員に覚せい剤を発見されたため,遂げられなかった。」というものである。
2 審理経過及び1,2審判決
(1)当事者の主張
 被告人が日本に持ち込んだ本件スーツケースの中から本件覚せい剤が発見されたことに争いはなく,本件の争点は,本件スーツケースの中に覚せい剤を含む違法薬物が収納されていることを被告人が認識していたかどうか(以下,この認識を単に「知情性」という。)にある。
 検察官は,〔1〕被告人が本件スーツケースに隠匿された本件覚せい剤を日本に持ち込んだという事実自体から被告人の知情性が強く推認される(本件に薬物密輸組織が関与していることは明らかであるところ,同組織は確実な回収方法をとるはずであって,運搬者が知らないうちに荷物の中に紛れ込ませるような方法をとるはずがない。本件スーツケースの重量や手触りも異常であって,被告人が何も知らなかったというのは考えられない。特別の事情がなければ通常中身を知っているといえる。),〔2〕被告人の渡航経路や渡航目的が不自然である,〔3〕税関検査時の被告人の言動にも不自然な点がある,〔4〕被告人の弁解は信用性に欠けるなどと主張し,以上を総合すれば,被告人に知情性があったことは明らかであると主張した。
 これに対し,被告人は,居住するウガンダ共和国を出国し,仕事の関係等でケニア共和国及びベナン共和国に立ち寄った後,仕事で使用する自動車やパソコン等の購入を主な目的として来日した,本件スーツケースは,ウガンダ共和国を出発する前にメイドであるAに購入と衣類等の詰め込みを依頼し,そのまま携帯してきたもので,日本に入国するまでその内容物に手を触れていないなどと弁解し,本件スーツケースに本件覚せい剤が隠匿された事情として思い当たるのは,A以外にはなく,ベナン共和国でガイド兼運転手をしてもらう予定であったBがこれを回収する役であった可能性があるなどと主張した。
(2)第1審判決
 裁判員の参加する合議体で審理された第1審判決は,以下のとおり判示して,被告人の知情性についてはなお疑いの余地が残るとして,被告人に無罪を言い渡した。
(検察官主張の〔1〕について)隠匿された覚せい剤の量の多さや隠匿の巧妙さから,本件密輸には覚せい剤密輸組織が関与していると推認され,このような犯行においては,覚せい剤密輸組織は,目的地到着後に運搬者から覚せい剤を回収するために必要な措置をあらかじめ講じているはずであると考えられるが,そのような措置としては様々なものが考えられ,運搬者に事情を知らせないまま同人から回収する方法がないとまではいえない。また,本件スーツケースの外観等から被告人において本件スーツケース内に隠匿物が存在することに気付いたはずであるとは認められない。そうすると,被告人が本件覚せい剤が隠匿された本件スーツケースを自己の手荷物として持ち込んだという事実から,特別の事情がなければ通常中身を知っているとまで推認することはできない。(同〔2〕について)被告人の渡航経路及び被告人の供述する渡航目的が不自然であるともいえない。(同〔3〕について)税関検査時の被告人の態度は色々な意味に解釈することができるものであって,直ちに知情性と結び付くものではない。(同〔4〕について)被告人供述には不自然な点も散見されるが,被告人供述の中核部分は税関検査の初期の段階から一貫しているし,本件スーツケースに関連して,虚偽の内容が含まれている可能性はあるものの,同時に,明らかにされていない事情が存在する可能性等もあるから,直ちにこれを虚偽の供述として排斥するだけの証拠はない。結局,被告人が本件覚せい剤の隠匿された本件スーツケースを自己の荷物として持ち込んだという事実に,被告人供述の不自然さを併せて考慮しても,被告人の知情性が常識に従って間違いなくあるとはいえない。
 これに対し,検察官が控訴した。
(3)原判決
 原判決は,知情性を否定した第1審判決の説示は,事実認定の方法自体において誤っているし,知情性を否定した結論も是認できないとして,事実誤認を理由に第1審判決を破棄し,公訴事実どおりの事実を認定して,被告人を懲役10年及び罰金500万円に処し,覚せい剤を没収した。
 これに対し,被告人が上告した。
