賠償金請求事件 最高裁判所第二小法廷平成25年(受)第1833号 平成26年12月19日判決

       主   文

原判決を破棄し,第1審判決を取り消す。
被上告人の請求を棄却する。
訴訟の総費用は被上告人の負担とする。

       理   由

 上告代理人綱取孝治,同高井信也の上告受理申立て理由について
1 本件は,共同企業体との間で一般競争入札の方法により請負契約を締結した普通地方公共団体である被上告人が,後に当該共同企業体の構成員のうち1社につき公正取引委員会の排除措置命令及び課徴金納付命令が確定したことを理由に,当該請負契約の約款に基づき,他の構成員である上告人に対し,約定の賠償金及び遅延損害金の支払を求める事案である。
2 原審の適法に確定した事実関係の概要等は,次のとおりである。
(1)被上告人は,平成20年2月,川崎市a地区ほかの下水管きょ工事(以下「本件工事」という。)を一般競争入札に付した。
 A建設株式会社と上告人は,同月,本件工事の請負を目的としてA・Y共同企業体(以下「本件共同企業体」という。)を結成した。そして,本件共同企業体は,上記入札に応じて落札し,同年3月,被上告人との間で,請負金額を2億7090万円として本件工事の請負契約(以下「本件契約」という。)を締結した。
(2)本件契約の契約書では,注文者である被上告人は「甲」,請負人である本件共同企業体は「乙」と表記されていた。そして,同契約書に添付されていた川崎市工事請負契約約款(以下「本件約款」という。)には,次のような条項があった。
ア 乙が共同企業体である場合には,その構成員は共同連帯してこの契約を履行しなければならない(以下,この条項を「本件連帯条項」という。)。
イ 乙が本件契約の当事者となる目的でした行為に関し、公正取引委員会が,乙に私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律(以下「独禁法」という。)の規定に違反する行為があったとして排除措置命令又は課徴金納付命令(以下,併せて「排除措置命令等」という。)を行い,これが確定した場合,乙は,甲に対し,不正行為に対する賠償金として,請負金額の10分の2相当額を甲の指定する期限までに支払わなければならない(以下,この条項を「本件賠償金条項」という。)。 
 乙が上記賠償金を上記期限までに支払わなかったときは,乙は,甲に対し,年8.25%の割合による遅延損害金を支払わなければならない。
(3)本件賠償金条項は,被上告人において,入札談合等の不正行為が行われた場合に損害の立証が困難であることに鑑みて,その立証の負担を軽減し,損害の回復を容易にするとともに,不正行為を抑止することを目的として設けられたものであった。
(4)被上告人と本件共同企業体は,平成21年3月及び同年6月,本件契約の内容を一部変更し,その結果,請負金額を合計3億0757万6500円に増額した。
(5)公正取引委員会は,平成22年4月,川崎市内の事業者らが本件工事を含む一連の下水管きょ工事において談合をしていたとして,A建設及び上告人を含む23社に対して排除措置命令を行うとともに,A建設及び上告人を含む20社に対して課徴金納付命令を行った。
 A建設に対する排除措置命令及び課徴金納付命令は確定したが,上告人に対する排除措置命令及び課徴金納付命令については,上告人から独禁法49条6項及び50条4項の規定による審判の請求がされたため,確定しなかった。
(6)被上告人は,平成22年9月,A建設及び上告人に対し,本件賠償金条項に基づく賠償金として,本件契約の請負金額の10分の2に相当する6151万5300円の支払を請求し,その支払期限を同年11月30日と定めた。
 A建設は,同年12月,被上告人に対し,上記賠償金の内金922万7295円を支払った。
