詐欺被告事件 最高裁判所第二小法廷平成25年(あ)第3号 平成26年3月28日判決

       主   文

原判決及び第1審判決を破棄する。
被告人は無罪。

       理   由

 弁護人谷口渉,同岩澤千洋の上告趣意のうち,判例違反をいう点は,事案を異にする判例を引用するものであって,本件に適切でなく,その余は,憲法違反をいう点を含め,実質は事実誤認の主張であって,刑訴法405条の上告理由に当たらない。
 しかしながら,所論に鑑み,職権をもって調査すると,原判決及び第1審判決は,刑訴法411条3号により破棄を免れない。その理由は,次のとおりである。
第1 本件各公訴事実及び本件の経過
 本件各公訴事実の要旨は,「被告人は,(1)Dと共謀の上,平成23年8月15日,宮崎市内所在のB倶楽部において,同倶楽部は,そのゴルフ場利用細則等により暴力団員の利用を禁止しているにもかかわらず,真実は,被告人及びDが暴力団員であるのにそれを秘し,同倶楽部の従業員に対し,Dにおいて「D」と署名した「ビジター受付表」を,被告人において「A」と署名した「ビジター受付表」を,それぞれ提出して被告人及びDによる施設利用を申し込み,従業員をして,被告人及びDが暴力団員ではないと誤信させ,よって,被告人及びDと同倶楽部との間でゴルフ場利用契約を成立させた上,被告人及びDにおいて,同倶楽部の施設を利用し,(2)Eと共謀の上,同年9月28日,同市内所在のCクラブにおいて,同クラブは,そのゴルフ場利用約款等により暴力団員の利用を禁止しているにもかかわらず,真実は,被告人が暴力団員であるのにそれを秘し,被告人において,同クラブの従業員に対し,「A」と署名した「ビジター控え」を提出して被告人による施設利用を申込み,従業員をして,被告人が暴力団員ではないと誤信させ,よって,被告人と同クラブとの間にゴルフ場利用契約を成立させた上,被告人において,同クラブの施設を利用し,もって,それぞれ人を欺いて財産上不法の利益を得た」というものである。
 第1審判決は,暴力団員であることを秘してした施設利用申込み行為自体が,挙動による欺罔行為として,申込者が暴力団関係者でないとの積極的な意思表示を伴うものと評価でき,各ゴルフ場の利便提供の許否判断の基礎となる重要な事項を偽るものであって,詐欺罪にいう人を欺く行為に当たるとし,各公訴事実と同旨の犯罪事実を認定して,被告人を懲役1年6月,3年間執行猶予に処した。被告人からの控訴に対し,原判決も,第1審判決の認定を是認し,控訴を棄却した。
第2 当裁判所の判断
1 原判決及びその是認する第1審判決の認定並びに記録によれば,本件の事実関係は次のとおりである。
(1)被告人は,暴力団員であったが,同じ組の副会長であったDらと共に,平成23年8月15日,予約したB倶楽部に行き,フロントにおいて,それぞれがビジター利用客として,備付けの「ビジター受付表」に氏名,住所,電話番号等を偽りなく記入し,これをフロント係の従業員に提出してゴルフ場の施設利用を申し込んだ。その際,同受付表に暴力団関係者であるか否かを確認する欄はなく,その他暴力団関係者でないことを誓約させる措置は講じられていなかったし,暴力団関係者でないかを従業員が確認したり,被告人らが自ら暴力団関係者でない旨虚偽の申出をしたりすることもなかった。被告人らは,ゴルフをするなどして同倶楽部の施設を利用した後,それぞれ自己の利用料金等を支払った。なお,同倶楽部は,会員制のゴルフ場であるが,会員又はその同伴者,紹介者に限定することなく,ビジター利用客のみによる施設利用を認めていた。
