遺留分減殺請求事件 最高裁判所第二小法廷平成25年(受)第1420号 平成26年3月14日判決

       主   文

原判決を破棄する。
本件を東京高等裁判所に差し戻す。

       理   由

 上告人法定代理人Aの上告受理申立て理由について
1 本件は,亡Bの妻である上告人が,Bがその遺産の全てを長男である被上告人に相続させる旨の遺言をしたことにより遺留分が侵害されたと主張して,被上告人に対し,遺留分減殺を原因として,第1審判決別紙不動産目録記載の不動産の所有権及び共有持分の各一部移転登記手続等を求めた事案であり,上告人の遺留分減殺請求権が時効によって消滅したか否かが争われているものである。
2 原審の確定した事実関係の概要は,次のとおりである。
(1)Bは,平成19年1月1日,自筆証書によって,その遺産の全てを被上告人に相続させる旨の遺言(以下「本件遺言」という。)をした。
(2)Bは,平成20年10月22日,死亡した。Bの法定相続人は,上告人のほか,養子を含む5人の子である。上告人は,Bの死亡時において,Bの相続が開始したこと及び本件遺言の内容が減殺することのできるものであることを知っていた。
(3)上告人は,C弁護士との間で任意後見契約を締結していたところ,同弁護士は,平成21年6月30日,静岡家庭裁判所沼津支部に対し,上告人が認知症であり,自己の財産を管理・処分することができないとして,上告人について任意後見監督人の選任の申立てをした。しかし,上告人が同年7月24日に公証人の認証を受けた書面によって上記任意後見契約を解除したため,その後,上記申立ては取り下げられた。
(4)上告人の二男は,上告人の前夫との間の子であってBの養子である者と共に,平成21年8月5日,静岡家庭裁判所沼津支部に対し,上告人について後見開始の審判の申立てをした。
(5)平成22年4月24日,上告人について後見を開始し,成年後見人としてA弁護士を選任する旨の審判が確定した。
(6)A弁護士は,平成22年4月29日,被上告人に対し,上告人の成年後見人として,上告人の遺留分について遺留分減殺請求権を行使する旨の意思表示をした。
3 原審は,上記事実関係の下において,上告人が相続の開始等を知った時を平成20年10月22日とする上告人の遺留分減殺請求権の消滅時効について,時効の期間の満了前に後見開始の審判を受けていない者に民法158条1項は類推適用されないとして時効の停止の主張を排斥し,同請求権の時効消滅を認め,上告人の請求を棄却すべきものとした。
4 しかしながら,原審の上記判断は是認することができない。その理由は,次のとおりである。
(1)民法158条1項は,時効の期間の満了前6箇月以内の間に未成年者又は成年被後見人(以下「成年被後見人等」という。)に法定代理人がないときは,その成年被後見人等が行為能力者となった時又は法定代理人が就職した時から6箇月を経過するまでの間は時効は完成しない旨を規定しているところ,その趣旨は,成年被後見人等は法定代理人を有しない場合には時効中断の措置を執ることができないのであるから,法定代理人を有しないにもかかわらず時効の完成を認めるのは成年被後見人等に酷であるとして,これを保護するところにあると解される。また,上記規定において時効の停止が認められる者として成年被後見人等のみが掲げられているところ,成年被後見人等については,その該当性並びに法定代理人の選任の有無及び時期が形式的、画一的に確定し得る事実であることから,これに時効の期間の満了前6箇月以内の間に法定代理人がないときという限度で時効の停止を認めても,必ずしも時効を援用しようとする者の予見可能性を不当に奪うものとはいえないとして,上記成年被後見人等の保護を図っているものといえる。
 ところで,精神上の障害により事理を弁識する能力を欠く常況にあるものの,まだ後見開始の審判を受けていない者については,既にその申立てがされていたとしても,もとより民法158条1項にいう成年被後見人に該当するものではない。しかし,上記の者についても,法定代理人を有しない場合には時効中断の措置を執ることができないのであるから,成年被後見人と同様に保護する必要性があるといえる。また,上記の者についてその後に後見開始の審判がされた場合において,民法158条1項の類推適用を認めたとしても,時効を援用しようとする者の予見可能性を不当に奪うものとはいえないときもあり得るところであり,申立てがされた時期,状況等によっては,同項の類推適用を認める余地があるというべきである。 
 そうすると,時効の期間の満了前6箇月以内の間に精神上の障害により事理を弁識する能力を欠く常況にある者に法定代理人がない場合において,少なくとも,時効の期間の満了前の申立てに基づき後見開始の審判がされたときは,民法158条1項の類推適用により,法定代理人が就職した時から6箇月を経過するまでの間は,その者に対して,時効は,完成しないと解するのが相当である。
(2)これを本件についてみると,上告人についての後見開始の審判の申立ては,1年の遺留分減殺請求権の時効の期間の満了前にされているのであるから,上告人が上記時効の期間の満了前6箇月以内の間に精神上の障害により事理を弁識する能力を欠く常況にあったことが認められるのであれば,民法158条1項を類推適用して,A弁護士が成年後見人に就職した平成22年4月24日から6箇月を経過するまでの間は,上告人に対して,遺留分減殺請求権の消滅時効は,完成しないことになる。
5 以上によれば,上記4(2)の点を審理判断することなく,上告人の遺留分減殺請求権の時効消滅を認めた原審の判断には,判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。論旨は,この趣旨をいうものとして理由があり,原判決は破棄を免れない。そして,上記の点等につき更に審理を尽くさせるため,本件を原審に差し戻すこととする。
 よって,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 鬼丸かおる 裁判官 千葉勝美 裁判官 小貫芳信 裁判官 山本庸幸)