(7)被上告人は,平成23年7月,本件訴えを提起して,上告人に対し,上記賠償金の残額5228万8005円及びこれに対する平成22年12月1日から支払済みまで約定の年8.25%の割合による遅延損害金の支払を請求した。
(8)上記(5)の上告人に対する排除措置命令及び課徴金納付命令は,原審の口頭弁論終結時において,いずれも確定していない。
3 原審は,次のとおり判断して,被上告人の請求を認容すべきものとした。
 公正取引委員会が排除措置命令等を行うとすれば,その対象となるのは,本件工事の請負のみを目的として結成された本件共同企業体ではなく,その構成員であることが容易に想定し得るのであって,これに,本件賠償金条項の目的が,不正行為が行われた場合の被上告人の立証負担の軽減及び請負人による不正行為の抑止にあることも踏まえると,本件賠償金条項にいう排除措置命令等が確定した「乙」とは,本件共同企業体又はその構成員であるA建設若しくは上告人を意味するものと解される。したがって,A建設について排除措置命令及び課徴金納付命令が確定している以上,本件共同企業体は本件賠償金条項に基づいて賠償金の支払義務を負い,上告人も本件連帯条項に基づいてその支払義務を負う。
4 しかしながら,原審の上記判断は是認することができない。その理由は,次のとおりである。
 本件賠償金条項における賠償金支払義務は,飽くまでも「乙」に対する排除措置命令等の確定を条件とするものであり,ここにいう「乙」とは,本件約款の文理上は請負人を指すものにすぎない。もっとも,本件賠償金条項は,請負人が共同企業体の場合には,共同企業体だけでなく,その構成員について排除措置命令等が確定したときにも賠償金支払義務を生じさせる趣旨であると解するのが相当であるところ,本件契約において,上記「乙」が「A建設又は上告人」を意味するのか,それとも「A建設及び上告人」を意味するのかは,文言上,一義的に明らかというわけではない。
 そして,被上告人は,共同企業体の構成員のうちいずれかの者についてのみ排除措置命令等が確定した場合に,不正行為に関与せずに排除措置命令等を受けていない構成員や,排除措置命令等を受けたが不服申立て手続をとって係争中の構成員にまで賠償金の支払義務を負わせようというのであれば,少なくとも,上記「乙」の後に例えば「(共同企業体にあっては,その構成員のいずれかの者をも含む。)」などと記載するなどの工夫が必要であり,このような記載のないままに,上記「乙」が共同企業体の構成員のいずれかの者をも含むと解し,結果的に,排除措置命令等が確定していない構成員についてまで,請負金額の10分の2相当額もの賠償金の支払義務を確定的に負わせ,かつ,年8.25%の割合による遅延損害金の支払義務も負わせるというのは,上記構成員に不測の不利益を被らせることにもなる。
 したがって,本件賠償金条項において排除措置命令等が確定したことを要する「乙」とは,本件においては,本件共同企業体又は「A建設及び上告人」をいうものとする点で合意が成立していると解するのが相当である。このように解しても,後に上告人に対する排除措置命令等が確定すれば,被上告人としては改めて上告人に対して賠償金の支払を求めることができるから,本件賠償金条項の目的が不当に害されることにもならない。
5 以上と異なる原審の判断には,判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。論旨は理由があり,原判決は破棄を免れない。そして,以上説示したところによれば,被上告人の請求は理由がないから,第1審判決を取消し,その請求を棄却することとする。
 よって,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。なお,裁判官千葉勝美の補足意見がある。