 Eは,同月25日,仕事関係者を宮崎県に招いてゴルフに興じるため,自らが会員となっていたCクラブに電話を架け,同年9月28日の予約をした後,組合せ人数を調整するため,被告人らを誘った。被告人は,同月28日,同クラブに行き,フロントにおいて,備付けの「ビジター控え」に氏名を偽りなく記入し,これをフロント係の従業員に提出してゴルフ場の施設利用を申し込んだ。その際,同控えに暴力団関係者であるか否かを確認する欄はなく,その他暴力団関係者でないことを誓約させる措置は講じられていなかったし,暴力団関係者でないかを従業員が確認したり,被告人が自ら暴力団関係者でない旨虚偽の申出をしたりすることもなかった。被告人は,Eらと共にゴルフをするなどして同クラブの施設を利用した後,自己の利用料金等を支払った。なお,同クラブは,会員制のゴルフ場で,原則として,会員又はその同伴者,紹介者に限り,施設利用を認めていた。
(2)B倶楽部及びCクラブは,いずれもゴルフ場利用細則又は約款で暴力団関係者の施設利用を拒絶する旨規定していたし,九州ゴルフ場連盟,宮崎県ゴルフ場防犯協会等に加盟した上,クラブハウス出入口に「暴力団関係者の立入りプレーはお断りします」などと記載された立看板を設置するなどして,暴力団関係者による施設利用を拒絶する意向を示していた。しかし,それ以上に利用客に対して暴力団関係者でないことを確認する措置は講じていなかった。また,本件各ゴルフ場と同様に暴力団関係者の施設利用を拒絶する旨の立看板等を設置している周辺のゴルフ場において,暴力団関係者の施設利用を許可,黙認する例が多数あり,被告人らも同様の経験をしていたというのであって,本件当時,警察等の指導を受けて行われていた暴力団排除活動が徹底されていたわけではない。
2 上記の事実関係の下において,暴力団関係者であるビジター利用客が,暴力団関係者であることを申告せずに,一般の利用客と同様に,氏名を含む所定事項を偽りなく記入した「ビジター受付表」等をフロント係の従業員に提出して施設利用を申し込む行為自体は,申込者が当該ゴルフ場の施設を通常の方法で利用し,利用後に所定の料金を支払う旨の意思を表すものではあるが,それ以上に申込者が当然に暴力団関係者でないことまで表しているとは認められない。そうすると,本件における被告人及びDによる本件各ゴルフ場の各施設利用申込み行為は,詐欺罪にいう人を欺く行為には当たらないというべきである。
 なお,Cクラブの施設利用についても,ビジター利用客である被告人による申込み行為自体が実行行為とされており,会員であるEの予約等の存在を前提としているが,この予約等に同伴者が暴力団関係者でないことの保証の趣旨を明確に読み取れるかは疑問もあり,また,被告人において,Eに働き掛けて予約等をさせたわけではなく,その他このような予約等がされている状況を積極的に利用したという事情は認められない。これをもって自己が暴力団関係者でないことの意思表示まで包含する挙動があったと評価することは困難である。
第3 結論
 したがって、被告人及びDによる本件各ゴルフ場の各施設利用申込み行為が挙動による欺罔行為に当たるとして詐欺罪の成立を認めた第1審判決及びこれを是認した原判決には,判決に影響を及ぼすべき重大な事実の誤認があり,これを破棄しなければ著しく正義に反すると認められる。 
 そして,既に第1審及び原審において検察官による立証は尽くされているので,当審において自判するのが相当であるところ,本件各公訴事実については犯罪の証明が十分でないとして,被告人に対し無罪の言渡しをすべきである。
 よって,刑訴法411条3号により原判決及び第1審判決を破棄し,同法413条ただし書,414条,404条,336条により,裁判官小貫芳信の反対意見があるほか,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。

