覚せい剤取締法違反,関税法違反被告事件 最高裁判所第三小法廷平成24年(あ)第167号 平成25年4月16日決定

       主   文

本件上告を棄却する。
当審における未決勾留日数中370日を原判決の懲役刑に算入する。

       理   由

 弁護人坂根真也,同久保有希子の上告趣意のうち,判例違反をいう点は,所論引用の判例は,原判決の宣告後になされたものであるから,刑訴法405条2号にいう判例には当たらず,その余は,単なる法令違反,事実誤認の主張であって,同条の上告理由に当たらない。
 なお,所論に鑑み,職権で判断する。
1 事案の概要
 本件犯罪事実の要旨は,「被告人は,氏名不詳者らと共謀の上,営利の目的で,覚せい剤を日本国内に輸入しようと計画し,氏名不詳者において,平成22年9月,メキシコ国内の国際貨物会社の営業所において,覚せい剤を隠匿した段ボール箱2箱(以下「本件貨物」という。)を航空貨物として,東京都内の上記会社の保税蔵置場留め被告人宛てに発送し,航空機に積み込ませ,成田空港に到着させた上,機外に搬出させて覚せい剤合計約5967.99g(以下「本件覚せい剤」という。)を日本国内に持ち込み,さらに,上記保税蔵置場に到着させ,東京税関検査場における税関職員の検査を受けさせたが,税関職員により本件覚せい剤を発見されたため,本件貨物を受け取ることができなかった。」というもので,覚せい剤取締法違反(覚せい剤営利目的輸入罪)及び関税法違反(禁制品輸入未遂罪)の2つの罪に当たる。
 被告人は,本件貨物の日本への発送に先立ってメキシコから日本に入国し,本件貨物が到着した旨の連絡を受けて上記会社の営業所に出向き,警察によって本件覚せい剤を無害な物と入れ替えられた段ボール箱2箱(以下これについても「本件貨物」という。)を引き取ってホテルに戻って開封したところを,令状による警察官の捜索を受け,本件貨物を発見されて逮捕された。
2 審理の経過
 被告人は,第1審及び原審の公判において,犯罪組織関係者から脅されて日本に渡航して貨物を受け取るように指示され,貨物の中身が覚せい剤であるかもしれないと思いながら,航空券,2000米ドル等を提供されて来日し,本件貨物を受け取った旨供述したが,覚せい剤輸入の故意及び共謀はないと主張した。
(1)第1審判決
 裁判員の参加する合議体で審理された第1審判決は,以下のとおり判示して,覚せい剤輸入の故意は認められるが共謀は認められないとして無罪の言渡しをした(検察官の求刑は,懲役15年及び罰金800万円,覚せい剤の没収であった。)。
 すなわち,被告人が,来日に際して犯罪組織関係者から資金提供を受けていること,来日前後に犯罪組織関係者と電子メール等で連絡を取り合い来日後に犯罪組織関係者と思われる人物らと接触していたことなどの検察官の主張に係る事実全体を総合して考えても,故意及び共謀を推認させるには足りない。ただし,被告人は,公判廷で,「メキシコにおいて,犯罪組織関係者に脅され,日本に行って貨物を受け取るように指示された際,貨物の中身は覚せい剤かもしれないと思った。」旨供述し,覚せい剤である可能性を認識していたと自白しており,この自白は自然で信用できるから,覚せい剤輸入の故意は認められる。しかしながら,被告人の供述その他の証拠の内容にも,被告人と共犯者の意思の連絡を推認させる点は見当たらず,両者が共同して覚せい剤を輸入するという意思を通じ合っていたことが常識に照らして間違いないとはいえないから,共謀についてはなお疑いを残すというほかない。
 これに対し,検察官が控訴した。
(2)原判決
 原判決は,第1審判決の事実認定に関し,覚せい剤輸入の故意を認定しながら,覚せい剤輸入についての暗黙の了解があったことを裏付ける客観的事情等を適切に考察することなく,共謀の成立を否定したのは,経験則に照らし,明らかに不合理であり,事実誤認があるとして第1審判決を破棄して自判し,被告人を懲役12年及び罰金600万円に処し,覚せい剤を没収した。
 これに対し,被告人が上告した。
3 当裁判所の判断
 所論は,事実誤認を理由に第1審判決を破棄して自判した原判決には刑訴法382条の解釈適用の誤り及び事実誤認があるという。
