鳴門市競艇従事員共済会への補助金違法支出損害賠償等請求事件 最高裁判所第二小法廷平成26年(行ヒ)第472号 平成28年7月15日判決

       主   文

1 原判決中,上告人らの請求を棄却した部分を破棄する。
2 前項の部分につき,本件を高松高等裁判所に差し戻す。
3 上告人らのその余の上告を棄却する。
4 前項に関する上告費用は上告人らの負担とする。

       理   由

 上告代理人阿部泰隆の上告受理申立て理由(ただし,排除されたものを除く。)について
1 本件は,鳴門競艇従事員共済会(以下「共済会」という。)から鳴門競艇臨時従事員(以下「臨時従事員」という。)に支給される離職せん別金に充てるため,鳴門市(以下「市」という。)が平成23年11月から同24年6月にかけて共済会に対して補助金を交付したことが,給与条例主義を定める地方公営企業法38条4項に反する違法,無効な財務会計上の行為であるなどとして,市の住民である上告人らが,地方自治法242条の2第1項4号に基づき,被上告人市長を相手に,当時の市長の職にあった者に対する損害賠償請求をすることを求めるとともに,被上告人市公営企業管理者企業局長を相手に,当時の市の企業局長の職にあった者に対する損害賠償請求及び共済会に対する不当利得返還請求をすることを,それぞれ求める住民訴訟である。
2 原審の確定した事実関係等の概要は,次のとおりである。
(1)市は,鳴門市公営企業の設置等に関する条例(平成16年鳴門市条例第38号)により,モーターボート競走法に基づくモーターボート競走の開催及びこれに附帯する業務を行うため,競艇事業を設置し,同事業に地方公営企業法の規定の全部を適用している。
 市は,上記の条例により,競艇事業を含む公営企業の各事業を通じて管理者1人を置き,その職名を企業局長としている。
 平成23年度及び同24年度において,Aは市長,Eは企業局長の各職にあった。
(2)臨時従事員の採用は,鳴門競艇臨時従事員就業規程(平成17年鳴門市企業管理規程第27号)に基づき,企業局長が,選考に合格して登録名簿に登録された採用候補者に対し,個々の就業日を指定した採用通知書により通知する日々雇用の形式により行われている。臨時従事員の身分については、地方公務員法22条5項の臨時的任用による同法3条2項の一般職の地方公務員であると理解され,これを前提とする運用がされている。
(3)市は,地方公営企業法38条4項の規定に基づき,企業職員の給与の種類及び基準を定めることを目的として,鳴門市企業職員の給与の種類及び基準に関する条例(昭和41年鳴門市条例第59号。以下「給与条例」という。)を制定している。給与条例は,企業職員で常時勤務を要するもの等を「職員」として,勤務期間6月以上で退職した場合等に退職手当を支給する旨を定め(2条1項,3項,15条),非常勤職員については,「職員」の給与との権衡を考慮し,予算の範囲内で給与を支給する旨を定めている(18条)。 
 鳴門競艇臨時従事員就業規程(平成25年鳴門市企業管理規程第3号による改正前のもの)は,臨時従事員の賃金は日給とし,基本給及び手当を支給する旨を定め,その種類,金額等は,鳴門競艇臨時従事員賃金規程(平成17年鳴門市企業管理規程第28号。平成25年鳴門市企業管理規程第1号による改正前のもの。以下「賃金規程」という。)において定められていたところ,賃金規程上,臨時従事員の賃金の種類として,基本給,職務給,記録手当,時間外手当,調整手当,通勤手当及び特別手当が定められ,退職手当は定められていなかった。
(4)共済会は,臨時従事員の相互共済により福利厚生及び互助融和を図ることを目的として,臨時従事員で法定月間開催日数以上雇用される者(会員)と市企業局の職員(特別会員)とで組織される団体である。共済会は,鳴門競艇従事員共済会規約に基づく事業の一つとして,懲戒による離職の場合を除き,離職又は死亡により登録名簿から抹消された会員又はその遺族に対し,離職時の基本賃金(日額賃金)に在籍年数及びこれを基準とする支給率を乗じるなどして算出した離職せん別金を支給していた。なお,所得税の課税実務上,離職せん別金は,所得税法30条1項所定の退職手当等に該当するものとして取り扱われている(昭和50年1月8日付け国税局長宛て国税庁長官通知「公営競走事業等の施行者に雇用される臨時従事員の賃金等に対する所得税の取扱いについて」)。