3 当裁判所の判断
(1)所論は,事実誤認を理由に第1審判決を破棄して自判した原判決は,事実誤認につき論理則,経験則等に照らして不合理であることを具体的に示しておらず,刑訴法382条の解釈適用を誤った違法があり,ひいては事実誤認があるという。
(2)原判決は,知情性を否定した第1審判決の結論について,次のとおり説示して,判決に影響を及ぼすことが明らかな事実誤認があるという。すなわち,覚せい剤密輸組織によるこの種の犯罪において,運搬者が,覚せい剤密輸組織の者からにしろ,一般人を装った者からにしろ,誰からも何らの委託も受けていないとか,受託物の回収方法について何らの指示も依頼も受けていないということは,現実にはあり得ないというべきである。この経験則と被告人が大量の覚せい剤が隠匿された本件スーツケースを携帯して来日したことなどからは,被告人は本件スーツケースを日本に運ぶよう指示又は依頼を受けて来日したと認定でき,渡航費用等の経費は覚せい剤密輸組織が負担したと考えられることなども併せ考えれば,被告人において,少なくとも,本件スーツケースの中に覚せい剤等の違法薬物が隠匿されているかもしれないことを認識していたと推認できる。
(3)1,2審判決が前提とするとおり,本件覚せい剤の量や隠匿態様等に照らし,本件密輸には覚せい剤密輸組織が関与していると認められるところ,原判決が説示するとおり,密輸組織が多額の費用を掛け,摘発される危険を冒してまで密輸を敢行するのは,それによって多額の利益が得られるからに他ならず,同組織は,上記利益を実際に取得するべく,目的地到着後に運搬者から覚せい剤を確実に回収することができるような措置を講じるなどして密輸を敢行するものである。そして,同組織にとってみれば,引受け手を見付けられる限り,報酬の支払を条件にするなどしながら,運搬者に対して,荷物を引き渡すべき相手や場所等を伝えたり,入国後に特定の連絡先に連絡するよう指示したりするなど,荷物の回収方法について必要な指示等をした上,覚せい剤が入った荷物の運搬を委託するという方法が,回収の確実性が高く,かつ,準備や回収の手間も少ないという点で採用しやすい密輸方法であることは明らかである。これに対し,そのような荷物の運搬委託を伴わない密輸方法は,目的地に確実に到着する運搬者となる人物を見付け出した上,同人の知らない間に覚せい剤をその手荷物の中に忍ばせたりする一方,目的地到着後に密かに,あるいは,同人の意思に反してでもそれを回収しなければならないなどという点で,準備や実行の手間が多く,確実性も低い密輸方法といえる。そうすると,密輸組織としては,荷物の中身が覚せい剤であることまで打ち明けるかどうかはともかく,運搬者に対し,荷物の回収方法について必要な指示等をした上で覚せい剤が入った荷物の運搬を委託するという密輸方法を採用するのが通常であるといえ,荷物の運搬の委託自体をせず,運搬者の知らない間に覚せい剤をその手荷物の中に忍ばせるなどして運搬させるとか,覚せい剤が入った荷物の運搬の委託はするものの,その回収方法について何らの指示等もしないというのは,密輸組織において目的地到着後に運搬者から覚せい剤を確実に回収することができるような特別な事情があるか,あるいは確実に回収することができる措置を別途講じているといった事情がある場合に限られるといえる。したがって、この種事案については,上記のような特段の事情がない限り,運搬者は,密輸組織の関係者等から,回収方法について必要な指示等を受けた上,覚せい剤が入った荷物の運搬の委託を受けていたものと認定するのが相当である。