(1)同条の事実誤認とは,第1審判決の事実認定が論理則,経験則等に照らして不合理であることをいうものと解するのが相当であり,控訴審が第1審判決に事実誤認があるというためには,第1審判決の事実認定が論理則,経験則等に照らして不合理であることを具体的に示すことが必要である(最高裁平成23年(あ)第757号同24年2月13日第一小法廷判決・刑集66巻4号482頁)。
(2)この点,原判決は,本件において,次のとおり第1審判決の事実認定が不合理であることを示している。
ア まず,「被告人が覚せい剤輸入の故意を持つに至ったのは,犯罪組織関係者から日本へ行って貨物を受け取るように依頼をされ,犯罪組織が覚せい剤を輸入しようとしているのかもしれないなどとその意図を察知しながら,その依頼を引き受けたからにほかならない。そうであるとすると,被告人は,特段の事情がない限り,犯罪組織関係者と暗黙のうちに意思を通じたものであって,共謀が成立したと認めるべきではないかと思われる。」旨本件における故意と共謀の認定の関係を説明する。
イ 次に,関係証拠によって認定できる事実を踏まえ,以下のとおり説示している。すなわち,本件では,被告人は,本件貨物の受取に関し,犯罪組織関係者の費用負担により日本に渡航し,連絡用のパソコン,航空券,2000米ドルを受け取っており,覚せい剤の可能性の認識について自認する被告人の公判供述にも照らすと,被告人は,犯罪組織関係者の覚せい剤輸入の意図を察知しながら,本件貨物の受取の依頼を引き受けたものと認められ,犯罪組織関係者は,被告人が意図を察知することを予測し得る状況で依頼をしており,両者の間に覚せい剤輸入につき暗黙の了解があったと推認できる。
 さらに,来日前後に犯罪組織関係者と連絡を取り合っていること,応答要領を準備して貨物会社に連絡を入れるなどしていること,犯罪組織関係者から本件貨物の内容物の形状について伝えられ,来日後に購入したノートに記載したとみられること,犯罪組織関係者の了解の下で覚せい剤の入っていた本件貨物を開封したとみられることなどの客観的事情は,被告人と犯罪組織関係者との間に相当程度の信頼関係があったことを示し,覚せい剤輸入についての暗黙の了解があったことを裏付けるものである。
ウ そして,結論として,「第1審判決が覚せい剤輸入の故意が認められるとした点は結論において正当といえるが,上記のような客観的事情等があるにもかかわらず,これらを適切に考察することなく被告人と犯罪組織関係者との共謀を否定した点は,経験則に照らし,明らかに不合理であり,是認することができない。」と判示した。
(3)そこで検討するに,原判決は,本件においては,被告人と犯罪組織関係者との間の貨物受取の依頼及び引受けの状況に関する事実が,覚せい剤輸入の故意及び共謀を相当程度推認させるものであり,被告人の公判供述にも照らすと,被告人は,犯罪組織が覚せい剤を輸入しようとしているかもしれないとの認識を持ち,犯罪組織の意図を察知したものといえると評価し,被告人の公判廷における自白に基づいて覚せい剤の可能性の認識を認めた第1審判決の認定を結論において是認する。他方,覚せい剤の可能性についての被告人の認識,貨物の受取の依頼及び引受けの各事実が認められるにもかかわらず,第1審判決が,覚せい剤輸入の故意を認定しながら,客観的事情等を適切に考察することなく共謀の成立を否定した点を経験則に照らし不合理であると指摘している。
 被告人が犯罪組織関係者の指示を受けて日本に入国し,覚せい剤が隠匿された輸入貨物を受け取ったという本件において,被告人は,輸入貨物に覚せい剤が隠匿されている可能性を認識しながら,犯罪組織関係者から輸入貨物の受取を依頼され,これを引き受け,覚せい剤輸入における重要な行為をして,これに加担することになったということができるのであるから,犯罪組織関係者と共同して覚せい剤を輸入するという意思を暗黙のうちに通じ合っていたものと推認されるのであって,特段の事情がない限り,覚せい剤輸入の故意だけでなく共謀をも認定するのが相当である。原判決は,これと同旨を具体的に述べて暗黙の了解を推認した上,本件においては,上記の趣旨での特段の事情が認められず,むしろ覚せい剤輸入についての暗黙の了解があったことを裏付けるような両者の信頼関係に係る事情がみられるにもかかわらず,第1審判決が共謀の成立を否定したのは不合理であると判断したもので,その判断は正当として是認できる。
(4)以上によれば,原判決は,第1審判決の事実認定が経験則に照らして不合理であることを具体的に示して事実誤認があると判断したものといえるから,原判決に刑訴法382条の解釈適用の誤りはなく,原判決の認定に事実誤認はない。