(5)鳴門市企業局補助金等交付規程(平成17年鳴門市企業管理規程第9号。平成25年鳴門市企業管理規程第4号による改正前のもの)及び鳴門市競艇従事員共済会離職せん別金補助金交付要綱は,鳴門市競艇従事員共済会離職せん別金補助金(以下「離職せん別金補助金」という。)の申請,決定等に関し必要な事項を定めていたところ,上記の要綱において,離職せん別金補助金は,共済会が臨時従事員の離職に伴い支給する離職せん別金に要する経費を補助の対象とし,その額は,離職せん別金に係る計算式と連動した計算式により算出された金額の範囲内とされていた。
(6)市は,共済会に対し,第1審判決別紙のとおり,平成23年11月から同24年6月にかけて,7回にわたり,合計1351万1622円の離職せん別金補助金(以下「本件補助金」という。)を交付した。本件補助金の交付決定及び支出命令は,いずれも企業局長であるEが行ったものである。
 共済会は,登録名簿から抹消された臨時従事員12名に対し,本件補助金の全額を用いて,合計1476万1622円の離職せん別金を支給した。上記の離職せん別金の原資に占める本件補助金の割合は,約91.5%であった。
(7)その後,市は,次のとおり,臨時従事員の給与の種類を賃金及び手当とし,手当の種類として退職手当を含むことなどを定めた「鳴門市モーターボート競走事業に従事する臨時従事員の給与の種類及び基準に関する条例」(平成25年鳴門市条例第32号。以下「本件条例」という。)を制定し,本件条例は,平成25年3月27日に公布,施行された。なお,本件条例の制定に係る市議会の審議の際には,同年1月28日に言い渡された離職せん別金補助金の支出に関する住民訴訟の判決において,上記の補助金の交付は違法とはいえないものの,給与法定主義の見地から生ずる適法性の疑義を避けるため関連制度の条例化の検討が望まれるとの付言があったことから,新たに条例を制定するものである旨の報告がされた。
ア 本件条例3条1項は,「臨時従事員の給与の種類は,賃金及び手当とする。」と規定し,同条3項は,「手当の種類は,職階手当,記録手当,時間外勤務手当,調整手当,職務手当,通勤手当,勤勉手当,退職手当及び特別レース手当とする。」と規定している。
イ 本件条例12条1項は,「退職手当は,臨時従事員又は雇用候補者のうち在籍期間(臨時従事員として最初に雇用された日から退職(採用候補者登録名簿から記載事項を抹消されることをいう。以下同じ。)をした日までの期間をいう。以下同じ。)が1年を超えるものが退職した場合に支給することができる。」と規定している。
ウ 本件条例附則2項は,経過措置として,「この条例の施行の際現に企業局長が定めた規程に基づき臨時従事員に支給された給与については,この条例の規定に基づき支給された給与とみなす。」と規定している。
(8)市は,「鳴門市モーターボート競走事業に従事する臨時従事員の給与の種類及び基準に関する条例の一部を改正する条例」(平成25年鳴門市条例第33号。以下「改正条例」という。)を制定し,改正条例は,平成25年3月27日に公布され,同年4月1日に施行された。
 改正条例は,本件条例のうち退職手当に係る部分を削除するものであるが,経過措置として,「この条例の施行の前に退職した臨時従事員の退職手当については,この条例による改正後の鳴門市モーターボート競走事業に従事する臨時従事員の給与の種類及び基準に関する条例の規定にかかわらず,なお従前の例による。」と規定している(附則2項)。
3 原審は,前記事実関係等の下において,要旨次のとおり判断して,上告人らの請求(Aによる予算の調製を違法な財務会計上の行為として同人に対し損害賠償請求をすることを求める請求を除く。)をいずれも棄却すべきものとした。
 本件条例の制定経過も踏まえた上で,同条例附則2項及び改正条例附則2項の定めを解釈すれば,平成25年3月26日までに支払われた臨時従事員の退職手当について,本件条例12条が遡及的に適用されることは明らかである。そして,離職せん別金は,市から臨時従事員に直接支払われるものではないが,本件条例の立法趣旨が離職せん別金の支給につき条例上の根拠を明確にする点にあることは,本件条例の制定経過からみて明らかであり,本件補助金を介して支払われた実質的な退職手当としての性格を有する離職せん別金についても,同条は適用される。また,本件条例は,地方公営企業法38条4項にいう「給与の種類及び基準」を定めたものということができる。
 したがって,本件補助金を介して支払われた離職せん別金には遡って同項にいう条例の定めがあったことになるから,本件補助金の交付は適法なものとなる。