 裁判官小貫芳信の反対意見は,次のとおりである。

 本件の論点は欺く行為の有無にあり,多数意見はいずれの事件においてもこれを否定するところ,B倶楽部の事件については多数意見と意見を同じくするが,Cクラブの事件については,以下に述べるとおり,多数意見には賛同できない。
1 詐欺罪にいう人を欺く行為とは,財産的処分行為の判断の基礎となるような重要な事項を偽ることをいう(最高裁平成18年(あ)第2319号同19年7月17日第三小法廷決定・刑集61巻5号521頁,最高裁平成20年(あ)第720号同22年7月29日第一小法廷決定・刑集64巻5号829頁参照)。これによれば,欺く行為は,偽る対象(以下「重要事項」という。)と偽る行為との二つの要素から成り,欺く行為に該当するといえるためには各要素を充たす必要があるが,Cクラブの事件についてはこれを充たしていると認められる。以下,順次検討する。
2 まず,重要事項についてみる。
(1)ゴルフ場にとって暴力団員が施設を利用することは,一般的に,快適なプレー環境を害し,ゴルフクラブの評判を低下させて営業成績に悪い影響を及ぼす可能性が高いので,営業上無視できない事項といえよう。しかし,暴力団排除が法的義務とはされていないゴルフ場においては,暴力団排除をどこまで徹底するかはその経営方針に任されており,暴力団排除が一般的に営業上無視できない事項であるからといって,それは暴力団排除に一応の合理的理由があるというにとどまり,直ちに欺く行為に必要とされる重要事項に当たるとはいえない。重要事項といえるか否かについては,ゴルフクラブごとに,暴力団排除がどのように位置づけられているかを客観的に観察し,財産的処分行為の判断の基礎となる重要な事項と評価できるか否かを検討する必要があり,その位置づけは,具体的には,各ゴルフクラブが暴力団排除のためどのような措置を講じていたかによって判断するのが相当であろう。
(2)ゴルフ場の暴力団排除の措置については,〔1〕立入禁止の掲示,〔2〕会員の紹介・同伴によるビジターについての人物保証,〔3〕フロントにおける書面・口頭による暴力団関係者でないことの確認,〔4〕その他の排除措置などが考えられる。〔3〕のフロント確認については,仮にこれが実施され,フロントにおいて暴力団所属の有無を偽れば,虚偽事実の表明がされることになるので,偽る行為の問題は解消し,重要事項該当性も容易に肯定できることとなろうが,本件当時ほとんどのゴルフ場でフロント確認の措置までは講じられておらず,フロント確認は,顧客を不愉快な気分にさせ,また相手が暴力団員である場合には混乱が生ずる事態も危惧され,ゴルフ場がこの措置を採ることに躊躇させる事情があり,それが暴力団関係者に起因する事情であることからすると,フロント確認を必須の条件とするのは相当ではないであろう。〔1〕については,宮崎県において多くのゴルフ場が立入禁止の掲示をしているにもかかわらず,少なからず暴力団員がゴルフ場施設を利用する実態があったことからすると,立入禁止の掲示のみを根拠として,重要事項に該当すると認めるには十分とはいえないように思われる。したがって,具体的に重要事項にあたるか否かを検討する場合には,〔2〕と〔4〕の措置が中心となろう。
(3)これをCクラブについてみると,同クラブにおいては,玄関に暴力団関係者の立入禁止の掲示をし,原則としてビジターの施設利用を会員の紹介・同伴による場合に限定していた上,本件の数か月前には共犯者であり会員でもあるEに対し暴力団員をプレーメンバーとするゴルフ場利用申込みを拒絶しており,また本件時においても従業員は暴力団員がプレーしているとの疑いを抱き,コースに出向いて視察確認を行っているなどの事情が認められるのであって,Cクラブが暴力団排除を重要な経営方針としていたことは客観的に明らかであり,同クラブについては暴力団関係者に施設を利用させないことが財産的処分行為の判断の基礎となるような重要な事項であったことは優に認めることができる。
3 次に,偽る行為について検討する。
(1)偽る行為について積極的な虚偽事実の表明がない事案(挙動による欺罔行為事案)においては,実行行為である申込行為に暴力団関係者でないことの意味が含まれていると評価できるかを吟味してみる必要がある。これをゴルフクラブが暴力団排除のために採っている上記の措置との関係で検討すると,〔1〕の立入禁止の掲示については,暴力団関係者が自発的に施設利用を断念することを期待するところに重点があると解される余地もあり,それ以上の暴力団排除の措置が講じられていない場合,立入禁止の措置のみが講じられた下での申込みを直ちに偽る行為と評価するのは困難であろう。
(2)ところで,Cクラブは,その会則及び利用約款により,暴力団関係者の施設利用を拒絶することを明示し,会員が暴力団関係者であるときは除名等の処分をすることとし,会員は暴力団関係者に対する利用拒絶を前提としてビジターを紹介できるが,ビジターのクラブ内における一切の行為について連帯して責任を負うものとしている。その上で,同クラブは,ビジターのゴルフ場施設利用申込みにつき会員による紹介・同伴を原則としており,会員の人物保証によって暴力団排除を実効性あるものにしようとしていた。このような措置を講じているゴルフ場における会員の紹介・同伴によるビジターの施設利用申込みは,フロントにおいて申込みの事実行為をした者が会員であるかビジターであるかにかかわらず,紹介・同伴された者が暴力団関係者でないことを会員によって保証された申込みと評価することができるのであり,このような申込みは偽る行為に当たるといえる。
(3)他方,B倶楽部は,同様の規則等を制定していたものの,ビジターは会員による紹介・同伴がなくても施設利用ができ,本件においてもビジターである被告人らは会員の紹介・同伴がないまま施設利用を許されており,このように会員による人物保証がない状況の下での暴力団員の施設利用の申込みを偽る行為と認めるのは困難であろう。
4 多数意見は,Cクラブの偽る行為について,実行行為を行った被告人に,会員であるEによる予約等がされている状況を積極的に利用したような事情が認められないとして,偽る行為の存在を否定している。しかし,会員でないため単独ではCクラブの施設利用ができず,かつ暴力団員であるため施設利用を拒否されることとなる被告人にとって,プレーをしようとすれば会員の紹介・同伴による人物保証はなくてはならないものであり,このような状況の下における本件の被告人の施設利用申込みは,Eの紹介・同伴による人物保証を積極的に利用したものと評価できるのではなかろうか。また,多数意見が積極的利用の例示として挙げる「被告人において,Eに働き掛けて予約をさせる」ことは,共謀ないし犯意にかかわる事情ではあるが,偽る行為該当性を判断する際の事情といえるかについては疑問なしとしない。
5 Cクラブの事件については,上記のとおり,重要事項及び偽る行為を認めることができ,さらに被告人は同クラブが暴力団関係者の施設利用を拒否していることを知った上で,会員であるEの紹介・同伴を得て,共にゴルフプレーするために,施設利用の申込みをしているのであるから,Eとの共謀を認めるのに欠けるところはない。以上によれば,Cクラブの事件については,これを有罪と認めた原判決は結論において是認できる。
 検察官 岩尾信行 公判出席
(裁判長裁判官 千葉勝美 裁判官 小貫芳信 裁判官 鬼丸かおる 裁判官 山本庸幸)