 よって,同法414条,386条1項3号,181条1項ただし書,刑法21条により,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり決定する。なお,裁判官田原睦夫,同大谷剛彦,同寺田逸郎の各補足意見がある。

 裁判官田原睦夫の補足意見は,次のとおりである。

 私は法廷意見に与するものであるが,第1審判決が,被告人につき覚せい剤輸入についての故意を認定しながら,何等特段の事情を認定することなく,当該覚せい剤を輸出した犯罪組織関係者との間の覚せい剤輸入についての共謀の成立を否定したことと経験則の関係について,以下のとおり補足意見を述べる。
1 一般に,隔地者間で物が輸送される場合において,発送者は,到着地における特定の受領権者(権限の有無による特定であり,必ずしも個人名の特定まで要しない。)に対して発送するのであり,他方,権限を持って受領する者は,その受領に当たり,その受領が発送者の意に沿うものであること,即ち,受領行為自体が発送者の意図の実現であることを認識,認容しているものと言える。そのことは,受領者の受領権限が発送後に授与された場合であっても何ら異ならない。
2 この理は,輸送物が禁制品の場合も同様である。但し,輸送物が禁制品の場合,禁制品であることについての認識の有無について発送者,受領権者の双方につき別途検討されなければならない。
 先ず,発送者が禁制品であることを認識している場合について言えば,そのことの故をもって受領権者がその事実を当然に知っているとは言えず,単に発送,受領の事実のみから,受領権者の認識が推定されることは有り得ない。
 他方,受領権者が禁制品であることを認識している場合,通常,発送者は発送品の内容を認識したうえで発送するものであるから,特段の事情のない限り,発送者において禁制品であることを認識したうえで発送したものとの推定が働く。それ故,受領権者が,禁制品であることを認識したうえで受領する場合,受領権者は,発送者において禁制品であることを認識したうえで発送したこと及び当該禁制品を受領することが発送者の意図の実現であることを認識,認容していることが推認されると言える。
3 次に,海外の発送者が禁制品を国内の受領権者宛に発送する場合,即ち我が国に禁制品を輸入し通関手続を経由したうえで送付する場合においても,2で述べたところが基本的にはそのまま妥当する。
 即ち,国内の受領権者が,輸入物が禁制品であって輸入することが禁じられていることを認識している場合,発送者即ち国内への輸入を企図している者も,特段の事情のない限りその目的物が輸入禁制品であることを認識しているものと推認される。
 それ故,受領権者が通関手続を経た当該輸入物を受領する行為は,当該禁制品を輸入するべく発送した発送者の輸入実現行為に他ならず,受領権者においても,その事実を認識,認容しているものと推認されるのであり,かかる認識,認容の下での受領行為は,発送者の輸入行為の共同遂行,即ち輸入した発送者との共謀の下での犯罪実現に不可欠な行為との評価を受けることになるということができる。
4 上記に述べたところは,一定の事実に基づいてそれから合理的に推認される事実を認定し,更にその推認された事実及び他の認定できる諸事実関係と相俟って合理的に推認される事実を認定するとの論理法則の適用を例をもって示したものであって,その推認過程は,経験則の当嵌めそのものである。
 かかる経験則の適用を否定するには,その推認過程のうちの何れかの点において,推認することが相当でない特段の事由(推認障害事由)の存在が認定される必要があるというべきである。
5 本件においては,被告人も自認しているとおり,被告人に覚せい剤密輸入の故意が認められ,原判決が詳細に摘示する間接事実からして,経験則上,被告人と犯罪組織関係者との間の共謀の成立が優に認定することができるにも拘ず,第1審判決は,その経験則の適用を否定すべき特段の事由の存在について何ら論及することなく,共謀の成立を否定しているのであって,経験則の適用を誤ったものと言わざるを得ない。
 従って,第1審判決はかかる点からしても破棄されて然るべき事案である。

 裁判官大谷剛彦の補足意見は,次のとおりである。

