金融商品取引法違反被告事件 最高裁判所第一小法廷平成27年(あ)第168号 平成28年11月28日決定

       主   文

本件上告を棄却する。

       理   由

 弁護人山本憲光ほかの上告趣意のうち,判例違反をいう点は,事案を異にする判例を引用するものであって,本件に適切でなく,その余は,憲法違反をいう点を含め,実質は単なる法令違反,事実誤認,量刑不当の主張であり,被告人本人の上告趣意のうち,判例違反をいう点は,判例の具体的摘示を欠き,その余は,憲法違反をいう点を含め,実質は単なる法令違反,事実誤認の主張であって,いずれも刑訴法405条の上告理由に当たらない。
 所論に鑑み,第1審判決判示第1の犯罪事実(以下「本件犯罪事実」という。)に関し,職権により判断する。
1 本件犯罪事実の要旨は,次のとおりである。
 被告人は,経済産業省大臣官房審議官として,経済産業大臣の命を受けて,同省商務情報政策局情報通信機器課が所掌する半導体素子,集積回路その他情報通信機器等の部品等に関する事業の発達,改善及び調整等の事務の企画及び立案に参画し,関係事務を総括整理するなどの職務に従事していたものであるが,同職務上の権限の行使に関し,半導体素子等の電子部品の開発及び製造等を業とし,東京証券取引所が開設する有価証券市場に株券を上場していたNECエレクトロニクス株式会社の業務執行を決定する機関が,株式会社ルネサステクノロジと合併することについての決定をした旨の事実(以下「本件重要事実」という。)を,平成21年3月9日頃に知り,法定の除外事由がないのに,同事実の公表前である同年4月21日から同月27日までの間,証券会社を介し,東京証券取引所において,妻名義でNECエレクトロニクス株式会社の株券合計5000株を代金合計489万7900円で買付けた。
2 原判決は,前記1記載の株券購入時点では本件重要事実は公表されていなかったなどとして,本件犯罪事実を認定した第1審判決を是認した。
 これに対し,所論は,〔1〕本件重要事実は,金融商品取引法(平成23年法律第49号による改正前のもの。以下「法」という。)166条4項,同法施行令(同年政令第181号による改正前のもの。以下「施行令」という。)30条1項1号に基づき,同号に規定されたNECエレクトロニクス社の代表取締役等が二以上の報道機関に公開したことにより公表され,法166条1項による規制(以下「インサイダー取引規制」という。)の対象外となった可能性が高く,少なくともかかる方法により公表されていないことにつき検察官が立証責任を果たしていない,〔2〕本件重要事実は,平成21年4月16日付け日本経済新聞朝刊及びそれに引き続く一連の報道(以下「本件報道」という。)により既に公知の状態となっており,法166条所定の「重要事実」性を喪失し,インサイダー取引規制の効力が失われていた,などと主張する。
3(1)法166条4項及びその委任を受けた施行令30条は,インサイダー取引規制の解除要件である重要事実の公表の方法を限定列挙した上,詳細な規定を設けているところ,その趣旨は,投資家の投資判断に影響を及ぼすべき情報が,法令に従って公平かつ平等に投資家に開示されることにより,インサイダー取引規制の目的である市場取引の公平・公正及び市場に対する投資家の信頼の確保に資するとともに,インサイダー取引規制の対象者に対し,個々の取引が処罰等の対象となるか否かを区別する基準を明確に示すことにあると解される。
(2)施行令30条1項1号は,重要事実の公表の方法の1つとして,上場会社等の代表取締役,執行役又はそれらの委任を受けた者等が,当該重要事実を所定の報道機関の「二以上を含む報道機関に対して公開」し,かつ,当該公開された重要事実の周知のために必要な期間(同条2項により12時間)が経過したことを規定するところ,前記(1)の法令の趣旨に照らせば,この方法は,当該報道機関が行う報道の内容が,同号所定の主体によって公開された情報に基づくものであることを,投資家において確定的に知ることができる態様で行われることを前提としていると解される。したがって,情報源を公にしないことを前提とした報道機関に対する重要事実の伝達は,たとえその主体が同号に該当する者であったとしても,同号にいう重要事実の報道機関に対する「公開」には当たらないと解すべきである。
 本件報道には情報源が明示されておらず,報道内容等から情報源を特定することもできないものであって,仮に本件報道の情報源が施行令30条1項1号に該当する者であったとしても,その者の報道機関に対する情報の伝達は情報源を公にしないことを前提としたものであったと考えられる。したがって,本件において同号に基づく報道機関に対する「公開」はされていないものと認められ,法166条4項による重要事実の「公表」があったと認める余地もない。
(3)また,所論がいうように,法令上規定された公表の方法に基づかずに重要事実の存在を推知させる報道がされた場合に,その報道内容が公知となったことにより、インサイダー取引規制の効力が失われると解することは,当該報道に法166条所定の「公表」と実質的に同一の効果を認めるに等しく,かかる解釈は,公表の方法について限定的かつ詳細な規定を設けた前記(1)の法令の趣旨と基本的に相容れないものである。本件のように,会社の意思決定に関する重要事実を内容とする報道がされたとしても,情報源が公にされない限り,法166条1項によるインサイダー取引規制の効力が失われることはないと解すべきである。
4 以上と同旨の理由により,本件犯罪事実を認定した第1審判決を是認した原判断は正当である。 
 よって,刑訴法414条,386条1項3号により,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり決定する。
(裁判長裁判官 櫻井龍子 裁判官 大谷直人 裁判官 小池裕 裁判官 木澤克之)