 裁判官千葉勝美の補足意見は,次のとおりである。

 私は,法廷意見が,排除措置命令等が確定していない上告人について約定の賠償金等の支払義務を認めた原審の判断には法令の違反があるとして原判決を破棄した結論に賛成するが,本件約款及び本件賠償金条項の本件契約における位置付け等に関し,私見を付加しておきたい。
1 一般に,約款は,国民一般が当然に遵守義務を負う法令とは異なり,契約の一方当事者が多くの相手方に対し同一条件の内容の契約を成立させるためにあらかじめ示した意思表示であり,これを前提とする契約が成立した場合,この約款の文言等が明確でなく,その解釈,適用範囲等が問題になった場合には,当該約款を抽象的な規範として捉えて解釈するのではなく,あくまでも約款を前提に当事者間で成立した契約における条項の解釈として行うべきであり,そこでは,当事者間において当該約款によりどのような内容の意思の合致があったのか,すなわち契約における意思表示の内容は何かをみていく必要がある。その際,第一次的には,当事者が合致した内心の意思は何かが問題となるが,この点については,明確でなくあるいは争いがある場合には,約款を含む契約条項の文言を基に,当事者の合理的意思解釈を行っていくべきであろう。
2 そこで,まず,本件約款の本件賠償金条項(53条1項,48条1項)の文言は,あくまでも,「請負人である共同企業体乙が排除措置命令等を受け,確定した場合に,乙が賠償金支払義務を負う」というように読める。しかし,本件では,排除措置命令等を受け,確定したのは,乙ではなくその構成員(A社及びB社とする。)の一方のみである。この点を踏まえ,本件賠償金条項による賠償義務の発生について,当事者の合理的な意思表示は何であるのかを探り,どこで意思の合致があったのか,合致がなかったのか,をみるべきであろう。
3 甲の意図は,独禁法違反の行為があった場合に賠償金の支払義務を課すことであり,その点は乙(ないしその構成員A,B社)も了解していたはずであるから,乙の構成員であるA社及びB社の双方につき排除措置命令等が確定した場合には,共同企業体である乙に対しても排除措置命令等が確定したのと同視してよく,これは,甲,乙(構成員を含む。)間で合致した合理的な意思として認めてよいであろう。
4 次に,本件で問題になったように,A社ないしB社のいずれか一方のみにおいて命令等が確定した場合をどう考えるかが問題となる。この場合,命令等が確定していないB社(本件では上告人)としては,独禁法違反行為はしていないと争っており,その主張が認められる可能性があり,そうであれば,談合に参加していない構成員であっても,他の構成員の独禁法違反行為の責任をも負わせることができるのか,すなわち,そのような場合も念頭において,甲,乙間で契約が締結されたとみることができるのかが問題となる。
 本件賠償金条項の趣旨は,〔1〕談合による損害の回復を容易にするとともに,〔2〕談合に対する抑制効果を期待することにあると思われるところ,談合に全く関与していない業者にまで賠償金の支払義務を負わせることは,この趣旨にそぐわないものである。また,事後にA,B社間で求償等による調整の余地があるとしても,B社にとっては,自己責任の原則をはみ出す責任を負うものであり,このような場合までB社に責任を負わせるためには,その点が条項上明確にされ,当事者が納得してそれを了承しているといえる状況が必要であろう。しかしながら,本件においては,そのような状況は見られず,当事者の合理的意思解釈からすると,了承していたとするのは無理である。
5 甲がこのような場合もB社に責任を負わせたいのであれば,少なくとも,本件約款の48条1項において,「乙」を「乙(共同企業体にあっては,その構成員のいずれかの者をも含む。)」という条項にするなどの工夫が必要であったのであり,被上告人も,これを当然に想定し対応できたはずである。ところが,本件約款は,必要な場合においては,共同企業体と構成員との義務を書き分けており(例えば,1条12,13項,53条4,5項等),乙とその構成員との立場の違いを認識していたはずであるのに,48条1項では,その書き分けをしなかったのであるから,合意された当事者の合理的な意思としては,B社(上告人)も賠償金の支払義務を了承していたと解する余地はない。
 被上告人としては,談合がされるときには,請負契約締結の際の構成員全員が行うはずで,その一部が排除措置命令等を受けないで済む事態はあり得ないと考えたのかもしれない。しかしながら,そのような事態が皆無とはいえず,また,本件では,原審の口頭弁論終結時においては,上告人が命令等を争い,確定していなかったのであって,これは想定し得ない状況ではなく,想定して対応すべき事態というべきである。
6 共同企業体は,構成員間の信頼と協調を基礎として,資金の分担,危険負担の分散,技術力や経験の共有と活用等により協力して円滑な事業の遂行を目的とするものであるから,共同して危険を負担することもその趣旨には含まれてはいる。しかし,個々の契約の場面で,構成員がどのような場合に自己責任を負うかは,このような共同企業体の性格や趣旨のみから直接導かれるものではなく,あくまでも具体的な契約条項の合意内容は何かという意思表示の解釈・適用により決すべき問題であろう。
 また,法令であれば,その立法事実,立法意図,趣旨等から条文解釈を補強することはあり得るところであるが,地方公共団体施行の公共事業における契約の際の談合による地方財政の悪影響等を避ける必要があるという事情があるとしても,約款は,当事者の意思表示の内容として合意されてはじめて当事者を拘束する効力が認められるのであって,あくまでも当事者間の合理的な意思表示の内容を探る方法によるべきではなかろうか。
(裁判長裁判官 小貫芳信 裁判官 千葉勝美 裁判官 鬼丸かおる 裁判官 山本庸幸)