1 控訴審の性格,及び控訴審における破棄事由としての事実誤認の意義については,判示引用の最高裁平成24年2月13日第一小法廷判決で改めて確認され,控訴審が第1審判決に事実誤認があるというためには,第1審判決の事実認定が論理則,経験則等に照らして不合理であることを具体的に示すことが必要であるというべきであり,このことは,裁判員制度の導入を契機として,第1審において直接主義,口頭主義が徹底された状況においては,より強く妥当する,とされた。
 本件では,外国人である被告人が,犯罪組織関係者と共謀して,外国から営利目的で覚せい剤を貨物輸送の方法で密輸入したという事犯につき,受取役の被告人の覚せい剤輸入についての故意と共謀が争われている。営利目的の覚せい剤輸入は裁判員裁判の対象となる罪であるところから,裁判員裁判の対象事犯であることを念頭に若干の補足をしたい。
 被告人の故意も共謀も主観的な認識に関わる事実であるが,覚せい剤密輸入事犯においてこれが争われる事案では,その認定は,犯罪組織と被告人との関係,被告人への依頼の状況,依頼の内容,被告人の引受け状況,被告人の関与態様等の客観的事実からの推認という方法によらざるを得ず,その推認は,論理則,経験則を用いての合理的な推論によって行われることになる。犯罪組織による薬物等の密輸入は,一般社会生活とは馴染みのない事象であり,まして本件のような外国の犯罪組織と外国人の被告人による事案となると,一般的な論理則,経験則の適用や,合理的な推論にも,少なからず困難を伴うことになろう。
2 裁判員の参加する第1審の裁判の事実認定に対する控訴審の審査は,事後審としての立場をより徹底し,また,その吟味はより慎重であるべきところ,本件の控訴審判決は,判示3(2)のとおり,まず,この種薬物密輸入事犯における主観的事情を客観的事実から認定する場合の一つの論理則,経験則ともいうべき原則的な故意及び共謀の推認関係の在り方を示した上,犯罪組織から被告人への依頼の状況,依頼の内容,依頼の引受け状況などの客観的事実を踏まえ,(被告人の覚せい剤であるかもしれないとの自認も相俟って)被告人に犯罪組織が覚せい剤を輸入するかもしれないとの認識,及び犯罪組織との間の覚せい剤輸入についての暗黙の了解を推認し,加えて,犯行への関与態様から示される犯罪組織と被告人の信頼関係はこの推認を裏付けるなどとして,故意と共謀を認定している。この推認に当たって,控訴審判決は客観的事実からの推論過程を具体的に明らかにして,その上で,上記の原則的な推認関係の在り方にも反する第1審の認定は,経験則に照らし明らかに不合理であると指摘している。本件の控訴審判決は,単に控訴審としての認定(心証形成)を第1審のそれと比較して事実誤認としているわけではなく,あるべき論理則,経験則の適用の過程や関係を示した上,第1審判決がその論理則,経験則に照らし不合理であることを十分に具体的に示したものと評価することができ,上記最高裁判例が事実誤認の判断に当たって控訴審に要請するところを充たしている一例ということができよう。
 また控訴審判決の示す客観的事情からの推論過程や,故意及び共謀に関する認定関係の原則的な在り方についての説示は,それ自体合理的であり,一般社会生活から離れた事象である薬物輸入事犯において,困難を伴う論理則,経験則を用いての主観的事実の認定に当たり,実務上の参考としての意義も有すると思われる。
3 本件の主要な争点は,被告人の故意及び共謀の成否であり,共に主観的な認識状態に関する法的概念を伴った事実の認定問題である。故意,共謀は,証拠によって認められる認識や意思連絡の状態をこの法的概念に当てはめてその成否を認定することになる。控訴審判決は,貨物の中味が覚せい剤であるかもしれないとの認識を認めて被告人の故意を認定し,また,暗黙の了解を認めて被告人の共謀を認定している。
 本件は,犯罪組織と被告人の関係が直接的であり,犯罪組織から被告人への依頼の内容(外国から渡航して貨物を受け取る重要な役割等)などからすれば,被告人は組織犯行において実行に準ずる重要な寄与をする立場にあり,控訴審の推認する貨物の中味が違法薬物である可能性の認識や,その輸入についての暗黙の了解は,一般的な経験則からみても比較的容易に是認できるように思われる。犯罪組織から被告人への貨物の中味についての告知や説明はなかったにしても,違法薬物の可能性の認識を妨げたり,暗黙の了解を否定したりするような事情も特段認められず,また,犯罪組織の意図としては,被告人が中味を認識して行動することも予測に含まれているといえよう。