4 しかしながら,原審の上記判断は是認することができない。その理由は,次のとおりである。
(1)本件補助金の交付については,給与条例主義を潜脱するものとして地方自治法232条の2の定める公益上の必要性に係る判断に裁量権の範囲の逸脱又は濫用があるか否かが問題となるところ,前記事実関係等によれば,離職せん別金は,離職又は死亡による登録名簿からの抹消を支給原因とし,その支給額は離職時の基本賃金に在籍年数及びこれを基準とする支給率を乗じるなどして算出され,実際の支給額も相当高額に及んでおり,課税実務上も退職手当等に該当するものとして取り扱われていたものである。そして,離職せん別金は,共済会がその規約に基づく事業の一つとして臨時従事員に支給していたものであるが,市が共済会に対し離職せん別金に要する経費を補助の対象として交付していた離職せん別金補助金の額は,離職せん別金に係る計算式と連動した計算式により算出された金額の範囲内とされ,本件における離職せん別金の原資に占める本件補助金の割合は約91.5%に及んでいたのである。これらの事実に照らせば,本件補助金は,実質的には,市が共済会を経由して臨時従事員に対し退職手当を支給するために共済会に対して交付したものというべきである。
 地方自治法204条の2は,普通地方公共団体は法律又はこれに基づく条例に基づかずにはいかなる給与その他の給付も職員に支給することができない旨を定め,地方公営企業法38条4項は,企業職員の給与の種類及び基準を条例で定めるべきものとしているところ,本件補助金の交付当時,臨時従事員に対して離職せん別金又は退職手当を支給する旨を定めた条例の規定はなく,賃金規程においても臨時従事員の賃金の種類に退職手当は含まれていなかった。また,臨時従事員は,採用通知書により指定された個々の就業日ごとに日々雇用されてその身分を有する者にすぎず,給与条例の定める退職手当の支給要件(前記2(3))を満たすものであったということもできない。
 そうすると,臨時従事員に対する離職せん別金に充てるためにされた本件補助金の交付は,地方自治法204条の2及び地方公営企業法38条4項の定める給与条例主義を潜脱するものといわざるを得ない。
 以上によれば,地方自治法232条の2の定める公益上の必要性があるとしてされた本件補助金の交付は,裁量権の範囲を逸脱し,又はこれを濫用したものであって,同条に違反する違法なものというべきである。
(2)本件条例は,在籍期間が1年を超える臨時従事員が退職した場合に退職手当を支給する旨を定め(3条,12条),「この条例の施行の際現に企業局長が定めた規程に基づき臨時従事員に支給された給与については,この条例の規定に基づき支給された給与とみなす。」との経過規定(附則2項)を定めている。しかし,共済会の規約に基づき臨時従事員に支給された離職せん別金は,企業局長が定めた規程に基づいて臨時従事員に支給された給与に当たるものでないことは明らかであるから,上記経過規定が定められたとしても,その文言に照らし,本件条例の制定により臨時従事員に対する離職せん別金の支給につき遡って条例上の根拠が与えられたということはできない。このことは,本件補助金を原資としてされた離職せん別金の支給が実質的な退職手当の支給というべきものであり,また,本件条例の制定の趣旨が離職せん別金の支給につき条例上の根拠を明確にする点にあったとしても,左右されるものではない。
 以上によれば,本件条例の制定により臨時従事員に対する離職せん別金の支給につき遡って条例の定めがあったことになるとして,本件補助金の交付が適法なものとなるとした原審の判断には,本件条例の解釈適用を誤った違法があるというべきである。
5 以上のとおり,原審の判断には,判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。論旨は以上と同旨をいうものとして理由があり,原判決中,上告人らの請求を棄却した部分は破棄を免れない。そして,A及びEの各損害賠償責任の有無並びに共済会の不当利得返還債務の有無につき審理を尽くさせるため,上記部分につき本件を原審に差し戻すこととする。また,上告人らのその余の上告は理由がないから,これを棄却することとする。
 よって,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 鬼丸かおる 裁判官 千葉勝美 裁判官 小貫芳信 裁判官 山本庸幸)