 これを本件についてみると,被告人の来日前の渡航先であるケニア共和国及びベナン共和国については,これらの国が密輸組織の目指していた本件覚せい剤の密輸の目的地であり,同国内で密輸組織が本件覚せい剤を確実に回収できるようになっていたなどの事情はうかがわれない。所論は,ベナン共和国で被告人のガイド兼運転手をする予定であったBが密輸組織の回収役であった可能性があるというが,第1審判決も指摘するとおり,本件覚せい剤は,実際には日本に運ばれている上,被告人が供述するBの行動等は,ベナン共和国への飛行機の到着時刻が予定よりも3時間ほど遅れたところ,到着時には空港におらず,その後も同国滞在中に電話を3,4回かけてきたにとどまるというのであって,密輸組織の回収役の行動として不自然といわざるを得ず,回収役とみる余地はない。日本における確実な回収措置等の有無について見ても,被告人に同行者がいなかったことや,日本到着時に宿泊先のホテルの予約がされておらず,被告人自身,日本において誰かと会う約束もなく,日本における旅程も決めていなかったと述べていることなどに照らすと,密輸組織がそのような被告人から本件覚せい剤の回収を図ることは容易なことではなく,日本到着後に被告人から本件覚せい剤を確実に回収できるような特別な事情があるとか,確実に回収することができる措置が別途講じられていたとはいえない。そうすると,本件では,上記の特段の事情はなく,被告人は,密輸組織の関係者等から,回収方法について必要な指示等を受けた上,本件スーツケースを日本に運搬することの委託を受けていたものと認定するのが相当である。 
 原判決が,この種事案に適用されるべき経験則等について「この種の犯罪において,運搬者が,誰からも何らの委託も受けていないとか,受託物の回収方法について何らの指示も依頼も受けていないということは,現実にはあり得ない」などと説示している点は,例外を認める余地がないという趣旨であるとすれば,経験則等の理解として適切なものとはいえないが,密輸組織が関与した犯行であることや,被告人が本件スーツケースを携帯して来日したことなどから,被告人は本件スーツケースを日本に運ぶよう指示又は依頼を受けて来日したと認定した原判断は,上記したところに照らし正当である。
 原判決は,そのほか,被告人の来日目的は本件スーツケースを日本に持ち込むことにあり,また,被告人の渡航費用等の経費は密輸組織において負担したものと考えられるとし,さらに,そのような費用を掛け,かつ,発覚の危険を冒してまで秘密裏に日本に持ち込もうとする物で,本件スーツケースに隠匿し得る物として想定されるのは,覚せい剤等の違法薬物であるから,被告人において,少なくとも,本件スーツケースの中に覚せい剤等の違法薬物が隠匿されているかもしれないことを認識していたと推認できるとし,このような推認を妨げる事情もないとしているが,この推認過程や認定内容は合理的で,誤りは認められない。
 以上に対し,第1審判決は,「(密輸組織による回収のための措置としては)様々なものが考えられ,運搬者に事情を知らせないまま同人から回収する方法がないとまではいえない」という前提の下,「被告人が本件覚せい剤が隠匿された本件スーツケースを自己の手荷物として持ち込んだという事実から,特別の事情がなければ通常中身を知っているとまで推認することはできない」と説示し,最終的に被告人の知情性は認定できないという結論を導いている。この点は,この種事案に適用されるべき経験則等の内容を誤認したか,あるいは,抽象的な可能性のみを理由として経験則等に基づく合理的な推認を否定した点において経験則等の適用を誤ったものといえ,原判決のとおり,知情性を否定した結論が誤っているといわざるを得ない。
(4)以上によれば,原判決は,第1審判決の事実認定が経験則等に照らして不合理であることを具体的に示して事実誤認があると判断したものといえ(最高裁平成23年(あ)第757号同24年2月13日第一小法廷判決・刑集66巻4号482頁参照),刑訴法382条の解釈適用の誤りはないし,事実誤認もない。
 なお,原判決が,第1審判決について,事実認定の方法自体において誤っているとした説示には,所論指摘のとおり第1審判決に対する誤った理解を前提とする部分も含まれているから,そのまま是認することはできないが,この点は結論に影響しない。
 よって,刑訴法414条,386条1項3号,181条1項ただし書,刑法21条により,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり決定する。
(裁判長裁判官 横田尤孝 裁判官 櫻井龍子 裁判官 金築誠志 裁判官 白木勇 裁判官 山浦善樹)