 第1審判決は,判示2(1)のとおり,犯罪組織からの依頼状況,依頼内容,被告人の受取状況を踏まえながら,これら事情は貨物の中味が覚せい剤であることの可能性の認識や犯罪組織と被告人の意思の連絡を推認するに足りないとし,被告人の自認をもって故意は認定しながら,なお共同して覚せい剤を輸入するという意思を通じ合ったことが常識に照らし間違いないとは言えないとした。その具体的推認の過程は明らかではないが,第1審と控訴審とで,共謀共同正犯の「共謀」という法的な概念を伴う事実の認定において,当てはめる法的な概念についての認識に差があり,ひいてはその認定に求められる推認の内容,程度(合理的な疑いを超える程度)に差があったのではないかと窺われないわけではない。第1審が,「共謀」の認定において,仮に,暗黙の了解ではない謀議のごとき強い意思の合致を求め(因みに第1審判決は黙示的な意思連絡について触れるところはない),それ故に共謀の認定に合理的な疑いが残るとするのであれば,それが法令解釈,法令適用の誤りとみるか事実認定の誤りとみるかはともかく,判決破棄の検討対象にならざるを得ない。
 共謀共同正犯における「共謀」の意義については,「共謀」をもって犯罪実行者と同等の刑責を負わせることになるところから,法律実務家の間でも,明示的な意思の合致を要するかどうか、確定的な認識を要するかどうか,積極的な加担の意図を要するかどうか等について,長らく議論がされてきたところである。裁判員制度の実施に当たり,裁判員と裁判官が,法的な概念について,可能な限り共通する理解の下で事実の認定に当たれるよう,その本質ないし本当に意味するところに立ち返った理解や,裁判員への分かりやすい説明の工夫について研究が行われてきており,成果も上がっていると思われる。裁判員に法的な概念を説明するのは,裁判官(長)の役目である(裁判員法66条5項)。裁判員に対し,適切な説明を行って職責を十分に果たすよう配慮する趣旨においても,法的概念についての共通の理解と認識に向けて,一層の研究と裁判官(長)の説明努力が期待されるところである。

 裁判官寺田逸郎の補足意見は,次のとおりである。 

1 本件犯行における共謀関係を検討するに当たって重視しなければならないのは,本件の起訴対象である2つの犯罪のいずれにおいても,被告人が犯罪の成否にとって不可欠の重要な役割を担ってメキシコから渡来したということである。
 本件においては,第1審判決は,本件犯行について被告人には故意があったことを認めながら,本件犯行を計画し,あるいはメキシコから貨物を発送させた者など犯罪組織関係者らと被告人との間に共謀関係があることを認めなかったのであるが,上記のとおり被告人が引受けた役割が重要であることからすると,被告人の果たすべき役割の面で十分でないゆえにいわゆる正犯としてのレベルに達していないという意味で共謀関係にあるとはいえない(あるいは「正犯意思を欠く」)ということが問題とされたわけではないし,同判決が,この事案で共謀関係にあるといえるためには具体的な形で謀議が行われていなければならないとの考え方に立っていることを窺わせるところはないのであるから,本件における共謀関係の認定については,もっぱら,意思の連絡などによる関与者相互の結びつきが共謀関係というレベルに達しているかどうかを関係諸事実から立証できるかどうかが問題となっているのであって,第1審がこれを否定的にみたことが不合理かどうかという点に絞られているといえる。
2(1)この焦点となる事項を判断する上でも,被告人が重要な役割を担って渡来したということは,また,軽視できない要素である。故意を有する関与者が犯罪の遂行において共謀相手とされる者から依頼を受け,上記のような重要な役割を引き受けてわざわざ渡来しておきながら,意思の連絡などによる結びつきを欠いて共謀関係に至っていないというのは,ふつう考えにくいことであるからである。原審が,「被告人が覚せい剤輸入の故意を持つに至ったのは,犯罪組織関係者から日本へ行って貨物を受け取るように依頼をされ,犯罪組織が覚せい剤を輸入しようとしているのかもしれないなどとその意図を察知しながら,その依頼を引き受けたからにほかならない。そうであるとすると,被告人は,特段の事情がない限り,犯罪組織関係者と暗黙のうちに意思を通じたものであって,共謀が成立したと認めるべきではないかと思われる。」と説くのも,基本的には同じ理解に立つものといえる。
(2)本件においては,共謀関係に関わるはずの事情の多くがメキシコでの出来事であって,共謀関係にあるとされている者らと被告人とが元来どのような関係にあったか,被告人自身がいかなる動機で受取役を引き受けたのかなどは明らかでなく,被告人が得るべき報酬も2000米ドルを渡航前に手渡されている以上にはわからない。しかし,その制約の中で,原審が,上記(1)の説明とともに,被告人が犯罪組織関係者と連絡を取りつつ,メキシコから渡来し,貨物の受取までにどのように行動していたかなどの認定事実を一連のものとして関連づけて考慮して第1審の判断を覆し,共謀関係にあることを肯定したことは,法廷意見に示されたとおり,それ自体説得力があると同時に,このような姿勢を欠いたまま,その理由を示さずに行われた第1審判決の共謀関係についての否定的判断が不合理である理由を比較的簡潔ながら適切に示したものとして評価することができるのである。
(3)ただし,上記(1),(2)の議論で念頭にあるのは,主として被告人側からみた共謀関係に関わるところであり,共謀相手の組織犯罪関係者側からみてそう認定することができるかについては別にその角度に着目した補足的な検討を要する。この点では,組織犯罪関係者において被告人が犯行における役割を果たすものと認識していて,しかも,厳密にいうと,被告人がそうすることについて故意があること,すなわち受け取る貨物が覚せい剤その他の違法薬物との認識を被告人が有していることを組織犯罪関係者が認識しているかどうかにやや難しいところが残されている。しかし,ここでも,原審が,犯罪組織関係者が,被告人が覚せい剤の密輸入かもしれないとの認識を持つのも自然といえるような状況の下に,荷物の受取役を依頼し,その場合に,被告人がそのような認識を持つことのないようにする手だてを講じた形跡もないことから,意図を察知されると予測し,許容しながら依頼をした旨説くところは,この意味あいを意識したものとみられ,被告人の役割の重要性も視野に入れての説明といえる。また,これに加え,原審が,貨物の到着後に被告人が犯罪組織関係者にパソコンで連絡をとり,指示を得て,予め特徴を把握していた覚せい剤の隠匿状況を意識しつつ,ケース入りの段ボール箱1箱を特定して開封した状況から両者のある種の信頼関係を指摘しているところも,これを補強する趣旨を含めた説明であると解することができる。したがって,犯罪組織関係者が,被告人を単なる事情を知らないいわゆる道具としてみているのではなく,輸入を共同して行うと被告人が理解しているとの認識に立っていると認定することに支障はなく,原審の判断がそれ自体相当といえる上,第1審判決の事実認定の不合理を示そうとするなかでの説明として十分理解できる水準にあると考えられるのである。
3 原審により上記2のとおり指摘された第1審判決の不合理は,被告人が共謀相手とされる者から依頼を受け,覚せい剤を輸入しようとすると知りながら受取役を担ってわざわざ渡来したという事実を大前提として念頭に置きつつ,関係諸事実を一連のものとして関連づけて捉えるべきとすることによっても示すことができそうにも思える。原審による説明を見ると,上記2(1)の事実認定上の定式のようなものが示されていることに強く印象づけられるが,このような定式化されたところを欠くと判示引用の最高裁平成24年2月13日第一小法廷判決のいう「論理則,経験則等に照らして不合理であることを具体的に示」したことにならないと解することは,厳格にすぎ,相当ではあるまい。一般化できるものは一般化した形で説明された方がわかりやすいとはいえるであろうが,常にそれが可能とは限らない。例えば,本件とは逆に,第1審判決が関係諸事実を総合的に評価して共謀を認めている場合に,その認定が誤っているとするには,控訴審としては、合理的な疑いがあることを明らかにすることで足るはずであって,これを覆すための経験則を定式化して示すことを強いるまでのことはあるまい。このような場合に限らず,結局,控訴審としては,事実誤認を説明するに当たって,事案に応じ,第1審判決の判断の誤りが看過できないレベルにあるとする具体的な理由を客観的な立場にある人にも納得のいく程度に示すことで足ると解するのが相当ではないかと考えるのである。 
(裁判長裁判官 寺田逸郎 裁判官 田原睦夫 裁判官 岡部喜代子 裁判官 大谷剛彦 裁判官 大橋正春)